第28話「愛と憎悪の果て」
「一度勝てたからっていい気になるなよ、メイ。観客たちの魔力は全て私の物よ。前とは違うの……大人しく死になさい!」
ミリィはそう言い終えると瞬時に氷柱を生み出した。悪態をつきながらも、詠唱は欠かしていなかったようだ。その氷柱は勿論、1本だけではなく、何百、何万、何十万本以上!! 数え切れないほどの氷柱が一斉にこちらに向かってきた。おまけに太く巨大で少々のことでは崩れなさそうなほど、立派な氷柱だ。その速度は、とんでもなく速い。私が見た限り、100~200キロは間違いなく出ている。F1並のスピードだ。「あ」という声が出た時には斬り裂かれるだろう。だが、今の私にはそれはDVDのスロー再生にしか映らなかった。
「はああああああああああああああああああ!!!」
私は氷柱をセグンダディオで砕いていく。流石に全部を破壊する時間と体力は無いが、まず自分に近い氷柱を一本一本確実に破壊し、その破片の刃の部分を打ち、別の氷柱を壊す。あとはその繰り返し。その気分はボールを打つバッターよろしく。こうして連続で壊して、欠片を打ち続ける。欠片と氷柱の強度は同じだから、速度をつければ氷柱は破壊することができた。氷柱はあっという間に無くなっていく。勿論、私一人だけの力じゃない。こんな風に周りをスローモーションに見せてくれる効果もセグンダディオのおかげだ。
「や、やるじゃない……避けずに壊していくなんてね。でも、まだまだこれからよ!!」
氷柱の次は火球だと予想したが、それは的中する。太陽を覆うほど巨大な火球を生み出したミリィ。すぐにでも爆発しそうなその火炎の球は、今か今かと破裂するタイミングを待っている。私に目掛けて撃つか?だが、あろうことかミリィは分身した。
「え!?」
比喩ではなく、文字通り、分身したのだ。忍者みたく、何十人も現れたミリィが空に浮かび、私を取り囲む。おまけにどのミリィも火球を上空に浮かべている。まるで味方がおらず、自分だけが生き残ってしまったドッチボールのような恐怖感。内野からも外野からも囲まれた状況といったところか。でも、神経が集中している私はかすかな変化も見逃さない。
「焼け死ね」
ミリィは躊躇せず、火球を落とした。でも、私はこんなことで諦める気はない。地面に落とされた火球は大爆発するものの、結界があるので外には広がらない。よって、理沙達にダメージがいくことはない。私は全身が燃えるのも構わず、その場を駆け出す。肌が焼け、髪が焦げていくのを感じるが、熱いと思うだけで大したことはない。日焼けサロンにでも行って焼きすぎたと思えばいいだけの話だ。本当は涙が出るほど熱くて痛いのだけれど、無理やりそう思い込んで痛みを無視する。爆風による追い風を利用して、跳躍する。
「ハッ、いい判断ね。でも、私はこんなにいるのよ? 12体いる内のどれが本物かわかる?」
「わかるよ」
「なんですって!?」
私はそのまま、ミリィの一人を斬り裂いた。それは間違いなく本物だ。だが、残念ながら上手く避けられてしまう。それでも彼女の額から口元までを切り裂くことができた。分身が消え、弱ったミリィは地面に辛うじて着地したものの、虫の息だ。結界も消えており、かなりのダメージを与えられたと推定する。
「メイ、流石ッス!」
「理沙、ノノ、大丈夫?」
「こっちは平気よ。骸骨兵たちも急に動きを止めたわ。今はただの骨になってる」
ノノの言うとおり、骸骨兵達は活力を失い、地面に散らばっていた。魔力の供給が途絶え、ただの骨へと戻ったのだ。操り人形の糸が切れたのと同じである。正直、気味が悪くて私はそれを直視できず、目を逸した。それは元は観客たちの骨だからだ。
「ぐ……何故、分身を見破れた?」
溢れ出る血がミリィを黒く染めていく。額を手で抑えながら、私をきつく睨んでくる。それは最初に戦った時よりも激しい憎悪を含んでいた。まだ彼女は諦めていない、きっと必死で頭を回転させて打開策を考えているに違いない。
「あなたの髪の毛がほんの少し、風で揺れたの。他の分身にはそれがなかった。だから、あなただとわかったの。ぱっと見じゃわかんないけど、私にはそれが見えたのよ」
「やるじゃない、小娘が……。でも、私には魔力がある。溢れんばかりの……!?」
そこでミリィは顔を驚愕させた。表情は驚愕からやがて絶望に変わる。
膝から崩れ落ち、目に見えて落ち込んでしまう。
「な、何故…魔力が集まらないの?」
「アホ。俺がいるからだよ」
と、そこに颯爽と現れた上半身裸、下はジーンズの男。
手には剣を持ち、へへっと気さくな笑顔を浮かべている。
「アイン!」
「あんな目立つ人形、ガキでも気づくぞ? 愛しのシェリルにしたのが間違いだな。全部ブッ壊してやったよ」
「何だと、100体近くバラまいたアレを破壊したというの!? 強度だって普通の人間に壊せるほどヤワじゃ……」
「ここは俺の地元だからな、街の青年団に協力してもらってすぐに見つけることができたぜ。城の兵士達もいる、腕自慢の連中がかかればどうってこと無ぇよ。それによ、あの結界に氷柱と火球……オメェ、莫大な魔力を使っただろ? 圧倒的な魔力でメイを殺そうとしたんだろうが、ペース配分を間違えたな」
「じゃあ、街の人たちやお城は……」
「全員無事さ」
観客たち以外はという言葉を無くしたのは彼なりの優しさだったのだろうか。心の中で犠牲者の成仏を祈りつつ、私はミリィに近づいていく。奴は抵抗しようとしたが、理沙がハルフィーナでミリィの左足を斬り落とした。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!」
断末魔の悲鳴を上げるミリィ。もう、これで彼女は逃げることができない。魔力も足も無くした彼女は逃亡などできないだろう。
「観客たちはこの痛みよりも更に辛い痛みで死んだはずッス……。みんなにはまだこれから先の人生があった。仕事、恋愛、趣味……色々やりたいことがあったでしょう。あんたはそれを躊躇いなく潰した。正直、この程度じゃ生ぬるいッス。次は腕も落としますか、メイ?」
「理沙、ストップ。もう充分よ」
「………はいッス」
少々納得のいかない顔をしていたが、理沙は矛を収めてくれた。ここからは私がやる。ミリィの顔のすぐ側まで私は来た。ノノと理沙に腕を抑えられ、抵抗できないでいるミリィ。その表情は悪魔のように怒りと憎悪で醜くなっていた。私はそれに対して呆れた気持ちしか出てこなかった。
「ミリィ、盗んだ魔力は戻せないの? 観客の人たちを元に戻すことはできないの?」
「ふふ、残念でした。一度失った魔力は二度と元に戻らないわ。生きている人間なら魔力は時間と共に回復するけど、魔力がなくなった人間はイコール死体。それを元に戻すことはできないの。歴史の教科書に出て来る大魔導師ですら、不可能よ!」
「そう……」
もしかしたら助かるかもしれない。心のどこかでそう、淡い期待をしていた。けれど、その希望は簡単に打ち砕かれたようだ。そこでダメ元でノノに視線を向ける。が、彼女は首を横に降った。
「……ごめんなさい。私はおろか、妖精王様ですらできないわ」
「ノノは悪くないよ」
「元に戻すつもりだった? アンタ、やっぱ甘ちゃんね。でもさ、なんでそんな他人に執着するわけ? ここで骨になった連中はアンタとは何の関わりもない他人でしょうが! 死んだ所で泣く必要なくない? ああ、女学校時代を思い出すわ。友達の親の葬式で泣いてるクラスの女子と同じよ。アンタは雰囲気で悲しんでいるだけ。明日になればころっと忘れて友達とバカ話に花を咲かせている。あんたは心の底から泣いているわけじゃない」
減らず口をたたくミリィ。理沙に顔面を地面に押し付けられても、罵声は止まない。最後の抵抗とばかりに聞くに堪えない言葉の暴力で私を攻めるミリィ。いかにも女子らしい、末期的な症状だ。耳が疲れてくる。
「ミリィ、あんたの言い分はどうでもいい。最後に一つだけ約束して」
「……今から殺す人間に何の約束をするの?」
「生まれ変わったら友達になって。シェリルと一緒にね」
私のその言葉にミリィは返答に詰まる。
だから、その答えを急ぐように私は思いを伝えることにした。
「私は誰も殺したくない。本当は誰も殺したくないの。あなたともシェリルとも仲良くなりたかった。一緒に旅がしたかった。殺し合いなんかしたくなかった!!」
これは本音だ。今でもそう想っている。改心したら仲間にしたいとも考えていた。けれど、今の言動ではそれは不可能だ。私の言葉は彼女にとってシェリルの言葉より重くない。それは想像に難くない、だから約束したいのだ。
「……IFはどうにもならないわ、メイ。私達は嘘も騙しも殺しもやってきた。この世で人間が決めた悪い事は全てやり尽くした自負がある。お人好しのアンタを騙して金儲けを企んだのもごく自然なこと。運命は変えられなかった」
「だからこそ、生まれ変わったら友達になりたいの。勿論、シェリルと一緒にね」
「こんだけ罪に溢れた私が人間になれると思う? メイ、因果応報って言葉知ってるかしら? 罪を犯した人間は生まれ変わっても人間にはなれないのよ。植物か、それ以下か……下等な物にしか生まれ変わらないの」
「それがあなたの宗教ね。なら、もう一度人間として生まれ変わって罪を償うこともあるはずよ。死んで罪を詫びるんじゃない。生きて罪を背負っていく……それがあなたに対する罰よ。セグンダディオから閻魔大王様にそう頼んでおくわ。私の世界はここより良いところよ。次は一緒に遊んだり、美味しい物を食べたりしましょう。ケーキ屋さん、コンビニ、カラオケ……どれも楽しい所ばかりだから」
私は満面の笑みを浮かべた。ミリィはそんな私を何とも言えない複雑な表情で見つめていた。全ての言葉を聞き逃さず、耳を集中させていることがわかる。そんな彼女の出した結論はこうだ。
「……生まれ変わったら、ね」
「約束よ」
私は彼女の小さい小指に自分の小指をまきつけた。
ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます。
ゆびきった。
そして、私は彼女の首にセグンダディオを振り落とした。
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