第61話「悪意、再び」


「まず、メイさんにやってもらいたい仕事があります。カンガセイロの抹殺です」




「カンガセイロ……」




奴のことは今でも覚えている。

以前、梨音さんの依頼でシルド鉱山に行った時に戦ったあいつだ。

ゴブリンを操る少女を使ってシルド石を盗ませ、梨音さんの仕事を妨害した。元々シェリル・ミリィ達の部下でもあり、おまけにミリィ仕込みの呪術も使える。その呪術で少女をあっさりと殺した。

だが、奴はサラ師匠が倒したはずだ。

腕と足を叩き斬られ、もう抵抗も何もできないはず。

最終的に処刑場に連行されたと聞いているが。




「メイさん達が倒したカンガセイロはアルカザール城で公開処刑されました。多くの民衆がそのショーを目撃しています。ですが、問題があるんです」




「問題?」




「はい。カンガセイロは死ぬ前日に副頭領のガルオンに言伝を残したそうです。2代目のカンガセイロはお前だと。ガルオンは処刑ショーに観客として現れ、先代の死をその目に焼き付けたそうです。彼の目的は言うまでもなく、あなたやサラを殺すことです。先代の恨みを晴らし、尚且、悪党として名を馳せる……特にメイさんはシェリル達を倒した張本人です。まあ、わかりやすい筋書きですね」




「奴らはこの島に来ているんですか?」




「この島の東西南北全ての拠点に私の部下がいます。もし奴らが動けば即座に一報が入ります。ただ、彼らがここに来るのは時間の問題でしょう」




「わかりました。一人残らず殺します」




「メイ、殺すのは厳禁よ」




「師匠……どうして?」




「忘れたの? セグンダディオには呪いがかかっている。殺せば殺すほど、あなたの殺人衝動は更に重くなるわ。今は善悪の判断ができているけれど、最悪、味方を殺すことも厭わなくなる。ミカちゃんや理沙、リュートを殺したいの?」




「そんな訳ないじゃないですか!!」




私は思わず立ち上がった。

キャミィさんは驚いたものの、師匠は微動だにしない。

その瞳はまっすぐ私を貫き、岩のように厳しい顔をしていた。




「なら、殺さないように自分をコントロールしなさい。ただ、それは人間相手だけよ。無益な殺生は許さないわ。いいわね?」




「じゃあ、まずは……」




私は心の中で封印を解き、形状をナイフにするようにイメージ。

セグンダディオを後ろにポイッと投げた。

ぐぇ!という潰されたカエルのような声が聞こえる。

壁に隠れていた一人の男がそのまま崩れ落ちた。




「な! ここは魔法障壁が張られたギルドですよ。どうやって……」




サラ師匠はすぐに男を捕縛した。

セグンダディオは足の太ももに刺さっており、血が床を汚していく。

男は苦痛にうめき声を上げるが命に別状はない。




「よくわかったな……ちびっこが」




「あんたらの臭いは嗅ぎ慣れているからね」




汗臭くて、汚くて……思い出したくもない記憶まで掘り返してくれる。

最悪な気分のまま、私は男の首を締め上げ、目線を強制的にこちらに向けさせた。そして、太ももに刺さったままのセグンダディオを深く食い込ませる。




「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




「あんた達のボスはどこ? まどろっこしい事してないで、さっさとケリをつけましょう。いつまでも亡霊に付き纏われたくないわ」




「ぼ、墓地だ。ひ、東にある、島民用のデカイ墓地だ!」




「本当に?」




「ぐっ……う、嘘じゃねぇ!」




「そう。アンタ、連れはいないの?」




「お、俺一人だ!!」




「師匠、その墓は本当にありますか?」




「ええ、確かに墓地はあるわ。調べてみましょう」




私は男から手を離した。

もしかしたら室内に他の男がいるかと思ったが……生憎、他の臭いはしない。恐らく、あたし達を殺して手柄を立てようという魂胆だったのだろう。もっと痛めつけても良いが、三下にこれ以上情報があるとも思えない。念の為、キャミィさんがすぐに魔法で周囲を探ってくれた。

だが、敵の姿は捉えられなかった。




「……で、こいつどうしますか? 三下でしょうし、利用価値はもう無いと思いますが」




「大丈夫よ、メイ。もう死んでるわ」




男は既に白目を向いていた。

舌でも噛み切ったのだろうか。

しかし、師匠は首を横に振る。




「舌を噛み切っても簡単には死ねないわ。こいつは多分、ガルオンの仕業ね。役に立たない部下を呪いで殺したんでしょう。ほら、斑紋が身体に浮き出ている。役に立たないものは切り捨てる……相変わらずね」




師匠の言う通り、死体の腕には赤い斑紋のようなものが浮き上がっている。男は苦しむ暇もなく、一瞬の内に絶命したのだろう。

しかし、私の心に可哀想だという気持ちは微塵も浮かばない。




「師匠、ガルオンをご存知で?」




「ええ、アタシの元弟子よ。薬学や呪術にも精通していてね、透明薬も生成している。ま、男性特有の臭いは消せなかったみたいだけど」




元弟子……。

サラ師匠の元で修行をしたものの、ついていけずに離脱した元マリア・ファングの正メンバー。つまり、私の先輩ということでもある。奴らは修行の厳しさをサラ師匠のせいにして罵倒し、出ていったという。私にとっては忌むべき敵だ。




師匠の敵を絶対に許すわけにはいかない。




「師匠、修行前のウォーミングアップにちょうどいいですね。身体を温めてきます」




「ま、待ってください、メイさん。今、魔法で感知しましたが、敵の姿は捉えられません。島全土に魔力を張り巡らせても反応がないんです。墓地周辺も……」




キャミィさんは狼狽えている。

焦りの表情が見えるが、私もサラ師匠も特に動じない。




「恐らく、透明薬で魔力反応を検知できなくしているんでしょう。奴らは姿を知られること無く、堂々と乗り込んできたのよ」




サラ師匠の言葉に頷く。

けど、私達ではない。




。シェリルやミリィを倒した私を奴らは一番殺したがっている。師匠、キャミィさんを護衛してください。私は墓地に向かいます」




「さっきの約束、覚えてる?」




「……悪事を重ねてきた連中には因果応報でしょう。




その時、私はどんな顔をしていただろうか。

サラ師匠もキャミィもぞっとしたような、そんな表情をしている。

私は構わず、外に出た。




天気は晴れから曇りへと変わり、やがて小雨が振ってきた。

先ほど見せてもらった地図で大体の位置は把握している。

女性は空間認識能力が低いと言われ、地図を見る力が男性よりも弱いとされている。だが、それは迷信で鍛えれば誰でも強くなれるのだ。

普段の生活でも市場やお店の場所とか、ギルドの仕事の時も地図を見ることは多い。そもそもGPSも使えない世界だ。その生活のお陰で能力は上がっている。文明の利器に頼らないことが自分の脳をより良くする方法なのだと知った。











「……」




男臭さは雨で消えてしまう。

それでも人が人でいる限り、存在というのもは消えやしない。

どれだけ透明になったとしても、それは意味を成さない。

意識を集中させ、セグンダディオを振るう。




「がっ!!」




傍目には空を切ったように見える。

だが、手には斬った感触があった。

そして、誰かが後ろで倒れる音がした。

フードを剥ぎ取ると、それは男だった。

まだ若く20代ぐらいの男性である。

彼は目を大きく見開き、その表情を驚愕に顔を染めていた。

こんな悪事に加担しなければ長生きできただろうに。

可哀想というより、勿体ないと嘆息する。

殺すつもりは無かったが、相手の姿が見えない以上、手加減する余裕はない。そんな言い訳を心でして、奪ったフードを被る。




男物だからサイズは大きいが、それが功を奏して私の姿を完全に消してくれた。男たちは急に消えた私に戸惑い、動揺する。

慌てて魔法で探そうとするが、それは私に絶好の機会をくれた。

焦っている隙をついて2、3人を斬る。




「こ、小娘風情が……」




男達が雨の中、倒れていく。

さぞかし恨みを込めた視線をくれたことだろう。

だが、そんなものは気にしない。

邪魔する者は斬る。

悪人は斬る。

師匠の敵に加担する者も同罪だ。

それだけが私の心を突き動かしていた。




「ぬあぁぁぁぁ!!!!」




もはやこれまでと覚悟を決めた愚か者が、背中から私を膾切りにしようとしてきた。私はそれをさっとかわし、腹を掻っ捌いてやった。

汚い血飛沫がマントに飛び散る……が、マントには汚れはつかない。

特殊な魔法繊維でできているようだ。

暗殺には便利である。

これは使える。




私は小さい背を利用し、雨の中を駆けずり回った。

意識を集中させ、気配を辿り、男たちを次々と斬り裂く。

人を斬ると映画ではズバッという音が聞こえる。

だが、実際は濡れた雑巾を叩きつけたような感じだ。

人間は水分の塊なのでそれを斬るということはそんな音になるのだ。

うざったい、男たちの断末魔の叫び。

妙に耳にこびり着いて離れないが、阿鼻叫喚のオーケストラは聞き慣れていた。何十人殺そうと、何百人殺そうと、私にはもう悲しむ涙さえない。

たとえ何万人殺しても私は泣かないだろう。

師匠は殺すなと言っていたが、私にはそれはできそうにない。

でも、それでもいいと心のどこかで私は肯定していた。

自分自身の行動を。





「流石だな、七瀬メイ。2~30人ほど送り込んだが、こうもあっさりとはな」




金髪でモヒカンスタイルの男が森の済から出てきた。





「あんたがガルオンね?」





「ご明察。この俺様を知っているとは……俺も有名になったもんだ」




ガルオンはガハハと笑い飛ばす。

身長は190程度と高く、筋骨隆々の男性だ。

年齢は20代後半から30代ぐらいだろうか。

ハリウッド映画に出てきてもおかしくない出で立ちだ。

私はフードを脱ぎ捨て、セグンダディオをガルオンに向ける。





「師匠を裏切ったアンタに生きる価値はないわ。楽に死ねると思わないことね」




「くくく……チビのくせに言うことが怖いねぇ。そしてお前のその目だ。その目は完全にイッた目をしている。怒った目じゃねぇ。幾つも屍を乗り越え、修羅場をくぐり抜けてきた。そんな奴しか出せない人斬りの瞳だ。もう完全にこっち側の人間だな、七瀬メイ」




「べらべら五月蝿いわね……その口から斬り落としてあげてる」




「おお、怖いねぇ。だが、そう簡単に殺されるわけにはいかないんでな」




ガルオンは懐から何かを取り出した。

それは遠目からでも鈴だとわかる。

よく福引が当たった時に鳴らす、あの鈴だ。

仲間が近くに潜んでいるのだろうか?

それとも魔物でも呼び出す気か?




すると、周りに白いフードを被った連中が大勢現れた。

背格好からして男性だと思う。数は600人前後だろうが。

彼らは何か呪文を唱えているようだが。




「……うっ!?」




私は立っていられなくなり、そのまま地面に足をつけた。

なんだ、心臓の鼓動が……早くなっている?

まるで栄養ドリンクを飲んだ後のような。

いや、それ以上の鼓動が早鐘のように鳴っている。

な、何が起きているんだ……。




「へへへ、呪文の効果が出てきたようだな。このフードの連中は俺が雇った炎の使途ほのおのしとの末裔。マルディス・ゴアに命を捧げた狂信者共だ。今、奴らだけが唱えられる特殊な呪文でお前の呪いを加速している」




「うぐ、あ、が、あああああああ」




「ふふふ、今、どんな気分だ? 頭が痛いか? 腹が痛いか? 心臓が早くなって辛いか? 吐き気はどうだ? 俺にはわからんが、お前はさぞかし苦しくなってきているだろう。俺の目的はお前を安全に殺すことだ。ただ、使途の連中が呪文を唱えるのに時間がかかる。そこで俺の部下に相手をさせて時間を稼がせたのさ」




すべてはこの為だったのか。

しかし、頭が理解しても気分の悪さは変わらない。

心臓が痛いぐらいに鳴っているし、頭が割れそうに痛い。

胃の中から何かがこみ上げ、何度も嘔吐してしまう。

しかし、吐いても、吐いても、気分は少しも改善されない。




「さて、俺はのたうち回るお前をゆっくり眺めるとしよう。ゲロ塗れの女を抱いても服が汚れるだけだからな。そもそも年下に興味はない。あと10分もしない内にお前は呪いで死ぬ。加速した呪いの制御を止めることはできない。お前の苦しみ、痛み、それがすべて前カンガセイロへの弔いとなるだろう」




「うあ、ぐ、が、ああああああああああああああああああああああ!!!!!」






呪いは加速していく。

頭が割れそうに痛い。

眩しくて、目を開けていられない。

心臓が早く鳴りすぎて気分は最悪だ。

私は死ぬの……こんな簡単に。

呪いのせいで……。

くっそ……。







”契約者よ、こんなところで死んでいいのか?”




セグンダディオは語り掛ける。

だが、私は返す言葉を持っていない。

話ができないほど、頭痛と歯痛と嘔吐感が酷いのだ。

勿論、死んでいいなんて思っていない。

しかし、呪いを加速された以上、私に抑える術はない。

そもそも、私は呪いに抗うことができていなかった。

この世界に来た時から私の思考は狂戦士だった。

徐々にその思考は私を蝕み、もう抑えきれなかった。

それが奴ら……炎の使徒により、呪いはとうとう私自身をも飲み込もうとしているのだ。




”このままいけば、契約者は我を見失い暴走するだろう。敵味方関係なくすべての生命を根絶やしにし、この世界を壊滅するまで暴走するだろう。其方を大切に思う師や友人、息子同然の龍族の子供も犠牲にして”




そんなわけには……。




”マルディス・ゴアを最も苦しめたのは我だ。だが、彼奴は最後の力で呪いをかけた。セグンダディオを持つ契約者を狂戦士へと育て、最終的に暴走し、世界の全てを破壊する呪いを……。恐れをなした二代目契約者は戦いを放棄し、様々な術を用いて逃れることに成功した。そして、その代償はお主に降りかかる。その友人をも巻き込んでな。





誰よ、その二代目は……。





”だが、100万年の歳月により、呪いは弱体化されているはずだ。諦めるな、我が主よ。今こそ、光と闇を融合し……真の我を解放せよ!”





光と闇……?




まさか!





「メイィィィィィィィィィィィィィィ!!!!」




斧を振り回し、使徒を次々と掻っ捌いていく少女が一人。

鬼のような形相と泣きながら私の名前を必死に呼ぶ。

邪魔する者には斧による粛清が行われ、使徒たちは次々に逃げていく。

雨で視界は悪いが、その声には覚えがある。

いや、忘れるはずのない声だ。

そう、私の親友・理沙だ。





私をぎゅっと抱きしめる理沙。

とても心地いい。

暖かくて、気持ちよくて……。

下手をすると眠ってしまいそうだ。




「ちっ、新手か。まあ、一人で死ぬのは寂しいもんな。使徒たちは逃げたが、呪いの加速化はもう止まらない。二人仲良くあの世へ送ってやる」




ガルオンは背中から大剣を取り出した。

それは俗に言う青龍刀に近い、刃が分厚いものだ。

理沙は奴をギロリと睨みつけ、斧を天に翳す。

すると、雨がきつくなり、やがて雷が鳴りだした。





「ハルフィーナ! 今こそ真の力を見せる時ッス!! セグンダディオと共に一つに。悪しき呪いを打ち砕けッス!!」




闇と光が交差する。

私のセグンダディオと理沙のハルフィーナ。

剣と斧は一つになる。




そして、それは槍となった。




――――闇と光が混在する槍。




悪しき闇を払い、民衆に安眠を与えるための宵闇。




悪しき闇を払い、民衆に希望を与えるための光。




その名はセグンフィリア。



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