第32話「新たな出会い」


トンポリに着いた。

そこはログハウスが数件並んだ場所だ。

一見すると、村や街といった雰囲気が感じられない。

そもそも、人の気配が全く無いのだ。

お店などもなく、同じ造りの建物が並んでいるだけ。

辺りは不気味なくらい、静かだった。




「なんか静かだね」




「ま、王の避暑地ッスからね。王様が来る時以外は静かなもんッス。ここはペンションの管理人以外は誰も住んでないッス。ログハウスは王様専用で普段は立ち入り禁止ッス。民家は部下達が休む為の家ッス」




「なるほどね」




「いいわね、王様はこういう静かな所で過ごせて」




ノノは辺りを見渡しながら言う。

確かに静かだし、のんびりとはできそう。

老後になったらこういう所で余生を過ごすのも悪くないかも。




「おやおや、若い娘さんがこんな所にいるなんて俺もツイてるねぇ~」




と、そこへやってきたのは男性だ。

歳は30代半ばくらいだろうか。

黒のジャケットによれよれのTシャツとジーンズ姿。

ジャケットは10~20代の少年が着るようなカッコイイ物だ。

だが、オッサンが着ても似合わない。

無理しているなぁと痛々しい気持ちになってくる。

心は若いけれど、身体は老いているよ。

そんな現実を知らないのか、或いは知らないふりをしているのか。

おまけに寝癖だらけのボサボサ髪に伸び放題の泥棒髭。

もう少しキッチリ身だしなみ整えてほしいなぁ。

そんな訳で彼に対する第一印象は最悪の一歩手前だった。




「どなたッスか?」




「ナイトゼナ通信社のミゲルつーもんだ。これ、名刺な」




ご丁寧に名刺まで渡してくれた。

確かに「ナイトゼナ通信社第一報道部記者 ミゲル・ロドリゴ」とある。




「あ、はじめまして。七瀬芽生です。こっちは近藤里沙、ノノです」




「メイ、このオッサンは多分アタシらを知ってるッス。つーか、知ってて、ここにいるッス」




「え?」




理沙の突然の指摘に私はポカンとする。

でも、ノノはなるほどと納得したらしい。

どういうことだろう。




「王のいない避暑地に記者がいるなんておかしな話ッス。恐らく、アタシらがここに来るのを狙って先回りしてたッス。多分、何日も前からここにいるはずッス」




「へっ、ご明察だ。お嬢ちゃん、なかなか鋭いじゃねぇか」




なるほど、私達目当てということか。

意識してなかったけど、私達はシェリルやミリィを倒した。

変態紳士も倒し、竜殺しのバズダブも返り討ちにしている。

マスコミにとって私達は時の人というわけだ。

でも、有名になったからといって嬉しくも何ともない。




「……お話することは何もないですけど」




「そう警戒すんなよ。シンシナシティまで行くんだろ?メシでもどうかと思ってな。1件だけ店があるからそこでどうだ」




「人に奢らせてその見返りに情報ですか?」




「いや、違う。つか、奢ってくれ」




「は?」




「いやー、出張費と滞在費で金使い果たしちまってなぁ。金ないんだ。今の所持金53ガルドだぜ!」




胸を張って言うミゲルさん。

あの、全然威張れることじゃないんですけど。

っていうか、53ガルドって……。

流石の理沙も白けた顔をしている。

ノノはくすくすと笑っている。

なんか、警戒するだけ損だなこの人。




「行きましょ、メイ。相手にするだけ損ッス」




「ワタベのジイさんなら、酔いつぶれて寝ちまってるぞ」




顎でクイクイと示すミゲルさん。 

その先には、一升瓶を抱えてグースカいびきをかいてるお年寄りが一人。

赤い顔をし、ぐでーと大の字になっている。

こりゃダメだ。




「あのジイさん飲んべぇだからな。ああなったら、天地が裂けても起きねぇぞ」




「……あれが管理人って」




脱力する理沙。

うん、その気持ちわかる。

時間を潰すしかないなぁ。

そこで目を輝かせる男が一人。




「まあ、暇な仕事だからな。王様がここに来る時以外は仕事がないのさ。大体、引退した船頭のオッサンの仕事だからな。それに今じゃ、肝心の王国があんな事件だ、余計暇だろう。メシ行こうぜ。メシ、メシ~」




「……やれやれ、あんなんじゃ仕方ないか。行きましょ、理沙、ノノ」




「いいんですかメイ? こんな奴に奢らなくても……」




「断ったってどーせついて来るって。犬みたいに待たれても嫌だし。

さ、行こ」




「おう。こっちだぜ」




私達は彼の案内で開いている店に行った。

そこは大衆酒場だ。

長テーブルが幾つかあり、カウンター席もある。

ここは宿屋も兼業しており、二階に続く階段もある。

尚、注意書きにお酒の提供は夜からとなっている。

私達はテーブル席についた。

やはり、客は私達だけだ。




「おや、いらっしゃい。こんな時期にお客さんなんて珍しいね」




「シンシナティへ行く途中なんスよー。でもワタベさんが酒飲んで寝ちゃって……」




「あらら、それは災難だったね。あのジイさんはホント飲ん兵衛だからねぇ。何もない所だけどゆっくりしておいき。あんたら若いし、大盛りにサービスしておくよ」




「ありがとッス」




理沙と宿屋のおばちゃん……おかみさんとでも言おうか。

初めて会ったはずなのに理沙との会話のキャッチボールがスムーズだ。

これは理沙の得意技であり、みんなが理沙を好きな理由でもある。

彼女は誰とでも仲良く話すことができるのだ。

とりわけオバちゃん受けがよく、長話することもしばしば。

恐らく、理沙は給食のおばちゃんと話す感覚で喋っているんじゃないかな。メニューを適当に頼んでオーダーしておく。

オバちゃんは厨房へと去っていった。

心なしかウキウキしているように見えるけど、よほど暇だったんだろな。




「理沙は相変わらずね。初対面の人でもすぐ話せるよね」




「オバちゃんとは仲良くなれるッスね。小学校の時、おいしい委員会に入ってましたし」




「おいしい委員会?」




ノノが興味深そうに尋ねる。

わくわくしていて何だか子供みたい。




「主に学校給食のメニューの話し合いをするのが一つ。あと、食事を終えた生徒たちが給食センターに持ってくる牛乳瓶の片付けやら、食パンカゴの片付けとか、そういう雑用をやってたッス。まあ、小学校の時の話ですが」




理沙のいた小学校は給食センターが1階にある。

そこから各クラスの給食当番がパンやら食事類を運ぶのだ。

食べ終えたら、再び当番が食器を運んでくる。

理沙の入っていた委員会はその片付けをしていたそうだ。

また、月イチの集まりでは献立などの検討もあったとか。

理沙は発言しまくり、大方採用されたと聞く。

私の学校にはそういうの無かったな。




「へぇ~……メイ達の世界にはそういうのがあるのね」




「食いしん坊の理沙らしい委員会だよね」




「ま、グルメに対する情熱は誰よりも熱いッス。そんな委員会にいたお陰で給食のオバちゃんと話す機会は多々あったんで」




「盛り上がってるな、お嬢さん方。俺には何の話かよくわからねぇが」




水を飲みつつ、こちらに視線を向けるミゲル。

盛り上がっていた空気が水を打ったようにしんと静まった。

女同士が盛り上がっている時に男が加わると大概、こういう空気になる。

嫌な男なら尚更その空気は味を変え、ピリピリとしたものになる。

だが、ミゲルは全く気にしていない。

そこら辺は腐っても新聞記者ということか。




「お前ら情報を知りてぇんだろ。何でも教えてやるぜ。俺の知っている範囲でな。メシの礼だ」




「……そうね。じゃあ、四英雄の武器について教えてもらおうかな。セグンダディオについて」




「呪われた聖剣の話か……いいだろう」




頼まれたメニューが来てから私達は話すことにした。

焼いた魚、肉、豆料理、添え物などがテーブルを埋めていく。

それらを食べつつ、ミゲルの話に耳を傾ける。




「どうしてセグンダディオは呪われた聖剣なんて呼ばれているの?」




以前、シェリルも言っていた。

セグンダディオは呪われた聖剣だと。

だが、使っている私自身はそんな事を感じたことがない。

武器が外れないわけでもなければ、言うことを聞かずに味方を斬りつけることもない。何が呪いなのだろうか……。




「セグンダディオは戦を呼ぶ呪いがあるそうだ。どういう理由かは不明だが、所有者は戦い続ける運命を持つ。そいつが死ぬまでずっとな。伝説では四英雄は自らの武器にマルディス・ゴアを封印して死んだとされるが、あれは偽物の物語カバーストーリーだ。実際は違うんだと」




「……あなたは知っているの?四英雄の本当の最後を」




「いんや、流石の俺もそこまでは知らねぇ。ただ、カムラ・セグンダディオは戦いを好み、死ぬまで戦い続けたそうだ」




「四英雄の話は100万年前の話っス。何故、言い切れるんッスか?

そんな話、どの文献にも出てきませんでしたが」




理沙は半年間、私よりも長くナイトゼナにいる。

その間、四英雄の事についても調べている。

ミゲルは「ははっ」と微笑した。




「世界中央図書館と呼ばれる所がある。大昔から今に至るまで全ての本を治めている大図書館があるのさ。俺はコネでそこに行ったことがあるんだが、その図書館の最奥に四英雄の関連書物がある。四英雄自身が書き記したもの、側近の連中が見たり聞いたことを書き留めた本がある。俺はそれの一部を見せてもらった。恐らく正しい情報だろう」




「……そんな場所があるッスか?」




「ああ。相当上の身分になっても行くことができない場所だがな。所在地も非公開で俺も行き帰りは目隠しさせられたからな。場所もわからん。そこに行けば四英雄の事はわかるかも知れねぇ。んじゃ、ごちそうさん、俺は行くぜ」




「ちょ、ミゲル!まだ話は……」




「メシで話せるのはここまでだ。ここから先は別料金だ。何でもかんでもホイホイ話すわけには行かねぇからな。んじゃ、またな」




「そっちはアタシらに質問ないッスか?」




「今は出会えてメシ食えただけで充分収穫ありだ。じゃあな」




ひらひらと手を降りながら、ミゲルはそのまま出ていった。






夕方頃、ようやくワタベさんは起きてくれた。

とはいえ、酔いを無くすために大量に水を購入する羽目に。

アルコールを抜くためには仕方がないという。

ワタベさんは水をがぶ飲みし、なんとか体調が良くなったようだ。

そして渡し船でシンシナシティへ行くことになった。

思えばこの世界で船に乗るのは初めてだ。

というか、日本でもそんなに乗ったこと無いけれど……。




「どれくらいで着くんですか?」




「30分もあれば着くゾイ」




私達は波に揺られつつ、のんびりとした時間を過ごした。

けれど、ミゲルの発言が気になって仕方なかった。

世界中央図書館。

そこに行けば私達の世界に帰る方法も見つかるかもしれない。

少しだけ希望が湧いてきたのだ。

でも、場所がわからないのなら行きようがない。

現時点では保留だなぁ。




「シンシナシティについたら手紙を届けようか」




「そうっスね。ただ、それで終わらせるのも意味ないんで、この際ギルドに加盟しましょう」




「ギルドに?」




「ギルドでは各種仕事を請け負うことができるッス。アタシらの場合、資金は多々ありますが、今のままでは目減りしていくだけッス。ギルドに入仕事をしつつ、情報を集めるッス。ギルドには多くのメンバーがいますし、貿易船も多いので情報は集めやすいはずッス」




「うん、そうだね。頑張らなくちゃ」




「私も全力でサポートするわ、メイ、理沙」




「期待してる」




ノノの言葉に笑顔で返す私。

さあ、これからどんなことが待ち受けているのか。

私は期待と不安を胸に見えてきたシンシナシティをじっと瞳に映していた。


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