第23話「ニルヴァーナ騎士候補生・大試験大会 その③」


宿屋「ドルフィンキック」203号室。

私、七瀬メイは久しぶりに姉である茜と出会い、談笑していた。ロランもミオも元気そうでにこにこしている。ノノは少し緊張していたが、理沙は既に溶け込んでいて仲良くなっている。二人部屋なのだが、6人もいると流石に狭さを感じる。




「お姉ちゃん、お姉ちゃん! 会いたかった、会いたかったよぉ! 」




「私もよ、メイ。今までよく頑張ったわね」




私をぎゅっと抱きしめるお姉ちゃん。そのぬくもりは久しぶりで安心感を私に与えてくれる。柔らかくて、優しくて、温かくて……。離れたくない、いつまでもここにいたいと思った。




「茜殿、感動の再会を邪魔するつもりはないが、そろそろ話をしよう。理沙くんやノノさんも事情を知りたい所だろう。そして、メイも真実を欲しているはずだ。我らには事の経緯を説明する責任がある」




「勿論、ちゃんと説明するわ」




ロランの言葉に穏やかな雰囲気が少し緊張したものに変わった。水を差された気分だが、真実を知りたいのも本音だ。私はひとまずお姉ちゃんから離れ、話を聞く体制をとった。まだ流れる涙を理沙が拭いてくれた。ハンカチで優しく丁寧にする彼女の心遣いがうれしかった。やはり理沙は私をよく見てくれているみたい。




「初めての方もいるから軽く自己紹介するわね。私は七瀬茜ななせあかね。メイの姉よ。ちょっと長くなるけど、私がここまで来た経緯を聞いてください。あ、姿勢は楽にしてくれて構わないから」




穏やかな声でお姉ちゃんは微笑んだ。緊張した空気が少し和らいだ気がする。こういう場の雰囲気を作るのはお姉ちゃんの得意技だ。さすが生徒会副会長なだけはある。女の人の声ってどこか雰囲気を明るくする力があると思うんだ。これは男性にはない、女性だけの特権ではないかな。皆、それぞれ椅子に腰かけたり、ベッドに座って話を聞く体制になる。咳払いして、お姉ちゃんは話し始めた。




「あの日、メイが学校に行った後、私も準備をして学校に向かったの。いつものように通学路を歩いていたわ。そしたらね、道端にこんなものが落ちていたのよ」




お姉ちゃんがそう言って出したのは、のりだった。のりといっても、海苔じゃない。文房具屋さんやコンビニでよく見かけるスティックタイプの。でも、商品名はおろか、メーカー名も書かれていない。

普通は商品名やバーコードがあるはずなんだけど、それらは見当たらない。キャップの部分は黒色、真ん中は赤色、底は黒色をしている。




「少々気になって、拾ってみたの。そしたら、急に光りだしてね。気づいたらナイトゼナにいたの」




「まさか、その、のりって……」




封印解除ブレイク・アセール! 」




私がいつもセグンダディオを解除する時の言葉をお姉ちゃんが唱える。

のりは一瞬だけ光輝いたが、やがて落ち着き、その形を




「それは、ワンダーワイド・ルーロットですね。四英雄の一人、ルーロットが愛用していた魔法の杖です。様々な魔人や女神と契約し、持ち主はその力を意のままに操ることができるという」




ノノが解説する。やはり、四英雄の武器だったんだ。私のセグンダディオ、理沙のハルフィーナ、お姉ちゃんのワンダーワイド。これで四つの内、三つが揃った事になる。




「ワイドを手にした私は元の世界に帰るために旅をすることにしたの。道中、ミオとロランに出会ってね。二人は呪いの治療が完治し、お礼を兼ねてメイに再会する為に旅をしている途中だった。メイが大金を払ってくれたお陰で随分早く治ったと聞いて嬉しかったわ」




私の頭を撫でるお姉ちゃん。えへへ、褒めてもらえるなんて嬉しい。

頑張ったかいがあったというものだ。




「私は二人に事情を説明して旅に同行し、ボルドーさんの家で話を聞いたわ。そしてメイの後を追い、今に至るの」




「えらく話が上手く繋がってるッス」




理沙の言葉にお姉ちゃんは頷いた。




「確かに、怖いぐらい偶然だけど……ま、それだけメイを思う私の姉としての気持ちが崇高で立派だったんでしょうね。何せ、メイが赤ちゃんの時からお世話してるからね。両親は家にいなかったし、いつも、いつも、付きっ切りで子守をしてたのよ。時には学校に連れて子守をしたこともあったわ。幼稚園ぐらいになると、おねーちゃん、おねーちゃんっていつもベタベタしてきてね。でも、それがうれしくてね」




「も、もうお姉ちゃん! 」




みんなくすくす笑ってるじゃない。は、はずかしいなぁ、もう。

理沙・ミオなんか『メイかわいいー』とか言ってるし。うう、そういうことはナイショにしてほしいよ。ノノなんか頭撫でてくるし。体温が上がって顔が紅潮してくるのを嫌でも感じちゃう。




「ごめんごめん。それでこの杖……ワンドは様々なことを教えてくれた。ワンドが言うには知識の女神と契約を結んでいて、世界のすべてがわかると。ただ、その場に合った回答しか言わないそうだけどね。それでわかったんだけど、ミオとロランは四英雄の末裔であるけれど、武器はご先祖様の物ではなかった」




「えっ!? 」




確か、ミオとロランは四英雄の子孫だという話は以前聞いた。四英雄は不死身のマルディス・ゴアを倒すためにその命を代償にして、各々の武器にマルディスを封印して討伐した。だが、その武器は長い年月で力を失い、持ち主の元に戻ってきたという。マルディスは既に封印を解かれ、この世界のどこかにいる。だけど、何故、私のセグンダディオだけが力を失わず健在なのか。その理由はわからなかったけど……。





「ロラン達の持ってる武器は単なるレプリカよ。模造品。まあ、100万年の歳月が流れているし、昔の人っていうのは本当に大切な話を文書にして残さず、口伝で伝えてきたの。いつしか、レプリカが本物だといわれ、尾ひれがついたんでしょう。ワンドはそう回答してくれたわ」




お姉ちゃんの言葉にロランもミオも肩を落とした。

かける言葉もなく、痛い沈黙が部屋に漂う。




「理沙くんとメイがシェリルと戦う所を見ましたが、あの力は間違いなく四英雄の武器です。疑う余地はない。しかし、どうして四英雄の武器は子孫の我々ではなく、異世界のメイ達を選んだのでしょうか。確かに四英雄は先祖が異界から武器を持ち運んだと伝えられていますが」




「え、ロラン、あの時気絶していたんじゃ……」




「怪我はしたが、意識はあったんだ。隙を伺うつもりだったが、よく見させてもらった。二人は実に息のあったコンビネーションだったよ」




と、再び頭を撫でられる私。

なんか撫でられてばかりだな。




「ワンド、何故、四英雄の武器は末裔のロラン達でなく、私達、異世界の人間を選んだのか、答えて」




”悪しき魂が復活する。それに乗じて眷属たちも目を覚ます。選ばれた者のみが彼らを使うことができる。これは定めなり。そして、これは偶然にあらず”




老人のような声が聞こえてきた。だが発音はきっちりとしており、今時の若者よりもきちんと言葉を発し、アクセントも完璧だ。それはどこか厳しさと温かさを備えた、不思議な声だった。




「え、なんで私たちなの? 私も理沙もお姉ちゃんもごく普通の女の子だよ? ナイトゼナ出身でもないし、四英雄の子孫でもない。言葉は悪いけど、異世界がどうなったとしても、私たちには関係のないことだわ。この世界の人が何とかすべき問題じゃないの? なんで、セグンダディオは私を選んだの? ハルフィーナは理沙を、ワンドがお姉ちゃんを選んだ理由は何? 」




それは以前からの疑問だった。何故、私や理沙やお姉ちゃんがこの世界に来たのか。どうして四英雄の武器で戦わなくちゃいけないのか。選ぶにしてもどうしてごく普通の女性である私たちを選んだのか。きっと何かしら理由があるはずだ。私はワンドにその疑問をぶつけた。




”すべては偶然にあらず。時が経てば答えは自ずと現れよう”




ワンドはノーコメントを貫いた。無理に聞いたとしてもきっと答えてくれないだろう。セグンダディオに聞いても同じことだ。しかし、偶然ではないというのはどういうことなのか。私は肩をすくめた。




「元の世界に帰ることはできないの? ワンドの力で」




”不可能だ。悪しき魂と眷属がこの世界にいる以上、転移魔法は使用できない。従って、別世界に行くことはできない”




「悪しき魂……つまり、マルディス・ゴアがいる限り、メイ達は自分の世界には帰れないって事ね」




「やっぱり、帰るためにはマルディス・ゴアを倒さないといけないって事ッスね」




皆、黙り込んでしまった。やっと帰れるかもしれないという希望はすぐに打ち消されてしまった。なんで戦わなきゃいけないのか、何故選ばれたのか、わからない。ワンドの解答は結局、疑問を更に増やしただけだった。

わかったのは、マルディスゴアを倒さない限り、私たちは永久に元の世界には帰れないということだ。私たちはまだまだ戦い続けなくちゃいけないんだ。そしてマルディスを倒さなきゃいけない。




「あ、あの! 」




と、そこで声を出したのはミオさん。皆が彼女に一斉に視線を向ける。

ずっと黙っていた彼女がどうしたんだろうか。彼女はこう発言した。




「みんなで晩ご飯、食べよう! 」









ドルフィンキックは地下1階に食堂がある。そこは所謂バイキング形式になっており、好きなものをお皿に入れて食べるのだ。参加者は値段無料なので私達はさっそく皿を持って好きなものを入れていく。甘そうなデザート系もあれば、肉料理系や野菜など種類も豊富だ。




「あの、ロラン」




「なんだ? 」




「この先、どうするの? 」




「しばらくは茜殿の仕事を手伝うつもりだよ」

 



ロランは少し硬い表情でそう言った。自分が選ばれなかったことに対する悔しさがあるのだろうか。恐らく、ショックだったことは間違いない。彼女はこの世界を救うという使命感に溢れていた。それが無くなった以上、辛い気持ちしかないだろう。




「今の私には何の力もない。四英雄の子孫だとしても戦力にはならないだろう。第一、シェリル達に不意打ちを食らわされ、死にかけていたんだ。君がお金を出してくれなかったら、私もミオも死んでいただろう。メイ、心から礼を言う。ありがとう」




「いや、そんな……私を助けてくれたのはロランじゃない。私だってロランが助けてくれなきゃ死んでたよ。恩人を助けるのは当然」




「そう言ってくれると嬉しいが、さっきも言ったように、今の私には何の力もない。しかし、何もしないまま生きているつもりはない。その力をつける為には茜殿についていく。私は私なりにこの世界のためになることを探してそれをやりきるつもりだ。ミオも同じ気持ちだよ」




ミオを尻目に微笑むロラン。彼女は理沙と仲良く食べながらテーブルで談笑している。どうやら食事の話題で盛り上がっているようだ。




「あの、お姉ちゃんの仕事って?」




「ワンドからの指示で色々動いているのよ。やることいっぱいあってね」




と、後ろからお姉ちゃんがやってきた。今までの会話は聞かれていたみたいだ。




「具体的になにをやっているの? 」




「それは追々話してあげるわ。アンタは試合の事だけ考えなさい。ニルヴァーナ騎士候補生になって情報を集めるんでしょう? 大会にエントリーしたって、さっき、ノノちゃんに聞いたわ」




「うん。闇雲に動くよりもそっちの方がいいかなって。ボルドーさんにも勧められて。だから頑張らないと」




「うんうん、それでこそ我が妹! じゃ、まずは食べましょう。体力つけないとね。女の子は食事が命よ! 」




「おー」




そんな訳で私たちは食事を楽しんだ。時折、理沙の料理うんちくも挟みつつ、仲良く食べていた。ロランもミオもその頃には笑顔をほころばせていた。けれど、ノノの姿がどこにも見えなかった。












「あ、ここにいたんだ」




食事がある度済んでからノノを探すと、彼女は外に居た。石段に腰を下ろし、星を眺めているようだ。




「メイ、食事は済んだの? 」




「うん。それよりどうしたの? 急にいなくなるから心配したよ」




「あー、ごめん。人が多い場所ってどうも苦手でね。思わず、抜け出しちゃった」




てへへと舌を出すノノ。それからのんびり星を眺める。満天の星空が、星々の大海がそこにある。日本では決して見ることができない光景だ。




「昔から人ごみが苦手でね。ああいう場所は落ち着ないの。私の家はそれなりに大きくてパーティーとかも多くってね。それが余計拍車をかけたのね……みんながいい人なのはわかるんだけど。ああいう場所はどうもね」




星の海を見ながら、ぼそっと話すノノ。どこか遠くを見ているようで、その瞳は海を映していなかった。過去を思い出しているのだろうか。




「そうなんだ。でも、あんまここにいると風邪ひいちゃうよ。ほどほどにして、戻ってきてね」




「メイ、私とあなたは違う世界の人間よ」




帰ろうとした足を止める。

そんな私の背中にノノは振り向かずに話を続ける。




「たとえ生まれた世界は違っても、私はあなたをご主人様だって思っているわ。あの変態親父から私を助けてくれたのは紛れもない事実。それにはとても感謝している。私一人じゃ契約は解除できても、殺されていたでしょうね」




ノノはそのまま続ける。

溢れ出る思いがあるのか、若干、早口だ。




「確かにあなたにとってここは異世界であって、元の世界とは違う。あなたとは何の関係もないかも知れない。でも、私達はこの世界だからこそ会えたの。それは忘れないで欲しい。セグンダディオ様が何故、あなたを選んだのかはわからないけど、あなたでなきゃいけない理由があるはずよ。誰でもいいはずはない。だから『何も関係がない』なんて割り切らないで欲しいの」





「……私、先に戻ってるね」




私はそう言い残し、その場を後にした。

うん、ごめんねという簡単な言葉が言えない。

だって、

今はまだそうとしか思えない。




私は早く帰って、普通の高校生活を送りたい。日本の女子高生として、普通の生活を送りたい。戦闘なんかしたくもない。誰かを傷つけたり、殺したりもしたくない。第一、ケンカなんかしたこともないというのに。シェリルやミリィだって殺したくなかった。誰かを傷つけたり、殺すのは私の心を深く重くしていく。あの二人には散々な目に遭ったけど、できれば、仲良くなりたかった。友達になりたかったという思いが今も消えない。それはもう、叶わぬ願いだけど。




私は早く元の世界に帰りたい。だから、この世界が滅んだとしても私には他人事でしかない。でも、その言葉を吐くと、きっとノノを深く傷つける事になるだろう。私にはそれ以上、何も言えなかった。だから、とっととベッドで毛布を被って寝ることにした。

         

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