第75話「銀色の静寂」
次の日。
私は携帯では連絡はせず、ミカちゃんに直接、口頭で伝えて待ち合わせをした。時刻は草木も眠る丑三つ時……午前2時頃である。旅館は既にみんな寝静まっており、どの部屋からも灯が消えているのが確認できる。旅館から少し歩いた先の一本杉の下でゆっくりと待つ。ちなみにリュートはジェーンさんに任せている。理由を尋ねられたが、後日、説明するとして明言を避けた。ジェーンさんはそれで納得してくれた。そういえば、もう師匠にも全然会えていない。どこで何をしているんだろうか……もう少し弟子に関心を持ってもいいと思うんだけどな。
「お待たせ」
「時間ぴったり、さすがミカちゃん」
ミカちゃんはちゃんと時刻通りに来た。1分たりとも狂いはない。だが、顔にはなんでこんな時間に?と言いたそうだ。まあ、深夜に呼び出されたら無理もない話かもしれないわね。
「これからデート……って感じでもなさそうだけど、何かあったの?」
私の恐らく強張った顔に彼女は気づいたのだろう。ミカちゃんには言いたくない。確実に彼女の顔を曇らせることになるからだ。しかし、どうしても確認しなければならない。私は腹を決めて言うことにした。
「ミカちゃん、もう子供を産むことができないって本当?」
「……あんた、どっからその話を?」
ミカちゃんは顔を背けたものの、否定はしなかった。二の句が継げない彼女に代わり、私は続ける。
「実は昨日、ナイトゼナへ繋がる所を見つけたの。その時、ランドって奴が言ってたのよ」
「あいつと会ったの? っていうか、ナイトゼナにどうやって?」
「会ってはいないわ。会話を盗み聞きしただけ。その話と親父が殺されて財産没収とか言ってたわね。大方、貴族同士の抗争にでも巻き込まれたんでしょう」
シンシナシティはナイトゼナの国ではあるものの、遠方ということで貴族が代わりに政治を行っていた街だ。ナイトゼナ崩壊後はその貴族たちも逃げ出したが、そのどさくさで殺されて、財産を奪われたのだろうと推測。とはいえ、ランド自身も貯えがそれなりにあるはずだ。このまま野放しにするわけにはいかない。
「……ナイトゼナにどうやって行くの?」
「こっちだよ」
焦るミカちゃんを誘導し、昨日の亀裂の所に来る。朝に確認した時は消えていたが、夜に再び見に来た所、亀裂は復活していた。どうやら夜限定で復活するようだ。
「この亀裂からナイトゼナのランドの所に行くことができるよ」
「こんな亀裂があったのね……で、奴はどういう状態?」
「下半身不随で動くことはできないみたい。でも、南の島で療養とか言ってたから、その内いなくなるかもしれない。奴を殺すならチャンスは今しかない」
「………」
「ミカちゃん、どうする? 私の話を聞かなかったことにするか、それとも私と一緒に殺しに行くか。私はもう人殺しだけど、ミカちゃんはまだそうじゃない。無理に手を血に染める必要は……」
「愚問よ、メイ。ようやく来たチャンスを逃すほどバカじゃないわ。これで終わらせる……私の人生の汚点を終わらせてやる。行きましょう、メイ」
「わかった。雑魚は任せて」
「頼むわよ」
私達は亀裂に入った。
亀裂から出ると、ナイトゼナのどこかの森に到着する。私はホテルから持ってきた双眼鏡を装備。ここはどこかの山奥らしく、森が生い茂っている。自然の濃い臭いは間違いなく、ナイトゼナそのもの。始めてナイトゼナに来た時を思い出す。あの時も森の中だったわね。
その中の開けた場所に小屋がある。ここがランドの居場所だ。外では火の番をしている若い男が暇そうにタバコを吸い、ボーとしている。他にも三人の男達が小屋の周りをウロウロしている。屈強な身体をし、腰には長い剣がある。ランドの雇ったボディガードだろうが、金で雇われた雑魚だろう。その目にやる気は感じない。皆、ひそひそ声で雑談してたり、暇をつぶしているように見える。
「よし、見張りは私が全員まとめて殺す。ミカちゃんはその間に」
「ええ、任せたわよ」
メイが夜の闇に紛れ、ランドの雇った男達を葬っていく。阿鼻叫喚の悲鳴をメイは楽しんでいる。本心は人殺しをしたくないのは確かだが、
「ミカ……か!?」
「久しぶりね、ランド。まあオーク討伐から数ヶ月くらいしか経ってないでしょうけど」
「感動の再会とはいきそうもないな、そんな物騒な物を向けられちゃよぅ……」
そう、銃口は奴の顔面を狙っている。私達の距離は2メートルあるかどうか。地面に傘をまっすぐ二本置いて届くかどうかの距離である。おまけに奴は下半身不随で動くことはできやしない。観念したのか? ランドは渇いた笑いを出した。
「俺を殺す気か? 俺を殺して何になる? 殺してもお前の過去は変わらねぇぞ」
「私自身の人生に一つターニングポイントをつけなきゃいけないの。あんたがいるとそれができないのよ」
メイの英語の本にそんな言葉が書かれていた。以前、色々と日本の物を見せてもらったとき、そんな言葉を学んだ。日本では、英語という別の国の言葉を中学生から学ぶのだそうだ。その中にそんな単語と意味が書かれているのをメイは教えてくれた。優しい子だ。
「フン、俺に対する恩を忘れたのか? どの口が言う? 大学の学費は俺持ちだぞ? それにお前は魔法で子供を産めなくなったが、その魂は別の子供ができない夫婦へと宿すことができた。そもそも身分がないお前はナイトゼナでは捨て猫同然だ……仕事にも有りつけん。それを拾ってやったというのに恩知らずにもほどがあるな」
渇いた銃声が響く。
ランドの肩が撃ち抜かれ、奴はみっともなく、痛みを訴えた。
女みたいに悲鳴上げて……男のくせに情けない。
「き、ぎさまぁぁぁぁ!!!」
「学費は既に全額返済済み。それにあんたが魔法でやった件、私の子供の魂を子供ができない夫婦へと送る”精魂の秘術” あれは相当難しい秘術なのよ。それ故に新たな母親から産まれた子供達はみんな、何かしらの障害や重い病気を持って生まれたの。そして、どの子も10歳まで生きられずに死んだそうよ」
「な………」
「アンタはそのことを隠していたわね。でも、私はギルドに入ってからそのことを全部調べた。サラさんや梨音さんも協力してくれた。でも、シンシナシティじゃ告発しても、もみ消されるか、示談金を払うかで解決されてしまう。あの町は貴族には特別優しいところだからね」
「お、おおおおおおい、誰か、誰か、いないのか!!!」
「ごろつき連中はみんな、あの世へ行ったわ。次はアンタの番」
「お、俺を殺せば、お、親父が黙ってないぞ!!」
「あんたの親父が殺されて財産を奪われたって話も聞いた。あんたを助けるやつはどこにもいない。地獄へ行きな」
「や……やめ……」
「さようなら」
数発の銃声が夜の森に重く響く。
断末魔の悲鳴をかき消すほどの数多くの銃声が轟いた。
「終わった?」
「ええ」
私はメイの方に振り向かずに答える。眼前には私を苦しめた男の死体が横たわっている。身体のあちこちを撃ち抜かれ、最後に頭と心臓を撃ち抜かれ、絶命した男の成れの果てが。
「ミカちゃん、ついにやったんだね。これでもう、自由だね」
「ええ、そうね」
私は笑顔を浮かべようと努力したが、できなかった。どこか疲労感を感じた。これで奴の陰に怯えることはなくなり、心は自由になれた。とはいえ、過去は消えないし、悪夢を見ることもあるだろう。全部が全部、なかったことにはならない……それが現実だ。だが、それでも、前向きに生きていけるはずだ。転換点を自分で作ることができたのだから。でも、心がそれを受け入れるにはまだ時間がかかるようだ。
「メイ、ちょっと疲れたわ。早く戻りましょう」
「あ、確かに。それじゃ亀裂に……」
「あと、今日は一緒に寝ましょう。それにメイにお礼がしたい」
「お礼なんてそんな……」
「謙遜することないわ。メイは私の事をすごく想ってくれてる。どいつもこいつも色眼鏡で私を見てたけど、あなたはそんなことなかった。理沙も口じゃイジワル言うけど、本当に嫌がることは絶対しない。二人には本当に感謝してるのよ」
「そんな! 私だってストレス溜まって悩んでた時、ミカちゃんに話聞いてくれたの嬉しかったんだよ!? ナイトゼナで初めて友達ができて、すごく、すごく嬉しかったんだから!」
「わかってる。今日はブルースチルで乾杯しましょう」
「うん」
私がメイの話を聞いた時、ブルースチルを飲んだことがあった。あの日のように乾杯がしたい。私達はどちらかともなく手を繋ぎ、亀裂に向かう。
これで私の過去への清算は終わった。これからは彼女の為に戦おう。親友で、家族で、掛け替えのない彼女の為に。
そして、思いのたけを話そうと思うのだ。
少女メイと呪われた聖剣セグンダディオ 六恩治小夜子 @sayoko
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