第50話「明日の為に、みんなの為に」


運ばれてきた海鮮料理に舌鼓を打ちつつ、話を切り出した。

まず経緯を説明し、次にセレナさんへと話題を移す。

彼女の人となり、しばらく一緒に暮らした事、盗賊たちとの激闘。

セレナさんが亡くなったことを掻い摘んで話していく。

そして、残された希望。

皆、食事を進めながらも集中して話を聞いてくれた。

普段はグルメレポーターな理沙もこの時は私の話に耳を傾けてくれた。

それはジェーンさんも変わらない。

ただ、ノノだけはご飯に手をつけず、俯いたままだった。




「なるほど、ジェットの自作自演だったのね。セレナさんとメイをおびき出すための罠だったと。というか、メイがセグンダディオの持ち主だっていうのは、もうかなり広まってるのね」




「はい」




サラさんの言葉に相槌を打つ。

そう言えば奴は裏ギルドがどうとか言ってたっけ。

そもそも裏ギルドっていうのは何だろうか?




「サラさん、ジェットは裏ギルドがどうのこうの言ってたんですが……それって何ですか?」




「まず、私達が加入しているマリアファングは正ギルドよ。正ギルドは商店会同盟の事で世間様のお役に立つように様々な厄介事を請け負うのが仕事よ。裏ギルドはその反対。非合法な魔法道具の精製・売買、殺人・暗殺依頼、強盗・放火……そういった悪行を代行して金儲けをする団体よ。ギルドなんて名前がついているけれど、実際は悪党達のたまり場ね。正直、ギルドなんて名前つけて欲しくないわ」




サラさんは少し不機嫌そうに口を尖らせる。

悪党グループのくせに同じギルドと名乗って欲しくない。

多分、そう思っているんじゃないかな。




「ジェットは裏ギルドの中でも特に有名です。今回の件は既に知られているでしょう。裏ギルドは全部で800ほどありますが、もしかしたら、これから似たような敵が襲ってくるかもしれないッス」



理沙が補足説明をしてくれる。

裏ギルドはつまり、タチの悪いチンピラ集団といったところだろう。

ジェットみたいな金の亡者がまだまだいるに違いない。

マルディス・ゴアを倒すのが最大の目的ではあるけど、敵は他にも大勢いる。

そいつらは今もどこかで牙を研いでタイミングを伺っているだろう。

気を抜くわけにはいかない。




「ねえ、メイ。一つ質問なんだけど」




「どうぞ、ミカちゃん」




「そのセレナさんを妖精の家に避難させなかったのはなんで?あの家は他の人間からは見えないんでしょ?だったらそこに避難させたほうが……」




「無理よ、それは」




と、そこで初めて発言するノノ。

ため息をついて、首を横に振った。




「ジェットって奴の目は義眼だったの」




「ぎがん?」




オウム返しに言う私に頷くノノ。

彼女は指で自分の目を示した。




「ええ。人間の瞳を取り除き、特殊な魔力手術をした強力な義眼よ。通常よりも幅広い視野と視力を得ることができる。恐らく、妖精の家の位置もわかるはずよ。だから妖精の家に避難させるのは逆に危険だと思ってね」




「なるほど。でもよく義眼だってわかったね」




へぇ~と感心するが、ノノの表情は暗いままだ。

私は戦闘に集中してたのもあって、奴が義眼だということはわからなかった。

というか、見た目は何も変わらなかったし気づかなかった。

一体どうやってノノは義眼だと気づく事ができたのだろうか。




「……奴はメイが何十人と倒した盗賊たちの倒された順番を知っていた。でも、メイが倒すスピードは恐ろしい位、速い。常人が数えるのはまず無理よ。でも、奴にはそれができた。そんなことができるのは魔力手術をした者だけよ」




「ノノ、やけに詳しいね、その義眼の事。何か知ってるの?」




サラさんの言葉にノノは小さく頷いた。

しかし、その顔は渋く言い出し難い表情をしている。




「言いにくい事だけど……その技術を確立させたのは私の姉なの」





息が止まる思いがした。

誰もが言葉を失う。

確か、妖精の家でノノは言っていた。

仲の良い姉がいたと。

だが、彼女は人間の男性を好きになり、いなくなった。

そう聞いたけれど。




「あの戦闘の時、ジェットからは別の魔力の波動オーラを感じたの。魔力は本来誰もが内に秘めているもの。魔法が使えなくても体内に確実に存在するの。ミリィ事件の時の事覚えてるでしょ?あれは最悪のパターンね」




以前、ニルヴァーナの大会でミリィは大会参加者と観客の魔力を特殊な方法で全て自分の物にし、強大な魔力を得て私を殺そうと襲いかかってきた。確かにあの時、彼女も魔法の才能の有無に関わらず、どんな人間でも魔力を持っている等の事を口走っていたのをよく覚えている。





「魔力は誰にでも存在する。でも、タイプは人それぞれ。似たような人がいても全く同じ人はいない。人間と同じね。奴から感じた別の魔力……あれは間違いなく姉の魔力の波動だった」




「ちょっ、ちょっと待つッス。もしかしたら本当に似てただけかも」




「いいえ」




と、ノノは理沙の意見を全否定した。

ピシャッと否定された理沙は返す言葉が見つからない。

ノノはそのまま続ける。




「姉の魔力の波動オーラはよく知っているわ。妖精は世界各国に散らばっていて、魔力の波動で余所者かどうかを区別できるの。あの波動は間違いなく姉よ。家族だもの、間違えるはずないわ。そして、姉は仕事の傍ら、視力回復手術の研究をしていた。目の見えない恋人の為にね」




ノノは大粒の涙を流し、俯いていた。

手で顔を覆い、泣きながらも言葉を紡ぐ。




「でも、その恋人は死んでしまった。姉は恐らく、その技術で裏ギルドに入ったんだわ。妖精は人間と違って豊富な技術や知識があるから裏ギルドとしては喉から手が出るほど欲しい存在。つまり、間接的に私の姉がセレナさんを殺す手助けをしたことになる。私があの時、無理矢理にでも姉を止めていれば、こんなことにはならなかったかもしれない……」




ノノは土下座しようとしたが、私はそれを制した。

彼女は大粒の涙を隠そうともしなかった。

慎重に言葉を考えながら、彼女の目を見て話す。




「ノノ。セレナさんは自分が寿命なのを知っていた。だからこそ、ガナフィ島を最後の場所に選んだの。亡き旦那さんと思い出の場所を。彼女が死んだのはあなたのせいじゃない。誰のせいでもないの。ノノが謝る必要はないよ」




「……メイ」




私はノノを抱きしめた。

彼女がずっと影を落としていた理由がわかった。

恐らく、彼女はそれでずっと苦しんでいたはずだ。

責任感の強い彼女は身内の犯罪に心を痛めていた。

それが主人の大切な人を殺すことに繋がった。

それは妖精にとって耐え難い心の傷となったのではないだろうか。

だけど、セレナさんは寿命を悟っていた。

彼女が亡くなる運命は変えられなかった。

仮にノノに責任があると言うなら、私にも責任がある。

私にもっと力があれば、ジェットからセレナさんを守れたはずだ。

たとえ、亡くなる運命は変わらないとしても殺される運命は変えられた。

私にもっと力があれば、もっと強ければ……。

こういう時、自分の無力さを痛感する。




「お姉さんの事は確かに気になるけど、今は気にし過ぎない方がいいと思う。それにお姉さんが本当に裏ギルドにいるなら、いずれ会う事になる。その時に気持ちをぶつけましょう。それは他の誰でもない、ノノにしかできないことだからね」




「ええ……」




ノノの涙をハンカチで拭ってあげる。

まだ目が赤いが、じきに治まるだろう。

どういう目的でノノのお姉さんが絡んでいるのかはわからない。

もしかしたら、再会の時は敵同士かもしれない。

仮に悪に加担していたとしても妹の言葉はきっと届くはずだ。

妹の言葉はどんな他人よりも姉に届くものだから。




「それで、セレナさんがくれた卵……それが最後の希望なのね?」




「はい。今は自宅に置いてます。ノノに簡易封印魔法もかけてもらいました。盗難の心配はないと思います。ところでサラさん」




「何?」




「私に剣を教えてください」





「理由を教えてくれる?」



間髪入れず理由を尋ねるサラさん。

私は胸元から小さなハサミを取り出した。

封印を解除する前のセグンダディオだ。

今はただの細かい毛を切るためのハサミに過ぎない。

けれど、そこから発せられる力はとてつもなく強い。

手に暖かさが伝わり、ジンジンとしてくる。




「私はずっと元の世界に帰ることだけを考えていました。正直、この世界には興味も無かった。シェリル達に騙されるし、色々痛い目に遭うし、しばらく一人で寂しかったし……元の世界に帰れる為にマルディス・ゴアを倒そうって考えていました」




私はみんなに胸の内を明かす。




「でも、みんなに会えた。理沙は元々友達だけど物知りでサポートしてくれる。ミカちゃんはこの世界で初めてのお友達だし、ノノやジェーンさんは私を慕ってくれる。辛いこともあったけど、みんなは私にかけがえのない物をくれました。セレナさんも私の心に暖かいものをくれた。一緒に過ごせた日々は私のこれまでの人生で一番忘られない思い出です」




ハサミを握りしめる手に力が籠もる。




「けど、私はまだまだ力不足です。もっと力をつけて強くなりたい。強くなってみんなを守りたい。元の世界に帰りたい気持ちも正直あります。けど、今はそれよりも大切なみんなの明日を守りたい。笑って迎えられる明日を創りたいんです。その為にサラさん、弟子にしてください!」




私は土下座しようとした。

けど、それはサラさんに制止させられた。

それはまだ早いと無言の圧力がかかってくる。

仕方なく席に座り直す。




「メイ、なんでうちのギルドは正メンバーが少ないか知ってる?」




「いえ……」




そういえば、マリア・ファングの正メンバーは私達だけだと聞く。(ジェーンさんは除く)ギルドとしては老舗だと聞いているが、準メンバーは多いものの正メンバーが少ない理由は一体なんだろうか?それはちょっとした疑問でもあった。




「昔はね、何十人もの人材がいたの。それなりに強い連中がね。彼らは仕事にも慣れ、更に強くなりたいと考えていた。そして、私に剣を教えろと言ってきた。サエコの命令もあったし、みっちり修行してやったわ。でもね、その修業に誰もついてこれなかったの。結果、みんなギルドを辞めてしまった。100人中100人がね。筋骨隆々な男も、魔力が豊富な女魔法使いもみんなついてこれなかった」




「……」




サラさんの声のトーンはひどく重い。

いつもは軽口で話すイメージだけど今回は違う。

冗談抜きで真剣に話しているのが伝わってきた。

雰囲気を察してみんなも黙って彼女の言葉を聞く。




「修行しなかった正メンバーもいたけど、年齢やら結婚したから危険な仕事を降りたいとか、色々な理由で辞めていった。でも本当は違う。みんな私の修行の厳しさ・恐ろしさを聞いて恐怖したの。だから続ける気力を無くしたの。でもね、メイ。マルディスゴアを倒すならそんな修行でも生ぬるいわ」




眼力を込め、サラさんは私をじっと見つめる。

その瞳に何もかも見透かされている気がした。

けど、私の心に迷いはなかった。




「そんな修行よりも、更に上の修行法をしなくちゃいけない。でも修行を終えたとしても確実に勝てるかどうかはわからないわ。相手は大陸すら消し炭にできる化け物よ。最悪、修行で死ぬか、戦って死ぬか、その二択かもしれない。あなたはそれでも私の修行を受けたいと考えるの?」




「私は……」




「メイ、あなたはそもそも学生さんでしょ?今まで強敵に勝てたのは単なるマグレよ。セグンダディオの圧倒的な力があったからこそ勝てたのであって、あなたの剣術が相手の技量・力量を上回ったわけじゃない」




その通りだ。

セグンダディオがあったからこそ勝てたんだ。

ただ、痛い思いもしたし、考えたり、努力した部分がない訳でもない。

けれど、私自身はごく普通の女子に過ぎない。

男子のように力強い訳でもないし、特別に頭が良いわけでもない。

スポーツだって平均より下だし、そもそも運動はそんなに得意じゃない。




?」




「やります!!」




「……掛け声だけは一人前ね。吐いた言葉は飲めないよ。それでもいいの?」





「お願いします!!」




私は今度こそ土下座した。

どれだけ苦しいとしても私はやらなきゃならない。

自分の為に、みんなのために。

この世界で会った多くの人達が私を絶望の縁から救ってくれた。

今度は私がその絶望を取っ払うんだ。

笑って過ごせる、みんなの明日を創るために。

セレナさんが愛したこの世界を壊させないために。

ヒーローや英雄になりたくて戦うんじゃない。

守りたい人を今度こそ守るために。

だから、私は戦うんだ。





「……わかったわ。でも条件がある」




「条件ですか?」




「1ヶ月以内にモノにならなかったら、セグンダディオと契約を解除しなさい」




「な、なんなんッスか、その条件は!?」




私が言葉を発する前に理沙が驚きの声を上げた。

でも私には予想できた答えだった。




「理沙、落ち着いて。サラさんの言うことは正しいよ。セグンダディオの契約者は確かに私。でも、使いこなせなきゃ宝の持ち腐れだもの。私がヘボだったら他の契約者を選ぶはずよ」




「メイ、セグンダディオとの契約をどうやって解除するの?というか、そんな方法あるの?」




ミカちゃんの尋ねに私は首を縦に降る。

ゆっくりと私はその答えを吐いた。




「私が死ねばいいのよ。それで契約は解除できる」




「え……」




場の雰囲気が凍りついた。

けど、これもわかっていたことだ。

幾らセグンダディオでも死者を甦らせることはできない。

私が死ねばセグンダディオは新たな契約者を探すだろう。




「でも、もしかしたら自殺できないかもしれない。だから、その時はサラさんに殺してもらう。凄腕の人が一太刀降れば苦しまずに死ねるだろうし」




「待ちなさい、メイ!本気で言ってるの?」




「メイ、いくら何でもそれはないッス!!」




二人がテーブルを叩きつけ、反論する。

心配してくれていることがよくわかる。

でも、この決意は何を持っても揺るがない。




「大丈夫。そう簡単に死なないわ。叶えたい夢があるからね」




私はふふっと笑みを零しながら夢を……妄想を口にする。

自分でも笑顔ってわかるぐらいだから、みんなにはもっと笑顔に見えたかも。

もしくはちょっと気持ち悪いかもしれない喜びの顔をしていたかもしれない。




「理沙、ノノ、ミカちゃん、ジェーンさん、ロランさん、ミオちゃん、お義父さん、お義母さん、お姉ちゃん、サラさん、梨音さん、マスター。みんな、みんな日本で一緒に住むの。勿論、私の本当の家族も含めてみんなで。みんなで赤い屋根の大きなお家に住むの。それが私の夢なんだ。その夢を叶えるまで私は絶対に死なないよ」





私は務めて明るく振る舞った。

だが、ミカちゃんは泣いてるし、理沙は歯ぎしりしている。

ノノもジェーンさんも驚きを隠せない様子だ。

だが、相手はとてつもなく強大な敵だ。

大陸を消し炭にできるほど、強力な化け物。

そしてその臣下も強大な力を持つ者達だろう。

そんな相手と戦うのに生半可な覚悟じゃ意味がない。

今、心に怖い気持ちと死という感情が同居している。

でも、やるだけとことんやってやろうと思う。

大丈夫、夢のためならきっと頑張れる。




「……わかったわ。もう止めないからね。準備がいるからすぐにとはいかないけど、整ったらすぐそっちに移るわよ。しかし、みんなで大きい家に同居って……なかなか面白い発想ね」




「そうですか?みんな家族みたいなものだし、そういう風に過ごしたいなってずっと思ってたので。サラさんには美味しい日本酒を差し上げますよ。お父さん秘蔵の奴を。梨音さんもきっと喜ぶはずです」




「ふふ、それは楽しみね。サエコも含めてみんなでいっぱいやりたいね」




「くぁ~……いい夢ッスね!!よっしゃ、今日は食べまくるッス!!おらー、どんどん料理持ってこいッスー」




「食い意地張りすぎ。ゆっくり食べなさい」




ミカちゃんにそう言わたが、もはや聞く耳もたずの理沙。

それからは固い話は終わり、食べる、飲むのオンパレードだった。

楽しい歓談に華が咲き、凍りついた雰囲気が嘘のようだ。

理沙はよく食べるし、ミカちゃんは私を気遣いつつ、お喋りしてくれる。

けれど、どこか切ない表情に胸が痛い。

あとで時間を作って話をしてみようと思う。

ノノとジェーンさんは料理話で盛り上がり、楽しそうに会話している。

けど、私の心はまだ氷原のような寒さを感じている。

不安が絶望を後押しするけど、今は考えないでおく。

考えたってどうしようもないことだから。





シンシナティ34番街裏通り3-24、そこが私達の家の住所だ。

裏通りにも住宅街はあるがその大半は安宿や空き家だ。

その中にある一軒家が私達の家である。

食べ終えた後、サラさんと別れた私達は我が家へと戻ってきた。

といっても、ガナフィ島に行く前に一度寝泊まりしただけなので実感はまだ薄い。

正直、帰ってきたなーという気持ちにはなれなかった。

どっちかというと、疲労困憊なので早く寝たいという気持ちが強い。

元々島での戦闘の疲れもあるし、報告したり、決意表明したり……。

身体も心も疲れ切っているのが本音だ。

今すぐベッドにダイブしたい気持ちに駆られる。

おまけにこの辺りは外灯も少なく、すごく真っ暗だ。

日本だと夜中でもコンビニやらビルとかあるし、外灯もたくさんある。

正直、昼間よりも明るいんじゃないかと思うぐらいに明るい。

おまけに夜働いている人もいるし、人を見かけないという事が無い。

だが、こちらは正反対で夜を深く感じられる暗闇の中だ。

正直、なんかオバケとか出そうで怖いなぁ。

風も出てきて割りと寒いし、人気も無いし……。




「理沙、この家ってまだ家具とか揃えてなかったよね?」




「ふふふ……大丈夫ッス。オーク退治の報酬と以前のギルティ・バードの退治した報酬で家を増改築をしたッス。家具とかもそのときに購入しましたし。ギルティバードは鑑定に時間がかかり過ぎて、本当に今更でしたが……それはともかく、ミカと協力して片付けも済みました」




ギルティバードはまだシンシナティに来たばかりの頃、おばあちゃんの頼みで山へ行った時に退治した奴だ。鑑定結果が今頃来るとは……でもタイミング的にはよかったのかもしれない。一体、どんな風になったのだろうか。




「みんなの部屋もあるわよ。さ、入って入って」




ん?

一瞬、違和感を感じたが……まあいいや。

ドアを開け、入るとまず玄関がある。

玄関はとても広くジェーンさんが歩いても問題ない。

床の耐久度も上がっており、しっかりとしている。

廊下を進みたいところだが、まずやることがある。




「ジェーンさん、足を拭いてあげるね」




「すみません、メイ様。お気遣い感謝します」




ジェーンさんは私達と違って靴を履いていない。

セントール族は下半身が馬なので靴を履く事がない。

玄関隅に置いてある足拭きタオルで拭いてあげた。

少しこそばゆそうにしていて、とても可愛いかった。

さて、玄関から先は廊下になっている。

前は玄関開けたらすぐ寝室だったのに、えらい変わりようだ。

廊下を進むとトイレや脱衣所・浴室が右にある。

反対に左に行くと居間がある。

居間にはテーブルが並べられ、その上にはお菓子がある。

他にも本棚が設置されていたり、棚があったり。

その周りにはぬいぐるみが幾つか置かれ、賑やかしとなっている。

本はナイトゼナの物がほとんどだけど、教科書とかもある。

地理・公民の教科書や簿記の本みたいだ。

これは私の学校のじゃないわね。

裏側には「近藤里沙」と名前が書かれていた。




「理沙、これは……」




「お察しの通り、アタシの高校の奴ッス。ずっと鞄に入れっぱなしでして。ミカが見たいって言うんで本棚に入れてあるッス」




「少し見たけど、ボキはわかんなかったわ。でも、チリのは面白かったわね。文字は流石にわかんないけど、シャシンって奴があったからイメージは伝わってきたわ。ニホンはナイトゼナよりも綺麗で興味を惹かれたわね」




「ミカちゃん、今度その本見ながら色々教えてあげるね、日本の事。

風習とか文化とか、食べ物とかいっぱい話そう」




「ふふ、楽しみにしてるわ」




ミカちゃんが嬉しそうにはにかんだ。

居間の隣がダイニングキッチンで炊事場がある。

食器棚にはお皿等が並べられ、一通り揃えてある。

キッチンの隣に広い部屋があり、そこから各個室に続いている。

個室前にはルームプレートがかけられ、名前が書かれている。




「みんな、ごめん。私、先に寝かせてもらうわ」




と、ノノはそう言うと返事を聞かずに部屋の中へと消えていった。

色々辛い心境だろうが……今はゆっくりと休んだ方がいいだろう。

部屋の順番は時計回りにノノ、理沙、私、ミカちゃん、ジェーンさんとなっている。

つまり私が真ん中の部屋ということだ。

ちなみにジェーンさんの部屋だけドアが少々大きい。

これも彼女がセントール族なのを考慮しての事だろう。



「皆様、私も先に休ませてもらいます。おやすみなさいませ」




「おやすみージェーンさん」




深々挨拶すると部屋に戻っていくジェーンさん。

どんな部屋なのか気になるけど、それは明日のお楽しみにしょう。




「ベッドとかもセントール仕様にしてるの?」




「ええ。ジェーンさんの部屋は多少大きく広めにしてるッス。ベッドもセントール族用にしてて。梨音さんがすぐ用意してくれたッス」




割りと高かったッスけど……と小声で教えてくれる理沙。

まあ、特注品だろうし仕方ないんじゃないかな。

家族のためなら家具ぐらい惜しくはない。




「よし、それじゃメイ、アタシらも寝るッス!」




「意気揚々と裸になるな!」




スパコーンとミカちゃんに張り倒される理沙。

なんか漫才コンビみたいね、この二人。

息ぴったりだなぁ。




「メイ、こんなのと寝ると妊娠するわよ。私と寝ましょ」




「ぬぐぐ、自分だけいい思いをさせる訳には行かないッスよ、ミカ!メイの隣は全力で死守するッス!!」




ぽかすか、ぽかすか。

アニメだと砂埃の舞う喧嘩シーンになっている事だろう。

その後、私の提案で三人一緒に寝ることにした。

ただし、理沙は床にお布団しいてだけど。

ミカちゃんは私の隣で。

というか……。




「理沙、いつの間にミカちゃんの事呼び捨てに?前までちびっ子とか言ってたのに。ミカちゃんもボール女って言わなくなったね」




「うっ……」




「うっ……」




揃って詰まるミカ&理沙コンビ。

どうやらオーク退治でだいぶ仲良くなったみたい。

一緒に仕事させるのは不安だったけど、結果オーライという奴ね。

親愛というよりケンカ友達っぽくなったのは二人らしい関係だ。




「い、一々ボール女って呼ぶのが面倒くさいだけよ……。ほら、メイもう寝ましょ。今日はもう疲れたわ」




「お、同じく。ミカの方が呼びやすいじゃないッスか。だからッス。他意は無いッスよ」




「ふ~ん、一体何があったのやら。ミカちゃん明日聞かせてよ」




「……ナイショ。いくらメイでもこればっかりはね」




「えーそんなのずるいー。お礼にキスしてあげるから」




「だ、だだだだだから、私にその気はないって!へ、変な事言わないでよ」




「それにしちゃ顔がトマトみたいに真っ赤だけど~?」




「うっさい!ほら寝よ寝よ」




「アタシも寝るッス~!!!」




そんな訳で私の部屋にて。

私とミカちゃんは同じベッドで眠ることにした。

理沙は床に布団を敷いて寝ることにした。

そして、窓の側に卵が置かれていた。

温かな光を反射しながら、卵は静かに存在感を示していた。

色々考えそうになったけど、睡魔は容赦なく私を眠りの世界に誘う。

その誘惑に負け、静かに瞼を閉じた。

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