第17話「館での戦い」



「やれやれ……私の楽しみを邪魔するとは、許せませんねぇ」




背の高い男は白髪の紳士だ。頭にシルクハットの帽子を被り、黒のスーツを着ている。年齢は恐らく70代頃だろうか。声も若干、しわがれている。一見するとマジシャンにしか見えない。帽子から鳩でも出しそうないでたちである。



その隣には背の低い女性がいるが、彼のアシスタントだろうか。だが、どこか不機嫌そうにしていて、老紳士と目も合わせようとしない。まるで玩具を買ってくれなくて、拗ねた子どものようだ。



彼女は紳士と比べると頭一つ分小さい。でも、私よりも少し高いので150cm程度だろうか? 歳はまだ若く、20歳そこそこといった感じ。

どういう組み合わせなんだろう。傍から見ると、おじいちゃんと孫のようにも見えるけど?




「のぞきを楽しむとか最低ッス! そんなに見たいなら、風俗でも行けばいいッス」




理沙が反論するが、白髪紳士は不敵な笑みを浮かべるだけだ。何だか骸骨が笑っているみたいで、少し気持ち悪い。




「ふふ……若いお嬢さん方でもご存知でしょう? ああいう場所は金がかかるんですよ。たかだか数時間でも結構なお値段です。それに私もそろそろ歳でね、そういう事をする元気もないのです。なので、隠し取りをさせて頂きました。風呂だけじゃない、トイレなんかにも設置しましたよ」




「王様といい、この国は変態ばっかッス……で、それをどうしたッス!?」




「魔法で複製して、コレクターに売却しています。いいお金になるんですよ。だが、バレてしまっては仕方がない。少し痛い目を見てもらいましょう。おい、やれ」




「……ふん」




背の低い少女はつんと彼を無視した。やはり目を合わせようとしない。

険悪さがこっちにまで漂ってくる。




「どうした、主の言うことが聞けないのか、ノノ!」




苛立ちをぶつける紳士。しかし、ノノと呼ばれた少女はため息をつくだけだった。




「もう嫌。何が悲しくて盗撮だの、覗きの手伝いしなきゃならないの!もう我慢の限界よ!……あ、きたきた」




「こんちはー、女王様から宅配便ですぅ」




と、場の雰囲気にふさわしくない能天気な声が聞こえてきた。何か、蜂みたいなのが喋ってる。お母さんを探して旅する蜂アニメを思い出すなぁ。




「ご苦労様」




「あざーす」




蜂は彼女に何かを渡すとやがて飛び去り、見えなくなった。ノノと呼ばれた彼女は白髪紳士の呼びかけをガン無視して、こちらにやってきた。




「あの?」




「あなた、可愛いわね。お名前教えて」




ちょこんとしゃがんで私を見るノノさん。あの、なんか、勘違いしてないかな? 私、別に子供じゃないんだけど……。




「な、七瀬メイです」




「そう、メイちゃんっていうのね。よろしく」




「あ、はい。……って何で頭撫でるんですか。私、もう16なんですが」




「そうなんだ。でも、可愛いなぁ」




と、ノノさんは私の頭を撫で続ける。ついでにぎゅっと抱きしめてきた。

あの、私はぬいぐるみではないのですが。




「あ、ずるいッス! アタシもやるッス~」




と、理沙まで抱きついてくる。

二人とも、暑苦しいんだけど。




「ノノ、主人の命令は絶対のはずです。言うことが聞けないなら消えてもらますが?」




「バーカ」




老紳士にあっかんべーをするノノさん。流石の彼も少しムッとしたのか、顔つきが険しくなった。暗くてあんまり見えないけど、怒気を感じる。見えなくても相手の気持ちって意外に通じるんだよね。良くも悪くも。




「この手紙なーんだ?」




「ただの手紙でしょう?」




「いいえ。これは女王様からの正式な命令書よ」




「何だと!?」




ノノは手紙の封を切り、中身の文章に一瞬目を通す。

そして、にやりと笑うと手紙を音読し始めた。



「ノノ・スライル・シェリミー・クラムへ。貴女あなたの願い、しかと聞き届けました。妖精の力は犯罪、ましてや自分勝手な欲求、私利私欲の為に使うことは言語道断です。マルセリア・ハイデベルグの名において、ここに貴女と人間・グライル・マルダーとの主従関係契約を解消を宣言します! 尚、この契約は即日執行され、再契約はできません」




「ぐっ……!!」




「あなた、妖精だったんッスか」




「そーよ。名前はノノ。詳しいことは後で話すからさ、とりあえず、このおっさん倒すの手伝って」




「OKッス」




「捕まえて軍に引き渡そう」




「ちっ、ここを知られた以上、黙って捕まるわけにはいきません。ファンガス、グロンガズ! 餌の時間だ、出てこい!」




老紳士が指をパチンと鳴らすと、ガタガタと屋敷が揺れだした。床が割れ、そこから起動音が聞こえてきた。その音は私たちの世界にあるエレベーターとよく似ている。それに乗っていたのは二匹の犬だった。



いや、ただの犬ではない。全長10メートルはあろう、巨大な白毛の犬だ。その高さはマンションの3階建てに相当する。歯は鋭く、獰猛で非常に刺々しく、まるで剃刀のようだ。あれに食いちぎられたら人間などひとたまりもないだろう。おまけに尋常ではない殺気を感じる。こちらを敵視しているという感じではないと思うが、視線は私たちに一点に集中しており、飼い主であるはずの老紳士には振り返らない。また、口からはヨダレがだらしなく垂れ流している。あれ、この状況は……似ている。ミリィを助けたあの時と同じだ。




「その子達は相当、お腹を空かせているみたいね」




「よく気づきましたね。仰るとおり、ここ2~3日何も食べていないのです。今日は久しぶりのごちそうですね、おまけに骨の柔らかいメスだ。ランチタイムにはちょうどいいでしょう」




「あ、あんなの隠してたなんて……。メイちゃん、あいつはブラッディ・ドックっていう凶暴な魔獣よ!」




予想外の出来事に顔色を悪くするノノさん。驚きはしているものの、怯えてはおらず、彼女の足は老紳士に背中を向けて走り出そうとはしなかった。最後のプライドが彼女を押し留めたのだろうか。




「そう簡単に食われてたまるかッス!」




理沙はハルフィーナを取り出し、構えた。流石に半年も旅をしているだけあって、怯えた様子は微塵も感じられない。キリっとして真剣な眼差しをして、相手を睨みつけている。そんな彼女に私は少し勇気を貰えた。理沙がいなかったら、きっと尻餅をついて怯えていただろう。私も負けていられない。




封印解除ブレイク・アセール!!セグンダディオ、契約に従い、我の力となれ!」




ハサミを天に掲げ、放り投げる。そして、ハサミはセグンダディオへと変化し、私の手に戻った。しっくりくる握り心地、羽のように軽い刀身。これこれ、この感触……たまらないね。ノノが私の剣を見て驚いている気がしたが、今は気にしないでおく。




「さあ、ランチタイム・スタート!」




「グガアアア! 」




襲いかかる攻撃を私と理沙は回避する。数秒前までいた場所が凄まじい音と共に破壊され、柱や床が粉々に砕けていた。床には大穴が空き、地面が剥き出しになっている。なんて破壊力だ、あんなの喰らったらひとたまりもない!




「メイ、そっちの犬コロは任せたッス。こっちはアタシが引き受けるッス!」




「OK!」




私と相手になっているのはファンガスという奴だ。違いがわかる理由は毛並みが若干、赤みがかっているということ。グロンガズにはそれがないので、容易に見分けることができた。




「ウウウウ…」




「……っ」


 


睨み合う私たち。ファンガスはやはり腹を空かせていて、歯を鳴らしながら威嚇している。すぐさま食料にありつきたいのに、それができないもどかしさがあるのだろう。だが、おとなしく食べられてやるわけにはいかない。尻目に理沙を見ると、グロンガズと攻防を繰り返している。その影響で屋敷の半分が爆音を立てながら崩れていく。




「グガアアアアアアアア!!」




ファンガスは遂に堪えきれず、こちらに襲いかかってきた。それを回避し、セグンダディオを一降りする。だが、流石に相手は犬。私の攻撃を予想していたのか、素早く回避した。図体がデカイ癖に動きはとても素早いようだ。こうなると、どうやって当てればいいのだろうか。




「ゴガアアアアアア!!」




考える暇もなく、ファンガスは襲いかかってきた。私はそれを避けようとしたけど、ファンゴはその位置をインターセプトし、口から炎の光球を吐き出した。それはいつか見た、あのミリィの光球のようだ。まさか、魔法!? しかし、考えるのも束の間、私は凄まじい光と音に焼き尽くされた。




「きゃあああああああ!!」




「メイ!」




「くくくく……言い忘れましたが、ファンガスは少しだけ魔法が使えます。犬も性格によって様々ですが、彼はとても賢いのです。どこで魔法を使うべきか、よく理解している」




「う……ぐ……」




背中が焼けるように熱い。熱くて、熱くて、痛くて、痛くて……。

サウナに入ってるのに焼け石と熱湯をかけられたような…。尋常じゃない熱さと痛さは私から思考能力と体力を奪っていく。せめて、一発でも当てられたら勝機があるのに。理沙はこちらを気にしているが、グロンガズ相手に戦ってそれどころではないみたい。こうなると援護は望み薄だ。




「メイちゃん!」




ノノは私に駆け寄り、真剣な眼差しをする。彼女の手のひらから緑色のオーラ?みたいなものが私を包む。




「あれ……痛みが無くなっていく」




「即効の回復魔法よ。人間が使う魔法よりも強力で即効性があるの。これでも妖精学校では魔法実技トップだったからね」




「ありがとうございます」




痛みは徐々に消え、数分もしない内に完全に消えた。

背中の痛みも、思考能力も、身体の力も戻ってきた。

これなら、いける。




「ググググ……!!」




ファンガスは唸り声を上げつつ、こちらを警戒している。さて、どう対応すべきか。無闇矢鱈に突っ込んでもさっきの二の舞だ。どうすればいいだろうか? そこで私はノノさんに視線を投げる。




「ノノさん、魔法は何が使えますか?」




「補助魔法なら幾つか知ってるわ。素早さを一時的に上げるとかね。でも、攻撃魔法は苦手で初歩の物しかできないの。ごめんなさい」




「いえ、大丈夫です。危ないので下がっていてください」




私の提案を受け入れ、柱の影に隠れるノノさん。敵の動きを鈍くする魔法でもあればよかったんだけど、そんなに都合良くはいかないみたい。さて、どうすればいいんだろうか。




”契約者よ、あの魔法は打ち返すことができる。我を使え”




「ううん、それはダメだよ。今ここで打ち返せば理沙を巻き込んでしまう」




この大ホールは我が家の玄関よりもよっぽど広い場所だ。大人数でダンスパーティーを開いても十分なほどの広さを誇る。だが、デカいワンコ達がいると流石に手狭だ。火球を打ち返しても、すぐに回避されてしまうオチだ。それに、もし飛び火したら、隣で戦う理沙を巻き込んでしまうかもしれない。




”では、魔導封剣を使うといい”




「まどうふうけん?」




”奴の火球をそのまま我に吸収させるのだ。我はその力を身に纏い、契約者の力となろう”




「了解。ファンガス、とっととかかってきなさい!!!」




私はわざと挑発するように大声でまくし立てる。




「女の子の肉の方が美味しいんでしょう? 焼いたらますます美味しくなるわよ。腹を好かせているのなら、一発熱いのぶち込みなさい! それともこの剣で斬られるのが怖いの? 意気地なし!」




「ググググ……」




犬に人間の言葉が通じるかどうかはわからない。だが、馬鹿にされたという怒気はきっと伝わったはずだ。言葉がわからなくても気持ちは伝わるものである。それがたとえ動物だとしてもだ。ファンガスはまんまと私の挑発に乗り、再び炎の火球を吐く体制をとった。




「グガアアアアアアア!!」




数秒後、火球が放たれる。先ほどのものよりも大きい火の球は私を焼き尽くそうとしていた。こんがり焼き上げた人間の丸焼きはきっと美味しいだろう。その前に消し炭になっているかもしれないが。だが、ランチになるつもりは勿論、ない。




「ノノさん、素早さを上げる魔法を!」




超加速ハイ・スピード!」




素早さを上げ、私は加速する。その速さはとてつもなく、まるでチーターにでもなったかのようだ。あっという間にファンガスと距離を詰め、火球をセグンダディオに吸収する。それはまるで掃除機でゴミを吸い取るかのようだ。グングンとセグンダディオが炎を吸って赤くなり、炎の属性を持った剣となる。ファンガスには何が起きたのか理解できない。何故、自分の炎が剣に飲み込まれたのか。だが、それがこの世での最後の思考だった。




「だああああああああああああああ!!!」




そのまま一気に首を切り落とす。炎の剣はファンガスを容赦なく焼き尽くしていく。腕、足、胴体……身体の至る所が絶え間なく燃え広がり、火葬されていく。だが、これで終わりじゃない。




「だああああああああああああああ!!!」




そのままの勢いで屋敷中の大黒柱を全て切り裂いていく。俗に言う発破解体はっぱかいたいという奴だ。屋敷はすぐに崩れ出し、建物が崩落していく。屋敷ごと破壊すれば、ワンコも老紳士もまとめて倒せるという寸法だ。



「理沙、ノノさん、逃げるよ!」




「アイサーッス!」




「OK!」




「に、ににに、逃がすか! グ、グロンガズ、殺せ、殺せ!」




「グガアアアア!!」




当然の如く、追ってくるグロンガズ。

だが、これも計算済みよ。




「セグンダディオ・ファイアー!!」




炎の力を全て解放し、それを剣に乗せて振り落とした。飛び立つ炎の翼は床を走り、グロンガズに見事、命中。奴の身体を激しく燃やし始めた。

それが飛び火して、白髪紳士も巻き添えを食らう。




「ぬ、ぬぐああああああああああああああああ!!」




「グガアアアアアアアアアアアアア!!




悶え狂う二人は断末魔の悲鳴を上げている。

共に炎の中で狂ったように踊り続けり。

それはまるで地獄絵図のようだ。

私たちはそれに背を向け、屋敷の外に走った。






















屋敷から出ると、火の手を上げた建物はメラメラと音を出して燃え盛り、焦げ落ちていく。少々焦げ臭いが、無視しておく。服に臭いがつかないか心配ではあるけど。




犬達の断末魔が大地に轟いた。








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