第18話「妖精・ノノ」
「これでようやく終わったわね……」
ノノさんはふうとため息をついた。屋敷はまだ火の手を上げ、煙が黒々と天に昇っている。少し焦げ臭いが鼻につく。建物ごと火葬する屋敷に私は祈りの言葉を心の中で紡いだ。
「そッスね。ところで、ノノさん、詳しい話を聞かせて欲しいッス」
「その前にお風呂と着替えを済ませた方がいいんじゃない? 二人とも疲れてると思うし、話は明日にしましょ」
「その提案はナイスですが、生憎、ここから街まで距離があるッス。お風呂に入るのは3日は先ッス」
「うう……汗まみれなんだけどなぁ」
雨で濡れた身体は乾いたけど、髪の毛が微妙だ。おまけにさっきの戦闘で汗まみれだし、匂いそうかも。乙女としてそれはちょっと……。
「それなら大丈夫よ。リリリル・フルフルフェイ!」
ノノさんがそう唱えると、目の前にログハウスがぽん!という音と共に現れた。私も理沙も「えっ」と驚く。
「これは妖精の家よ。妖精はみんな自分の家を1つ持っていてね、夜はここに泊まるの。妖精の魔法がかかってるから人間には見えないわ。さ、どうぞ」
「いいんですか?」
「気にしない、気にしない。助けてくれたお礼よ。トイレもお風呂もベッドもあるから、ゆっくりしていって。会話も漏れないから大丈夫よ」
「ノノさん、あざッス!! お邪魔するッス!」
理沙は大慌てで家に入り込み、バタン!と扉を大きく閉めた。どうやら一目散にトイレに向かったみたいだ。ああ、我慢していたのね……。
「メイちゃん、お風呂一緒に入ろ。背中流しっこしよ」
やはりしゃがんで視線を私と一緒にするノノさん。でも、なんか距離が近くてドキドキしてしまうのだけれど。あ、まつげ長い。
「別にいいですけど。あの、ノノさん、私、子どもじゃ……」
「ノノさん、なんて他人行儀なのはやめて。ノノって呼んでちょうだい。敬語もなし。私もメイって呼ぶからさ」
「うん。じゃあ、ノノ。子ども扱いしないでよ。私もう16だからさ」
「ふふ、わかったわ」
とか言いながら、私の頭を撫でるノノ。もう、この人は。
でも、なんか憎めないや。
「さ、私の家へレッツゴー☆」
「あ、う、うん」
一方的に手を繋がれ、私達はログハウスへと入るのだった。
妖精の家……もとい、ノノの家にお邪魔する。中は広く、大体2LDKくらいの広さだと思う。キッチン、トイレ、お風呂が完備されいてる。おまけに掃除も行き届いてて、床には埃一つ落ちていない。家は住人の性格が出るものだけど、ノノは随分と綺麗好きみたい。テーブルにはお菓子や雑誌があり、いつもここでリラックスするのだろう。ちなみに理沙はまだトイレで格闘中。新しい戦いは長くかかりそうだ。
「さ、どうぞ」
「ありがと」
椅子に座り、ふうとため息をつく。ノノは奥から何かを運んできて、それを私の前に置いてくれた。それは何かの飲み物が入ったカップだ。湯気を立てていることから、暖かい飲み物らしい。
「妖精の世界で流行ってるフェアリー・ティーよ。鎮静効果があるの」
「いただきます」
くぴくぴと飲んでみる。うん、美味しい。暖かいけど、ハーブティーなんかに比べるとクセが無い。とても飲みやすいし、おまけに暖かくて身体がぽかぽかしてくる。これなら何杯でも飲めちゃいそうだ。
「ふふ、お味はどう?」
「とっても美味しい。なんか、ぽかぽかして、眠くなりそう」
緊張の糸が切れたのか、大きな欠伸が出る。あ、流石にあくびするのは失礼だっただろうか。慌てて手で口を押さえたけど、ノノは特に気にしていないみたい。
「そりゃあ、あんなの相手に戦ったんじゃ疲れもするわよ。メイはとても勇気があるのね」
「そうでもないよ。理沙もいてくれたし、私一人じゃ無理だった」
確かにあのファンゴ達と戦うのはかなり恐怖だった。だけど、理沙の立ち向かう姿は私に勇気をくれた。彼女がいなければ、きっと勝てなかっただろう。けど、私は恐怖よりも、どっちかというと勝たなくちゃという、そんな使命感にも似た気持ちの方が強かった。
私からすれば、シェリルに騙され、男たちにレイプされそうになった、あの夜。地下墓地での記憶が今も鮮明に思い出すことができる。下卑た笑い声、服を破かれ、顕にされた肌。あの時が一番の恐怖だった。私の人生で初めての生々しい怖さだった。ロラン達がいなければどうなっていたか、想像もしたくない。
あの時に比べれば、犬相手との戦いはそれほど大きいものではないと思う。そして理沙がいるということが私の心の何よりの支えとなっている。
だから、勝つことができたんじゃないかなと心の中で推測する。
「あー、お風呂は朝にしよっか。だいぶ疲れてるみたいだし。奥にベッド二つあるから使って」
「ごめん、借りるね」
「ま、あんなの相手じゃ疲れて普通よ。つーか、お友たちはもうとっくに寝てるみたいだし」
グガガーーーとまるで地響きのような、いびき声が聞こえてきた。格闘を終えた理沙はいつの間にか、ベッドで眠っていた。布団がきちんと被っておらず、足も外に出ている。トイレに行って済んでから、その足でベッドに潜り込んだに違いない。私は慌てて布団をかけてあげた。
「ご、ごめん。理沙ったら、もう、何も言わずにベッドを使って!」
「あはは、気にしない。あ、そだ。メイ、一緒に寝よう」
「うん」
「やったぁ★」
そして、私たちは一緒に寝るのだった。ノノは私をお気に入りのぬいぐるみとでも思っているのか、頭を撫でたり、抱きしめたりとスキンシップが過剰だった。でも、ツッコむ気力も失せていた。その日は疲れていたこともあって、すぐに睡魔が訪れた……。
次の日。
眩しくて何となく起きた。窓から西日が差し込む。どうやらもう朝らしい。夢らしい夢を何も見なかった。正確に言うと覚えていないだけらしいが……それほどまでに疲れていたようだ。隣を見ると理沙の姿はそこになかった。キッチンに行くと、理沙はノノさんの家事のお手伝いをしているみたいだ。
「おはよー」
「あ、メイ。おはッス」
「おはよーメイ。もうちょいでご飯できるから、その前にお風呂どうぞ。もうお湯沸いてるからね。着替えも脱衣所に準備済み」
「は~い……」
頭がまだ回ってないけど、とにかくお風呂に行く。服を脱ぎ捨て、お風呂でタオルに石鹸をつけて身体を洗い、シャンプーで頭を洗う。ボディソープは無いみたいだが、仕方ない。リンスもないけど、うーん、妖精の世界では一般的じゃないのかな?洗い終えたら、お風呂に入り、お湯で顔をバシャバシャと浴びる。
「ふぅ……」
ため息をつき、ボーと天井を見る。何もしない、何も考えない。
ただ、天井を見て白いなと思う。そのまま、糸の切れた人形のように動きを止める。身体が芯まで温まっていくのを感じる。何も考えず、何も思わず、何もせず……ただ、佇むだけ。これが私にとってのリラックス方法だった。
「メイ、湯加減はどうッスか?」
扉越しから理沙の声が聞こえ、我に帰る。
「大丈夫だよ。ちょうどいい」
「そッスか。もうそろそろご飯できるッス」
「うん、もうすぐ出るからー」
「はいッス~」
理沙の足音が遠ざかっていく。さて、今日も頑張るかと深呼吸をして顔を叩いて、気合を入れる。まずは情報収集だ。
テーブルで食事をする私たち。朝は魚料理でなかなか美味しいものばかりだ。食べながら、ノノは少しずつ生い立ちを話し始めた。
「妖精ってのはね、ある期間、外の世界……つまり、あなた達の世界で修行するの。見聞を広げ、人間がどういう生き物かを知る旅をね。そして、最終的にどういう人生を辿りたいか選ぶのよ」
「へぇ」
「妖精は教養を身に付け、女王候補生として名乗りを上げることもできる。幾つもの試験や選挙を経て、相応しき者は女王様になることも夢じゃないわ。でも、なれるのは一人だけ。もし、なれなくてもそっち方面で働く事もできるわ。またある妖精は人間に仕え、共に生きることを喜びとする。伝説では500年仕えたという大妖精もいたそうよ」
「ノノはその修行で来たんだね、人間界に」
私の尋ねにノノは頷く。
「でも、白髪紳士に捕まってね。強引に契約させられたの。逃げたかったんだけど、奴の魔力が強くて敵わなかったの。私、攻撃魔法は苦手でさ。渋々従う羽目になったの。奴は屋敷を利用して女の盗撮をしていて、その手伝いをさせられて……ああもう最悪。この1ヶ月は本当に苦痛だった。女王様に内緒で連絡して契約解除できて本当に助かったわ」
苦笑いしつつ、食事を食べ続けるノノ。
顔は少し疲れているのか、苦労が滲んでいる。
「でも、悪いことばかりじゃなかったわ」
「え?」
「メイや理沙と知り合えたのはよかったと思ってる。できれば、メイがご主人様だったらよかったんだけどね。可愛いし、優しいし、タイプだし」
え、タイプって……何ですか、そのウインクは。私、もしかして狙われているのかな。ノノ、女の子が好きなのかなぁ。しかし、その台詞を聞いて理沙の動きがぴたっと止まった。それはまるでDVDの一時停止のようだ。
「メイの彼女はアタシッス。いくらノノでもあげないッス」
「あら、私も負けないわよ。妖精は可愛い物に目がないからね♡」
「いやいや、いつ恋人になったの、私たち」
というツッコミも風の如く、流された。睨む理沙を無視して、私に笑顔を振りまくノノ。二人共、冗談なのか、本気なのか。よくわからないな。
いや、でも、多分二人共マジっぽいかも。うーん、気持ちは嬉しいんだけど。
「ねえ、メイ。よかったらご主人様になってよ。二人は前衛だし、
「まるで通販番組みたいッス。今なら同じものをもう一つプレゼントして、このお値段! 大変お買い得ですよー! みたいな……」
「んー、契約っていうのは具体的にどういう事なの?」
「簡単に言うと、妖精は契約した人間の命令に服従し、仕えるの。原則として契約した人間が寿命、事故、病気等で死亡するまで側にお仕えするのよ。ただ、契約者があまりにも常軌を逸していた場合はこっちから三行半を叩きつけることもあるけど。でも、メイは優しいからその点は大丈夫かな」
「んー……別にいいよ」
「そんな簡単に決めちゃっていいッスか、メイ? 後で後悔するかもしれないッス」
「それは120%有り得ないわ。断言する。大体、旅をするなら回復呪文が使える僧侶をメンバーに入れるのは普通でしょ。私は妖精だけど、回復魔法や補助魔法はそこらの僧侶よりたくさん使えるし、性能も抜群。妖精にしか使えない魔法もあるし、絶対に旅の助けになるはずよ。というか、そもそもの疑問なんだけど、女2人で何で旅しているの?」
「あ、そういえば、その説明がまだだったね。話すと長くなるんだけど……」
「構わないわ。時間はあるし、ゆっくり話して」
ノノの言葉に頷く私。理沙からもフォローを受けつつ、私は今までの出来事を話すことにした。
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