第16話「新たな旅立ち」



「本当にいいのか?馬車を使わなくて」




朝方。

私たちは養子縁組を承諾した。

手続きはボルドーさんが行うこととなり、私たちは特にすることがなかったので旅の準備を街で整え、出発することにした。全員で家の外に出て、それぞれの思いを空に馳せる。




「大丈夫です。楽するよりも鍛えたいので」




ボルドーさんは最初、ニルヴァーナに行くために馬車を呼ぼうかと提案してくれた。だが、私も理沙も断った。それでは身体を鍛えることにはならないからだ。今の私たちにはセグンダディオもあるし、理沙の持つハルフィーナもある。だが、戦闘ではあくまで身体が資本なので鍛えていくことに越したことはない。また、馬車を使うのも結構なお金がかかるから、遠慮したというのもある。後者の理由はボルドーさんには秘密だけどね。

ニルヴァーナには東に5日……いい訓練になるだろう。




「そうか。気をつけていけよ。お前たちが着く頃には書類は出来上がっているだろう。試験を受ける時は大丈夫だ」




「二人共、気をつけて」




「行ってきます、お義父さん、お義母さん」




私達がそういうと、奥さん……いや、お義母さんは感極まったのか、涙を流し、そっと私たち二人を抱きしめてくれた。なんだか久しぶりだな、こういうのって。ふと、日本の両親の事を思い出す。仕事で出張しているんだけど、元気にしているのかな。心配していないかな。理沙もきっと自分の家族のことを思い出しているに違いない。




しばらく抱き合った私たちはどちらからともなく離れ、出発することにした。






「東に5日かぁ……結構時間かかるね」




「慌てずに行くッス。盗賊とかいるかもしれないんで、警戒を怠らずにッス」




「うん」




私たちはそれ以降は無言で歩き続けた。









        ✽✽✽✽












……。

………。

…………。




何時間経過しただろか。街道を通り、しばらくした頃。雲が徐々に厚みを増やしてきた。やがて雨が降り始める。威力が強く、あっという間に豪雨になる。



地面があっという間に濡れ、私たちも同じようにずぶ濡れに。雨はあまりにも激しく強く、風も吹いてきた。横殴りの雨が文字通り私たちを殴るかのような勢いで降りまくる。つか、雨が痛い。身体中にダメージが来るんだけど! 正直、日本では考えられない雨量だ。おまけに雷までゴロゴロ鳴り出してる。




「うわ、結構マジ降りッス!」




「どうしよう、理沙。つか、雨、痛い!あ、大きな木があるよ。ひとまずあそこに避難しょ」




「いえ、木の下は逆に危険ッス」




「え、そうなの?」




「落雷による死亡事故で2番目に多いのが、木の下で雨宿りッス。まずは雨をしのげる建物を探すッス」




「わかった!」




走りながら周りに何かないかを確認する。すると、奥の方に何か見えてきた。あれは、ホテルのような……屋敷? いや、洋館というのかな。




「理沙、あれ!」




「洋館みたいッスね、あそこに行くっス」




「うん!」




大慌てで洋館へと駆け出した。









洋館は古ぼけており、オンボロだった。

1階は大ホールになっており、左隅と右隅に上に行くための階段がある。

あとは暗くてわからない……電気がないみたいだ。

とりあえず中に入り、雨をしのぐ。




「うわあ、ビショビショだぁ……」




「すいませーん、雨宿りをしたいッスー」




理沙が声を出すと、マイクで話したかのように声が響く。だが、誰もその声に反応する人はいなかった。暗くてわかりにくいが、あちこちがボロボロで壁には亀裂も入っている。汚れも酷く、隅の方はかなり黒く汚れているのがわかる。




「そういえばゲームであったッス。古ぼけた洋館で大きなハサミを持った殺人鬼からただひたすら逃げるっていう」




「そ、そういう事言わないで! は、ハクション!」




「メイ、大丈夫ッスか?」




「さ、寒いよぉ……」




ガクガクと震える私。きっと唇も紫色になっているに違いない。

けど、理沙は平気っぽくて普通にしている。




「どっかの部屋で服を乾かすッス」




「お、男の人とかいないよね? 盗賊とか……」




「気配は感じませんが、いたら叩き潰してやるッス」




濡れた服を絞って水気を出しつつ、私たちは洋館内を捜索することにした。まずは一階から調べることにし、玄関からすぐ右側のドアへと進み、中に入る。床がギイギイと軋めく音を立て怖さを演出するが、無視する。

その部屋は絵画や壺などの骨董品が並んでいた。床にも絨毯が敷かれ、ちょっぴり部屋の雰囲気が変わっている。といっても、その絨毯も埃や汚れで黒くなっている。壁もボロボロだし、隅には蜘蛛の巣もあるほどだ。なんか、私の靴まで埃で汚れてきたんだけど。




「アートギャラリーみたいッス」




「有名な人の作品なのかな?」




「いや、素人が描いた作品ッス。芸術性は感じられないッス。つーか、どれもこれも気味が悪いッス」




理沙の言うとおり、それはお世辞にも上手な物とは言えなかった。私は美術に関しては素人だけど、それだけは間違いないと断言できる。絵画は男女の……その、行為ばかりを荒々しいタッチで描いてるものばかりだ。でも、絵が下手くそだし、色使いも汚くて、美術館で見る絵画とは雲泥の差だ。壺も髑髏の形をしていて、気味が悪い。




「奥にも部屋があるッス」




「行ってみよう」




扉を抜けて進み、L字型廊下を歩いた先にまた扉がある。そこを開けると「バスルーム」と書かれた部屋が見つかった。




「あれ? ナイトゼナの文字が読めるようになっている」




「セグンダディオがメイにも異世界こっちの文字を読めるよう配慮してくれたッスね」




「なるほど。ありがとう、セグンダディオ」




物言わぬ小さなハサミに私はお礼を言った。ちなみに通常時は私の服の内ポケットに入れている。お風呂場の扉を開けると、多少汚れてはいるものの、脱衣所と奥にお風呂があった。でも、ただのお風呂ではなく、ジャグジーだ。形は丸っこく、三人くらいは平気で入りそうな大きさをしている。




「掃除すれば入れそうッス」



「掃除道具はあるね」




掃除用具箱と書かれた掃除用具入れと隣に五段BOXがある。掃除用具箱にはデッキブラシ二つとお風呂用の洗剤が置いてあった。中身もしっかり入っており、デッキブラシは買ってきたばかりみたいに新品だ。



五段BOXは小さい扉がついており、開けると石鹸やシャンプー、リンスの詰替が並べられている。他にもタオル・バスタオルの予備が何枚かあった。詰替は一度も封を切られていない新品。タオル・バスタオルも買ってきたばかりの物みたいで繊維もしっかりしており、何回か洗って乾かしたものじゃない。やはり新品のようだ。




「……」




「どうしたんッス、メイ?」




「ううん、なんでもない。さ、掃除しよう」



「はいッス」




洗剤を使い、デッキブラシで掃除をしていく。なかなか頑固な汚れではあったが、徐々に落ちていった。大体30分後には掃除が終わった。濡れた服に汗がべっとりついて不快感が更に増す。そして、もう一つ不快なことがある。




「ふぅー。ま、こんなもんッスね」



「理沙、ちょっと耳貸して」



「はいッス」




「綺麗な耳だね。あのね……」




ヒソヒソ、ヒソヒソ、ヒソヒソ……。




「雷よ、我に従い、眼前の敵を打ち払えッス! 雷光波サンダーボルト!」




理沙が突然、魔法を詠唱して指を天井へと指した。すると、ぴかっと天井が光り、それは任意の位置に落ちた。小さい雷が指定物に命中したようだ。そして、案の定それらが黒焦げで出てきた。数は8個。




「のぞきカメラっス……おまけに防水仕様でカメラが曇らない特殊な奴ッス」




「やっぱり。誰かが覗きのために仕掛けたんだよ。大体、タオルもシャンプーも新品だし、なんか怪しいと思ったんだ」




「アタシやメイの入浴シーンを覗こうとは、いい度胸してるッス。カメラの配線を魔法で辿ってみるッス」




「そんなことできるの?」




「雷の魔法の応用ッス。配線から主電源の場所を逆探知してみるッス」




理沙は配線に手を置き、集中した。

そして数分もしないうちに手を離し、こちらに目を向けた。




「二階ッス。そこにのぞき部屋があるッス」




「OK。あ、その前にタオルで身体だけ拭いておこう」




「はいッス」




お風呂には入れなかったが、タオルで身体を拭いておく。

新品のタオルだったので予想以上によく拭けた。

十分に身体を拭いてから、それから駆け出した。







一旦大ホールに戻り、中央から大階段を上ろうとしたが。




「やれやれ。まさか見破られるとは思いませでしたね」




階段の上に人の影があった。

声からして男性のようだけど……暗くて見えない。

すると、パチンと指を鳴らす音がした。

その音と共に周りが徐々に明るくなっていく。

すると、そこには長身の男と小さな女がいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る