第3話「呪われた聖剣」

 

 森から出て、道を歩くこと数十分。

ようやく、石畳のある街の中へと出た。

人が多くいる場所に出て、私はほっと安堵感を感じた。

街は一言で言うと、とても可愛い感じだ。まず、建物が全て3階に統一され、高さが揃っている。家の壁の青色や緑色だったりと個性が出て面白い。街の人を観察してみると、仕事に出かける人もいれば、路地で酔いつぶれている人もいる。赤い顔をする人がいるぐらいには治安は良いという事だ。まあ、人間である以上、そこらへんは変わらないのかもしれない。ここが異世界だとしても人間の本質はさほど変わらないのだろう。




洗濯物を干すお母さんもいれば、神の話をする牧師さんも見かける。彼の周りには子供たちが詰めかけ、何やら楽しそうに会話に花を咲かせている。




人々の声が、生活音が、市場からは活気の良い商売人の声が聞こえてくる。けど、都会の喧騒のそれとは違い、何だかとても心地よい。どこか映画の世界に来ているような、そんな気持ちだ。




私のいた世界とこの世界の時間が一致しているかは分からないが、太陽を見る限りだと、恐らく午前中という具合だろう。歩いている間、こっそりスマホを見たものの、圏外だった。時刻が合っているかどうかすら、わからない。




同じ地球でも日本と外国では時差がある。例えば、日本が朝8時だとニューヨークは19時だ。異世界だと時差が無い……という事はないだろう。これで合格祝いに機種変した最新のスマホは一気にガラクタへ降格してしまった。




「よし、ここで話そ。おいっすー」




ミリィさんは慣れ親しんだ感じで酒場らしきお店に入り、その後にシェリルさんと私も続く。




店内はそこそこの人で賑わい、皆楽しくお酒を飲んだり、食事をしたりしている。いかにも大衆酒場という感じだ。お酒やタバコの匂いもする。本来ならこういう所には入りたくないが、我儘は言えない。我慢して店に入った。




「こういう所は初めてか?」




「ええ、まあ……」




シェリルさんの質問に首を縦に振る。

私の強張った顔で気づいたのだろうか。

すると、心配するなと私の肩を叩いた。




「変な輩がいても私達がいる。大丈夫だ」



「ありがとうございます」



「そーそー。女の子に手を出す奴は攻撃呪文で黒焦げにすっからね。オジさん、とりあえず生! ジョッキで! あと、オススメのテキトーに持ってきて。三人分ね!」



「あいよ!」




そんなテキトーな言い方で言いのだろうか。

でも、マスターさんは愛想のいい返事をし、すぐに料理に取り掛かる。

やはり馴染みのお店なのかな。




シェリルさんは気を遣ってくれたが、私はこういう雰囲気は苦手。店内はガタイのいいお兄さんや中年のオジさん達ばかり。時折、猥談っぽい話も聞こえてくるし……ちなみに女の子は私達だけ。




お洒落なレストランとかならともかく、こういう居酒屋みたいな男臭い雰囲気はちょっと引いてしまう。




「ここは料理美味しいから、メイもぜひ味わってね」




「は、はい」




私は緊張しつつも頷いた。2人は慣れているらしく、動じていない。これが大人ということなのだろうか。まあ、耐えるしかあるまい。店を変えてなど我儘が言える立場でもないし。そんな私を気遣ってか、シェリルさんは店内でも人が少ない隅の席にしてくれた。




「さて、メイ。道中、話を聞いた限りでは、君は異世界の人間だそうだな」




「は、はい」




おっさん連中とは距離が離れている。なので、大声で話さない限り、会話が聞かれる心配はない。盗み聞きしようとしても、周りの五月蝿い声がかき消されてしまうだろう。




「異世界か……具体的にはなんという場所だ?」




「日本です。日本の大阪です」




「ニホン? オオサカ? 聞いたことないわねぇ……」




ミリィさんが首を傾げ、シェリルさんも難しい顔をしている。やはり二人とも知らないようだ。これまでの経緯を話さなくちゃ。




「私、朝、学校に行くために家を出たんです。その途中でいきなり鞄が光って。気づいたらこの世界にいたんです」




「学校か。そっちの世界でも学校があるんだね。金持ちばっかなのかな?」



「え?」




ミリィさんの言葉に私は首を傾げる。

普通は誰でも学校には行くけれど?




「メイ、ナイトゼナにも学校はあるが、強制ではない。行くにしても入学金だの、授業料だの、金がかかる。だから、貴族か金持ち連中しか行かないんだ。一般庶民は教会の日曜学校で勉強する。子供から大人までな」




「へぇ、そうなんですか」




「で、その学校へ行く途中に鞄が光って、気づいたらナイトゼナにいたと」




「そうです。光っていたのはこれです」




私はそれを見せた。

それはあのハサミだ。

セグンダディオと名乗った、あのハサミ。




「ハサミ、だな」




「ええ、そうです。ミリィさんを助けようとした時、ハサミが輝き出したんです。同時に頭の中に声が聞こえました。その声は自らを魔剣セグンダディオと名乗り、我と契約せよと。私、ミリィさんを助けたくて、契約を結びました。するとハサミが大剣になって、それで怪物と戦ったんです」




「そのハサミがあんな大剣にねぇ。というか、セグンダディオって……」




「ふむ……」




二人は黙ってしまった。

え、何、どうしたの?

私、何か変なこと言った?




「メイ、君の持ち物を見せてくれないか?」




「え?」




「疑っているわけではないが、君が異世界の人間だということの根拠を掴みたい。例えば、私達はこうして話し合いのテーブルについている訳だが、ニホンの人間とナイトゼナの人間が何故、同じ言葉を交わすことができるのだ?」




「あ……」




それは確かに。

当たり前だが、国が違えば言葉も変わる。

まして異世界なら尚更だ。

何故、私たちは会話が成立しているのだろうか?




「嘘をついていない事はわかるが、君の情報がまだ少ない。見せられる範囲で構わないが、どうかな?」




「ど、どうぞ」




拒む理由は何もない。

私はカバンをテーブルの上に置いて、中身を出した。




「メイちゃん、鞄に何か書いてあるけど……何、これ?」




市立常磐森学園高等学校しりつときわのもりがくえんこうとうがっこうって読むんです。私が通う学校の名前ですね」




「ほお~これがニホンの文字なんだ。ナイトゼナとは全然違う。見たことないや、こんな書体」




「うむ、確かに。我々の文字とは書き方も違うな。例えば……」




そう言ってシェリルさんはすらすらとナプキンに何かを書き、それを私に見せた。恐らく、それがナイトゼナの文字なのだろうが、生憎、私にはミミズがサンバを踊ってリンボーダンスをしているようにしか見えない。




英語でもなければ、ドイツ語やフランス語でもなさそうだ。かといって、古代インダス文明の象形文字とは違う気がする。正直、例えようが無い。見たことの無い文字だ。




「……読めないです」




「シェリル・イア・ハート。つまり私の名前だ。ふむ、言葉は通じるのに、こちらの文字は読めないか。ますます不思議だな」




「なにこれ、なにこれ!」




ミリィさんは財布を取り出していた。

私はいつも鞄に財布を入れている。革製で茶色と白を使ったシンプルなデザインだ。使い勝手がいいので重宝している。




これは今年のお正月にお婆ちゃんからのお小遣いで買ったものだ。値段はちょっと高かったが、その分使いやすく、私の大のお気に入り。




「なにこれ、薄い紙とコインとカード?」




「薄い紙は紙幣だろう。人の顔が掘られているが、この国の紙幣とよく似ている。カードは何に使うんだ?」




「ポイントカードですね。コンビニとか、ケーキ屋さんとか、カラオケのとか……。お会計の時に提示すると値段を割引してくれたりするんですよ。あとポイントが貯まったらそれをお金としても使えたりとか」




「ほう、そうなのか。ところで、コンビニ、カラオケ、ケーキ屋はどういった所なんだ?」




どうやら、このナイトゼナにそれらはないらしい。うーん、やっぱそうだよね。異世界にコンビニやカラオケは流石に無いか。流行りのラノベ小説じゃないんだから。一瞬落ち込んだが、気を取り直して答える。




「えっと、コンビニはなんでも屋さんです。24時間開店していて、日本ならほとんどの地域にあるんです。カラオケは好きな曲を歌う場所で、ケーキ屋さんでは美味しいケーキや甘いお菓子を売っているんです」




「24時間! それは凄いな。ふむ、コンビニはなんでも屋さんか」




「ねえ、ケーキってのは?」




「甘い食べ物です。こういうのですね」




私がスマホを取り出し、ケーキの写真を見せた。以前、中学の友達とケーキ屋さんに行ったときに撮影した奴だ。




「うわ、なにこれ! とても美味しそう! つーか、それは何?」

 



「スマートフォンですね」




やや興奮気味なミリィさんが指したもの。

それは私のスマートフォンだった。どうも、この世界にはスマホもないらしい。まあ、当たり前よね。




「へえー、色々なんか写ってる。あ、見てみてシェリル。メイのもある!」




「ほう」




二人は食い入るように私の携帯を見つめる。

私の携帯には大抵、友達と一緒の写真が多く入っている。




ゲームセンターだったり、カラオケだったり。そんな何気ない日常を撮ったものばかりだ。そういえば、あいつは今頃どうしているだろうか。




この世界と異世界の時間差がわからないけど、時はきっと進んでいるはず。今頃は始業式も終わったぐらいだろうか。心配してないといいんだけど。




というか、新しい学校での友達作りは完全に出遅れたなぁ。




「ふむ、これらを見る限り、やはり君は異世界の人間だということだな。服装、靴、持ち物もこの世界では見られないものだ」




「あの、異世界の人っていうのは私だけなんですか?」




「いんや、そういう訳でも無いけど。会ったのは多分、わたしらが世界初だろうね」




ミリィさんの言葉に私は首を傾げる。

ええと、どういう事なんだろう?




「その辺も踏まえてこの世界の話をしようか。まず……」




「あいよ!テキトーな料理三人分だぜ! 遅れてごめんよ!」




と、シェリルさんが話始める前に陽気な店主が食事を運んできた。

ステーキ? らしき何かの動物の肉のセットと生のジョッキ、ビールらしき飲み物と赤色の飲み物がある。




「やっほい!にく、にく~♪」




「ミリィは肉が好物でな。私は酒が飲めないが、メイは?」




「私も飲めません。というか、未成年ですからね」




「ミセイネン?」




「日本ではお酒は20歳になってからと決められているんです。私はまだ16ですから」




「なら、私とレッドスチルで乾杯しよう。私も酒は苦手でな。その点、レッドスチルはいいぞ。これはこの世界で取れる薬草に少し特殊な香料を混ぜた飲み物だ。あっさりとしていて後味もいい。酒ではないので、子供からお年寄りまで幅広く愛されている飲み物だ」




そう言ってシェリルさんは私と自分のグラスにレッドスチルを注いでくれた。一方、ミリィさんはもう出来上がっており、顔を真っ赤にしながらビールを飲みつつ、肉を食べたりと忙しい。




「あ、すみません。わざわざ」




「気にするな。さて、この世界とセグンダディオは深く関わっている。その詳細を話そう」



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