第54話「シア」

 夕方に入り、ようやく仕事が終わりを迎えようとしていた。

人の波は途切れつつあり、ピークは既に終わっていた。

なので、余った商品を片付けていく。

それぞれジャンル別に麻袋に分けて仕舞っていく。

私がそれを行い、ミカちゃんが接客だ。




「はい、もしもし。はい、大丈夫ッス。はい、えーとですね、それは……。メイ、ミカ。ちょっと席を外すッス」




「はーい」




理沙は先程から梨音さんと電話している。

何か指示があったのか、その場から立ち去った。

異世界でスマホって何だかイメージ壊すというか、ラノベっぽい……。

が、あれは梨音さん特製の通信魔法を応用した実験魔法らしい。

私達がこの世界に来る前に持っていたスマホを媒体にし、それに特殊な通信魔法をかけると、ある程度の距離までなら会話ができるようになるらしい。

まだ実験段階なので遠い距離だと無理みたい。

でも、この街中なら大丈夫らしい。

無用の長物と化したスマホが再び使えるのは嬉しいことだ。

まだ電話のみでLINEとかはできないけれど。




「……ふう」




しかし、今日は疲れた。

忙しいのもあったけど、あまり上手くできなかった。

せっかく任された仕事なのにどうしてもうまくいかない。

元来、恥ずかしがり屋の私が接客をするなんて無謀なのだ。

声も大きく出せないし、商品説明も下手くそだった。

正直、お世辞にも仕事ができたとは言えない。

理沙やミカちゃんのフォローもあって何とかなったけれど。

でも、それは仕事ができたとは言えない。

やはり、人前に出る仕事というのは向いていない気がする。

改めてそれを思い知らされた。




「メイ、大丈夫?」




「……うん。ちょっと慣れない事したから疲れただけ」




ミカちゃんの不安げな声に空元気で頷く。

彼女は会話こそ苦手だが、商品説明については抜群の知識を持っている。

元々薬学について詳しい彼女はわかりやすく、丁寧な説明が好評だった。

理沙はお手伝いの経験があるから今回、最も仕事ができていた。

今だって梨音さんの指示を仰いでせっせと仕事している。

私はそんな二人に比べると何もできておらず、少し疎外感があった。




「ミカちゃん、ゴルツ山脈の時も思ったけど薬学には詳しいんだね」




暗い気持ちを引きずりたくないので話題をずらした。

まだこの街に来た頃、ギルドの受付嬢・ポールシェンカさんの弟さんがドルドルの毒という毒に侵されたと彼女のお婆さんが駆け込んできたのだ。私達はその毒を治せるナイトーヴァという草を取りに行く為、ゴルツ山脈に向かった。ミカちゃんはゴルツ山脈の危険性や毒を治す方法について詳しく、弟さんの窮地を救ったのも最終的には彼女の功績が大きかった。




「大学で勉強していたからね。あんた達の世界の言葉で言うと、『昔取った杵柄』って奴ね。あの頃は勉強ばかりしてたから」




少し遠い瞳をするミカちゃん。

何故か、少し悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。

でも、触れてはいけない気がして聞くのは止めておいた。




「すごいな、ミカちゃんは」




「メイだって頑張ってたじゃない」




その言葉に私は首を横に振る。





「私、今日何もできなかった。上手く声も出せなかったし、商品説明も下手くそだった。そもそもナイトゼナの人じゃないし、知識も経験も無いから。私ってさ、戦闘以外、何も取り柄が無いの。人殺しが一番嫌いなこと……得意だなんて、本当に笑える」




殺し合いは嫌いだ。

戦うこと、誰かを傷つけることは大嫌いだ。

今更、手を汚してきた私が言っても説得力はないけど……それでも嫌いだ。

なのにギルドに所属し、モンスターや悪人を殺す最前線にいる。

本当に本当に矛盾している。





「誰だって最初は上手くいかないものよ。初めから上手な奴なんていない。何度も場数をこなすからできるようになっていくのよ。理沙だってそう。きっと色々影で苦労があったはずよ。そもそも、私だって会話をするのはそんなに得意じゃないわ。それはメイも知ってるでしょ?」




「……ミカちゃん」




「人と話するのは怖い。相手が何考えてるのかわかんないし、急に怒り出したら嫌だし。怒るボーダーラインは人それぞれ違うでしょ?私はそれを理解するのに時間がかかりすぎて、色々な人を傷つけた。迷惑だってかけたし、怒らせたりもした。今でも私を嫌う人は多いと思う。というか、昔の私なら絶対、こんな仕事断ってるわ」




うんうんと頷くミカちゃん。

そして、私の肩をぽんと叩く。




「でも、友達と一緒だから頑張ってみようって思ったの。私だって会話は下手くそだけど、下手なら下手で場数こなして上手くなればいいだけのことよ。私も頑張るからメイも一緒に頑張ろうよ。ね?」




「ありがとう。すんごく、嬉しい」




私達はぎゅっと抱き合う。

夕日が私達を熱く照らす。

ミカちゃんの言葉は心にすんなり届いた。

上から目線じゃなくて一緒に頑張ろうって言ってくれる友達。

そういう友達って何よりも大事なものだと思う。

異世界ナイトゼナに来て最悪な事ばかりが続いた。

裏切られるし、男達に犯されそうになるし、不幸続きだ。

でも、その中で私は素晴らしい友達に恵まれた。

理沙、ミカちゃん、ノノ、ジェーンさん、リュート……。

中でもミカちゃんはこの世界で初めての友達だ。

彼女の言葉は何故か不思議な魅力がある。

そんな励ましがあるから、だから、明日も頑張ろうって思える。

彼女の前向きな言葉が私に元気をくれた。




「いい友情だな、二人共」




と、声をかけられる。

そこにはお義父さんとお義母さんがいた。




「え、お義父さん、お義母さん!?」




ど、どうしてここに二人が?

という疑問は他所に私はすぐにお義母さんの胸に飛び込んだ。

お義母さんはよしよしとそんな私を抱きしめてくれた。




「久しぶりね、メイ。あの大会以来ね、元気にしてた?」




「うん、元気だよ。色々大変だったけど、元気!」




久しぶりにお義母さんの胸に抱きしめてもらえる。

それは至上の幸福だった。

苦しかった心が、柔らかくて温かいものに満たされていく。

刺さっていた棘が抜けて、温かさで溶けていく。

そんな、心が安堵する優しさとぬくもりを感じていた。




「あ、始めまして。ミカ・ストライクです」




「おう、始めまして。俺はボルドーだ。こっちは奥さんな。聞いていると思うが、メイの義理の両親だ」




「はい、よく聞いています。とても素晴らしい方達だと」




「ははは、そう言われると照れくさいな」




お義父さんはそう言いつつ、ミカちゃんと話している。

ミカちゃんは緊張しているものの、それでも丁寧に世間話をしているようだ。




「ところで、どうしてここに?私に会いに来たの?」




「それもあるんだが、今、ナイトゼナは危険な状態でな」




「あれ、お義父さん、お義母さんじゃないっスか!!」




と、そこへ理沙が帰ってきた。

久しぶりの再会に喜ぶお義父さん、お義母さん。

理沙とお義母さんはさっきの私と同じようにぎゅーと抱き合っている。

だが、お義父さんの顔はやや巌しい。




「何かあったの?」




「ここ最近、ナイトゼナの情勢が不安定だ。王が亡くなり、莫大な遺産と城をどうするべきか議論が紛糾している。また、権力を狙って色々な奴が動き始めている。暗殺、謀殺が連続して起きているんだ。俺も副市長を退き、町を出ることにしたんだ。俺一人ならともかく、こいつまで危ない目に遭うのはごめんだからな」




「そうだったんだ」




お義父さんはそう言って顎でお義母さんを指した。

確かにそんな状況ではお義母さんに危害を加える人がいてもおかしくないだろう。





ナイトゼナではシェリルとミリィにより王や騎士団・兵士が全員殺害され、女官まで殺された。王政廃止を求め、大陸全土で国民主権の運動が起きていると聞く。ニルヴァーナも経済の不安定が指摘されていたが、ミリィが起こした大量殺人事件(通称・ミリィ事件)で王政廃止を国民が訴え、改革派連合が主権を取った。




シンシナシティはナイトゼナ直轄地であるものの、地理的な遠さから、信頼のある貴族が代々統治を任されている。だが、この街もその争いに飲み込まれてしまうのだろうか。




「俺達はナイトゼナの隣りにある大陸、イノーヴァ大陸のセントラルシティに移住する。元々そこに別荘があってな。ナイトゼナが落ち着くまで、しばくそこに住むつもりだ」




「そうなんだ。でも夕方だから船は無いかもしれないよ?よかったら私の家に泊まって」




お義父さんはしゃがみ、私に背を合わせて、ぽんと頭を撫でてくれた。




「その気持は嬉しい。本当なら俺も母さんもそうしたいが、もう船を予約していてな。それに乗って向かうんだ。だが、その前にお前たちに挨拶をしておきたくてな」




俯くと、今度はお義母さんが私の頭を撫でてくれた。

少ししゃがみ、私の目を見てゆっくりとお義母さんは話しだした。




「メイ、ここに来る前にギルドであなたの評判を聞いたわ。みんな、貴女のことを信頼している。それ故にとても辛い思いをした事も。お義母さんはね、やっぱり今でも危険な仕事をするのは反対よ。軍人でもない、普通の女の子が戦うなんて悲しすぎる」




「お義母さん……」




「でも、あなたが決めたことを否定はしないわ。身体には気をつけてね。絶対に死んじゃ駄目よ」




「うん」




「理沙、あなたも気をつけて。メイを守ってあげてね」




「はいッス」




理沙も涙ながらに頷く。

そこへミカちゃんが前に出た。

お義母さんの目をしっかりと見つめて。




「大丈夫です、メイはとても良い子です。私の大好きな親友ですから」




「えへへ……」




ミカちゃんの言葉に胸が熱くなる。

お義母さんはそんなミカちゃんを抱きしめた。




「あなたも若いのにさぞ苦労してきたと思います。辛いこと、悲しいこと、様々遭った事でしょう。でも、悪いのは全て私。私のせいよ……」




「え?」




ミカちゃんは疑問符を浮かべた。

私のせいって……言ったよね?

どういうこと?




「あ、ああ、すまん、すまん。こいつは少々感傷的になりすくてな。このままだと別れが惜しくて明日になってしまう。ほら、行くぞ」




「ええ、あなた」




手を引かれ、二人は少し早歩きで駆け出した。

だが、途中で立ち止まる。




「メイ、理沙!機会があればいつでも遊びに来てくれ。待ってるぞ!」




「みんな、また会いましょう。それまで元気でね」




「二人も元気でね!」




そのまま、港の方へと駆けて行くお義父さん、お義母さん。

私はその背中が見えなくなるまで手を降った。

ずっと、ずっと、手を振り続けた……。








「おつかれさまでーす」




「おう、お前らか。今日はご苦労さんだな」




梨音さんの店に行くと彼女は新聞を読みながら煙草を吸っていた。

椅子に座りながら、あの大男やバイト君に指示を出している。

きちんとした説明やハキハキした声は流石に店長という貫禄がよく出ていた。




「これが売上金ッス」




理沙は麻袋に入った金貨を梨音さんに渡した。

売上はかなりよく非常に重たいのだが、魔法がかかっているので軽量化されている。

梨音さんはそれを受け取ると金庫に仕舞う。




「おう。メイ達はまだ元気そうだが……妖精は流石にヘバッたみたいだな」




と、私達の後ろで真っ白になっているノノを指した。

話を聞くと、子供たちがあまりにも彼女を大好きになり、かなりてんやわんやだったらしい。ドッと疲れたらしく、某有名ボクシング漫画のラストシーンみたく真っ白に燃え尽きている。




「ノノ、大丈夫?」




「…………………ええ」




燃え尽きた彼女は言葉少なに頷いた。

相当、疲れている事がよくわかる。

なんと声をかければいいのだろうか。




「今日はゆっくり休めよ。明日もまた頼むな」




「では、お疲れ様です」




「あー、メイ。親父さん達はもう行ったのか?」




「え、ええ。あれ、梨音さんなんでご存知なんですか?」




「いや、なに。さっき挨拶に来てくれてよ。ついでに美味い煙草をくれたんだ。今度会ったら礼を言っといてくれ」




お義父さん達、梨音さんのお店にも来たのか。

ギルドにも挨拶に行ってたようだし、もしかしたら街中に挨拶に行ったのかも。

なんというか、マメな人だなぁ。

それだけ私達を思ってくれているんだね。

素直に嬉しく思う。




「わかりました。では、失礼します」




「あいよ~」




普通ならここで全員にお疲れ様というのだろう。

だが、生憎バズダブとは顔も合わせず、無視した。

彼からもこちらに対して何も言わなかった。

純粋な水の中に一滴の汚水が混じる。

けれど、その気持ちを無視して私達は家路についた。





家の前まで行くと、ジェーンさんとリュート,サラさんが私達を待っていた。




「おかえりなさい、皆さん」




「みんな、おつかれー」




「りゅー!!!」



順に、ジェーンさん、サラさん、リュートの台詞。

特にリュートは一目散に私に向かって飛んできた。

それをがっちり受け止め、ぎゅっと抱きしめてあげる。

ぬいぐるみのようだが、きちんと体温があって、ちょっと重い。

この子の感触が心の黒く濁ったものを綺麗にしてくれる。




「おーよしよし。会いたかったよー、リュート。お留守番ご苦労さま」




「りゅりゅりゅりゅーーーー!!」




言葉はわからないが、とても寂しかったようだ。

大きくてつぶらな瞳に涙を浮かべている。

その瞳に可愛らしさと心の痛みを感じた。

この子には、寂しい思いをさせてしまったわね……。




「お昼ごろにメイのご両親が来たよ」




「え、本当ですか?」




サラさんの言葉に私は驚きを隠せなかった。

お義父さん達、こっちにも来ていたんだ。




「ええ。とても丁寧にご挨拶をいただきまして。素晴らしいお父様、お母様ですね。あまりおもてなしできかったのが残念です」




と、ジェーンさんが補足する。

急いでいたし、本当に挨拶のみだったのだろう。

次はゆっくりしていって欲しいな。

そして、お義父さん達のいるイノーヴァ大陸のセントラルシティにも行かなくちゃ。

そのためにはお金を稼がないとね。




「みんな、お疲れ様。早速、しなの湯行って疲れを吹き飛ばそー!」




「りゅー!」









本音を言えば寝たいけど、汗をかいたので、そのまま寝るのも気持ち悪い。

かといってお風呂沸かす元気もない……そんなわけで「しなの湯」にやってきた。

脱衣所で服を脱ぎ、髪と身体をしっかり洗ってから温泉に浸かる。




「ああ~~~……気持ちいいわ」




「りゅ~~~~」




リュートもリラックスしてるらしく、のんびり浸かっている。

ただ、リュートには少々深いので、私が抱っこしている。

赤い身体が更に赤くなっていくリュートはとても可愛い。

その隣でノノが私達を優しく見守る。





「素敵な温泉ですね……」




ジェーンさんは特別設置されたセントール用の温泉でのんびりする。

彼女は馬なので体重や足が人間のそれとは異なる。

また、毛が落ちる量も人間に比べると多いので掃除が大変だ。

なので、きちんと設計した専用の温泉があるとルルーさんが説明してくれた。

そちらでのんびりとくつろいでいるようだ。

以前は無かったんだけど……これはルルーさんの配慮だろうか。




「メイ、今日は本当にお疲れだったね。だいぶ苦労したみたいだったけど」




「ええ、まあ。元々接客とか苦手なので。理沙やミカちゃんがフォローしてくれたお蔭で何とかなりましたけど、私一人じゃ……」




「そんなことない!メイはちゃんと頑張ってたわ。ポールシェンカさんのお婆ちゃん、すごく嬉しそうにしてたじゃない!」




と、熱く語るミカちゃん。

確かに昼間、お婆ちゃん来てくれたけれど。

立ち上がって私を強く熱く見つめる。

その瞳は爛々と輝き、真っ直ぐな眼差しだ。

というか、大事な所が丸見えなんですが。




「お婆ちゃん、すごく笑顔だった。メイも気遣いバッチリだったし、喋り方も丁寧だった。他のお客さんにも頑張って商品の説明してたじゃない。あんたはできる子よ。場数こなせばいいだけ。自信を持って!」




「あ、ありがとう」




なんかベタ褒めな気もするけど嫌味でもない。

きっと本心でそう思ってくれているのだろう。

しかし、その隣では理沙が涙を流していた。




「ど、どうしたの理沙……」




「今日は忙しくて、メイと話せなかったッス。仕事とはいえ、辛いッス」




理沙、まさかの男泣き。

いやいや、女の子だけど。

でも、四六時中一緒にいるんだけど。

今日だって全く会話しなかった訳じゃないし。




「私達、いつも話してるでしょ?そんな泣くほどかなぁ」




「アタシはメイと毎日おしゃべりしたいッス。それができないのは辛いッス」




「お~モテモテだねぇ、メイ」




「もう、師匠まで……」




つんつんと肘で突いてくるサラ師匠。

みんなもくすくす笑っている。

この異世界に来てから色々辛いことが多かった。

心が折れそうになった事もあった。

でも、みんなとこうやって一緒にいられる。

理沙が唯一の友達だったけど、今の私にはこんなにも人に囲まれている。

だから、女の子にモテているのも素直に嬉しい。

その後、のぼせるまで私達は今日の事、これからの事。

たくさん、たくさんおしゃべりした。










しなの湯を出てゆっくりと帰路に着く。

夜は静かで物音がほとんどしなかった。

辺りの家々も明かりが消え、まるでゴーストタウンのようだ。

街頭など無く、お互いの顔がやっと見えるかどうかの明るさだ。

日本では考えられない暗闇に気味が悪い。




「なんか不気味だね。コンビニとかあればいいのに」




「それって24時間開いてる何でも屋さん……だっけ。生憎、ナイトゼナでは見ないわね。暗くなったら寝る。みんなそういう考え方だから」




私の言葉にミカちゃんが答えてくれる。

まあ、異世界にコンビニなんてラノベな話はないか。

時間的に言えば午後10時だけど、私達の世界とはかなり違う。

日本ならむしろこれからという感じだ。

ネオンが煌めき、人々が飲みに出かけたり、カラオケで騒いだり。

デートやホテルで宿泊するカップルもいるだろうし、友達同士で遊んだり。

中には残業で頑張る会社員の人もいるからビルの明かりは絶える事がない。

それに比べ、ナイトゼナはお店も閉まってるし、明かりのついた家はほとんどない。

昼はあれだけ歓声や人通りの多い道も静まり返っている。






「でも24時間って、お店の人いつ寝るの?」




「ミカちゃん、交代制だよ。24時間働いたら流石に倒れるから」




「じゃあ夜働く訳ね。しんどそうねぇ、あんた達の世界は」




「でも夜勤はお金がいいッス」




「生活のためには仕方ないって事なのね……」




何故か、ミカちゃんの瞳が少し細くなった。

何か思い出しているのだろうか?

でも、暗くて相手の表情がハッキリ見えない。

気のせいかな?





「メイ、空いている部屋ある?」




「いきなり唐突ですね、師匠」




足を止め、話を聞くためにサラ師匠の方を向く。

ふふんと笑みを浮かべ、私の頭をわしゃわしゃ撫でてきた。

ああ、さっき髪整えたばかりなのにー。

そう訴えても「あはは」と笑顔で返されてしまう。

この人の笑顔、なんかそれだけで癒やされる。

だから文句が言えなくなっちゃう。

歩きながら真っ赤な顔を暗闇に隠した。

でも、顔をそむけてもバレてるんだろうな。

こんなの反則だ。




「師匠としては弟子の成長を見守る義務があるからね。これからメイの家で住もうと思ってさ。どうかな?あ、食費とかは出すから」




「うちは構いませんよ。そういえば、師匠ってどこに住んでるんですか?」




「んー、宿屋が多いわね。たまに梨音の家で寝泊まりすることもあるけど。家に住んでもいいだけど、物件探したり、掃除するのが面倒でね。いない事も多いし。でも、弟子を持つ以上はそういう訳にもいかないから。これからよろしくね」





「はい。こちらこそよろしくです」





と、話していると家に着いた。

各々会話も程々に就寝する。

いい夢を見れることを祈って。








朝。

雀が挨拶を交わす輝きにつつまれた1日の始まり。

空は青く澄み渡り、太陽はそれを祝福していた。

だが、そんな美しさとは反対にガンガンガンと激しい音が響いた。

それがドアを叩く音だと気づいたのは私だった。

みんなは寝ていてまだ気づいていない。

たまたまトイレに起きた私だけが気づいた。




「誰だろう、こんな朝早く……」




時刻魔法は午前7時ちょうどを示している。

安眠妨害だなと少し不快感を抱きつつ、扉を開けた。





「おお、メイ!朝早くからすまねぇ」




「どうしたんですか、梨音さん?」




「やられたんだ!」




「え?」




「昨日、バズダブの奴が誰かにやられたんだ!!」




一瞬、頭が急激に冷えた。

まるで絶対零度のような寒さに脳が震える。

それは朝の気だるさを一瞬で奪ってくれた。





「殺されたんですか?」




「いや、大怪我だが死んじゃいねぇ。青年団にも連絡したが、詳しくはまだ不明だ。サラの奴、ここに泊まってんだろ?起こしてくれ。話がしたいんだ」




「わかりました。じゃあ、中へ……」




「そのまま動かないで!!」




と、誰かの絶叫する声が聞こえた。

普通、こういうシーンは銃を持った女性を思い出す。

悪党のアジトに忍び込み、銃で敵を牽制する台詞。

でも、その声の主は銃なんか持っていなかった。

共通しているのは切羽詰まった表情だ。

その顔の主はノノだった。




「ノノ、どうしたの?」




「メイ、梨音さんもそのまま動かないで。訳は後で話すからじっとしてて!!」




悲痛とも言える叫びに私達は頷くしかなかった。

彼女がここまで驚愕に顔を染めるなんて……。

そんな表情、初めて見た。

ノノは2~3度深呼吸をすると落ち着いて地面に座る。




「精霊よ、我に集いて力となれ。ノーム・ゾーム・クラスナータ。ヘル・ゼル・シラスベリア……」




床に魔法陣が現れ、私達を緑色の光が包む。

どうやら魔法みたいだけど、何の魔法かわからない。

別に傷もないし、不快感も何もないのだが。

だが、ノノの表情は真剣そのものだ。

何か理由があるに違いない。

私達はただ無言で立ち尽くすしかなかった。







ノノの演唱は10分ほど続き、そろそろ無言でいるのも辛くなってきた。

しかし、真剣な表情をしているノノを前に動くことができない。

彼女の表情はこれまで見たこともないほど、真剣だ。

何が彼女をここまで一生懸命にさせるのかわからない。

だが、その表情から彼女が嘘や冗談ではないことはすぐにわかる。

元々、真面目な性格な彼女がそんなことをするのも考えにくい。

疑問符を解消するため再び口を開きかけた時、演唱が終わる。

魔法陣が消え、それと同時にノノがその場にへたりこんでしまった。




「ノノ、大丈夫?」




「ええ、な、なんとか……」




ノノはそう言いながらも肩で息をしている。

どうやら相当、魔力を消費したらしい。

ぐったりとした表情をしていた。

だが、その顔は疲れだけではないような気がする。

どこか、信じられないといった驚きがそこにある。





「ごめんね、二人共。もう大丈夫だから。うう……」




「ノノ、ソファまで運ぶよ。梨音さん、中にどうぞ」




「私も手伝うよ」




ノノを二人でソファに運び、ゆっくりと下ろす。

今の声でみんな起きたようで誰もが彼女を心配していた。

リュートはまだ眠いらしく、ぐーぐーと寝ている。

今はジェーンさんが面倒を見てくれていた。




「ノノ、ブルースチルよ」




「ありがとう、ミカ」




と、ノノは貰うなり一気飲み。

飲み終えると、呼吸を整えつつ、ぜーはーと大きく肩を上下する。

玉のような汗が額から溢れ出ていて、私がそれをハンカチで拭く。




「ありがとう、メイ」




「少しは落ち着いた?」




「うん……メイ、梨音さん、みんな、朝から驚かせてごめんなさい」




「ノノ、謝罪はいい。何があったのか教えてくれ」




「毒の魔法がかかっていたんです、梨音さんに」




「毒だと?」




梨音さんの言葉に頷くノノ。

ブルースチルを飲みつつ、少しずつ話し始める。




「まず、相手を気絶・殺害させて動けなくし、そこに魔法をかけるの。仮にそれをAとしましょう。次にAに近づく対象Bを予め一人設定しておく。BがAに近づくと魔法は発動し、Bに魔法がかかるの」




「私はなんともないが……」




「魔法の発動時刻はBがAに触れた6時間後です。それまでは自覚症状が一切無いの。そして、6時間経つとまず、食欲減退から始まるの。それは徐々に目眩・息切れ・嘔吐・下痢へと悪化していく。そして、最終的には発作に苦しみながら息絶えるの」




その言葉にぞっとした。

もし、ノノが魔法を解除しなければそんな目に遭っていたの?

目眩や吐き気、嘔吐して、死んでいくなんて……。

恐ろしくて想像したくもない。




「ノノ、メイも動くなといったのは何故だ?その理屈だとBである私だけが毒魔法にかかっていた事になる。メイは関係ないんじゃないか?」




「この魔法はアレンジされてます。予めBが触れるであろう人間……CやDも設定できるんです。BがCやDに触れれば、8時間後にさっき挙げた同じような症状で死ぬんです。時間はかかりますが、その分犯人を分かりにくくできるし、体内に毒物反応や損傷がなく、魔法による検査も無視できる。ある意味、究極の大量毒殺魔法」





つまり、こういうことだ。

何者かがバズダブを倒し、毒魔法をかける。

毒魔法がかかったバズダブに梨音さんが触れる。

梨音さんはその足でここに駆け込んできた。

そして、私達に当然触れるだろう。

すると、魔法は私や理沙、ミカちゃん、ノノ、ジェーンさん、サラさん、リュートと感染していく。

まず、6時間後に梨音さんが苦しみながら息絶える。

8時間後、私達も同じような症状で死んでいく。

誰が犯人かわからないまま、吐き気・嘔吐・下痢……苦しみながら死んでいく。

自分やみんなが死ぬ事を考えてぞっとした。





「私がその魔法を強制解除したけど、その分激しく魔力を使ったわ。今日はもう治療魔法は使えないわね」




「ノノ、ありがとう。助かったよ」




「恩に着る」




私達の言葉に頷くと、そのまま横になるノノ。

魔力を使い果たし、相当、疲れたらしい。

顔は青く、息を荒く吐いていた。

みんなも彼女にお礼を言うが、ノノは返事ができなかった。




「ふむ、自覚症状のない毒魔法か。でも、聞いたことないわ、そんな魔法。

もし、そんな魔法があれば一国が簡単に壊滅しちゃうわよ。そもそも、どうしてノノだけがその魔法の存在に気づけたの?」




サラさんの疑問は当然と言えば、当然だ。

ノノは横になりつつも、何か言おうとしたが。




「それは私の魔法だからよ」




と第三者の声がした。





いつの間にか、女性が私達の家に入っていた。

まず目を引いたのが長い銀髪。

次に左目が緑、右目が蒼というオッドアイ。

出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでる理想的なボディ。

芸能人かモデルのようなすらっとした綺麗な身体だ。

身長は170ぐらいで高さも理想的だ。

年齢は多分、20代前半といったところ。

だが、彼女には誰もスカウトに来ないだろう。

確かに見た目だけならも女でも羨ましいといえる身体だ。

顔もメイクに抜かりはなく、お肌もツヤツヤだし、美人なのは間違いない。

だが、その彼女の笑みはこの場の誰もが凍りつくほど、冷酷な笑みだからだ。




「久しぶりね、ノノ。元気そうで安心したわ」




「シア姉さん……!」




姉妹の確執が火花のように飛び交う。

針の上のむしろのような、居心地の悪い気分に苛まれる。

最低最悪の姉と妹の再会だった。








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