エピローグ

「ごちそうさまでした」


 ボリュームたっぷりカツカレーを食べ終わった僕が、カウンター席を立った。

 一三時の店内は満席で、いつも以上に繁盛していた。厨房では副店長がせわしなくカツを揚げている。フロアは愛絢さんと、復帰した西恋寺パパが二人で回していた。


「はーい。また来て下さーい」


 そう言って、エプロン姿の愛絢さんがレジ前までやってくる。


「トンカツカレーで九〇〇円です」

「Paypayで」

「はーい」


 愛想の良い笑顔で返事がある。


「九くん、明日から新学期だね。私も完全復帰だから、よろしくね」

「うん。これで学校通えるね」

「二学期は単位ちゃんと取れてなかったから、頑張らなきゃ」

「大丈夫だよ。卒業に必要な単位って少ないから」

「英語学ぼうと思うの」

「聞いたよ妙子から。留学するんだよね」

「えっ、まだ先の話しだよ。妙ちゃん気が早いよ」


 愛絢さんからレシートを受け取る。


「やりたいことが決まって良かったね」と僕が言った。

「まずは留学資金を貯めないとだよ。そういえば、九くんは三学期はどうするの?」


 そんな質問をされて僕は考えた。愛絢さんが思い出したように続ける。


「バイトは止めないでね! 九くんいないと回らないよお店。時給も上げるから」

「もちろん続けるよ。でも三学期なにやるかは、まだ決めてないかな」

「そうなんだ。でも大丈夫! やりたいこと見つけるのがM高生活だから」


 愛絢さんが両手でガッツポーズをして励ましてくれる。

 初めてお店で話したときも、そんなやり取りをしたっけ。


「じゃあまた明日。ごちそうさま」

「はーい! また来て下さーい」


 愛絢さんの明るい接客に見送られ、僕はとんかつあぁやの巨大看板の下をくぐった。


 冷たい風が頬を撫で、吐く息が真っ白になる。

 外に出た僕は母親から送られてきたニット帽を被って、耳まで隠した。ポケットに詰め込んでいた手袋を取り出し、それを両手にはめ込む。

 空は雲一つない快晴だった。青い景色が、どこまでも広がる。

 満腹感に満たされていた僕は、なにかを確かめるように振り返り、巨大な看板を仰ぎ見た。


 とんかつあぁや、と主張激しくライトがぺかぺかしている。


 相変わらず無駄に巨大な立体看板だ。これに四〇〇万円も費やしたのかと思うと、だいぶおかしな話だ。減価償却費が無駄に多くなっている。それでも、ちゃんとお店は回っている。


 先ほど、愛絢さんに嘘を付いてしまったなと、僕は自覚していた。


 これからのこと。


 まだ決めていないって話したけど、本当はやりたいことがぼんやりだけど決まっていた。


 簿記だけじゃなくて、もっと経営について広く学びたいなと僕はいま考えている。だから簿記部だけじゃなくて、MBA部か起業部にでも入ろうと思っている。もっとたくさんの業界の決算書を見てみたい。そして問題点を見つけて、アドバイスをするような仕事に就きたい。


 そのためにあと二年、この学校でできるだけ多くのことを学ぼう。自由を掲げるこの学校では、やる気次第でなんでもできる。その環境が揃っているのだ。


 三学期になったら、同じ目標を持った仲間をまずは見つけたいと思った。そしてクリスマスパーティーでやったように、自分の考えを伝えて、どうやったら会社が良くなるかをコーラを飲みながら話し合うのだ。そしたらもう、独りぼっちだなんて嘆く必要もない。


 人知れず設定した目標に向かい、僕は駆け出す。

 冬の寒さに負けじと、胸の奥では暖かいものが溢れていた。



                                ― 了 ― 

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僕と彼女の簿記事情 はやし @mogumogupoipoi

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