その14

「あんた、どしたん?」


 姉が驚いた。僕が手作りカレーを作って、姉の帰宅を待っていたからだ。

 カレーの上に載っているカツは、西恋寺さんからのお裾分けだ。


「とりあえず座ってよ」


 僕がソファを指さし、返した。


「ええ、怖。なに?」

「いやカレーを食べてよ。僕特製の」

「カレーの横にウィンドウズパソコン置かれてるんだが」

「食べながら僕の話を聞いて。相談を聞いて」

「それくらいならいいけど」


 姉が部屋に戻ってスーツを着替えてから、リビングに戻ってきた。

 僕はその間にキンキンに冷えた缶チューハイを冷蔵庫から取り出して、コップを用意していた。戻ってきた姉の目の前で、ほろ酔いをコップに注いであげる。


「なんだよ。気が聞くじゃん。マイブラザー」


 ソファにどすんと尻を落とす。これが我が家の大黒柱だ。

 それから僕が作った特製カレーに手を付けた。


「このカツ美味しい! カレーはなんか水っぽいけど」

「許して。スープカレーだと思って」

「んー、仕事帰りに飯がある。最高か」


 姉がおっさんみたいなこと言ってる。とりあえずテレビを付けた。

 時刻は二二時過ぎ。同居しているとは言え、僕と姉が同じ部屋で話せるタイミングはそう多くない。この晩飯タイムを利用して、僕は姉にお願いしたいことがあった。


「で、相談って何?」

「バイトする事になったんだ」

「おお! いいじゃん。お姉ちゃん嬉しい。こんなに立派になって。息子よ」


 姉が嘘泣きみたいな素振りをする。お前に産んでもらった記憶はない。


「どこで働くの?」

「とんかつ屋さん」

「あー、そういうこと? もー、青春送りやがってこの野郎!」

「そんな余裕もないんだよ。潰れかけだよ正直」

「へー。それをあんたが助けるって話でしょ」

「そうなんだよ。そこでこれを見て」


 僕がパソコンのエンターキーを指先で押した。スリープモードの画面がぱっと明るくなり、とんかつあぁやのホームページが表示される。


「なにこれ、女の子? 心霊サイトなら今すぐブラバして」

「いやとんかつ屋です」


 姉がホームページをスクロールして見ていく。


「イケてないなぁ。自分で作ったんじゃない?」

「スマホだと表示が崩れるんだ」


 すると姉がブラウザ上でスマホっぽい画面に切り替えた。

 PCの横長のホームページが縦表示になる。


「なにその魔法?」

「いいでしょ。F12押すの。あら、なにこのサイト。レスポンシブできてないじゃん」

「直してください」

「このサイト、どうやって作ってんの?」

「作ってる? HTMLとCSSで」

「いや分かってるよ。全部自前で作ってる訳じゃないでしょ。コードが書けなくてもホームページが作成できる便利なソフトがあるの。CMSって聞いたことない? たぶんそれ使ってる。ワードプレスとか」

「聞いたことある」

「そのサービスのログイン情報が欲しいかな」

「西恋寺さんにメッセージしてみる。でも西恋寺さんも知らないかも」

「じゃあ、軽く調べたげる。拡張機能入れちゃうね」


 そう言って姉が検索窓になにやらワードを入れて、エンターボタンを押した。ブラウザの拡張機能を入れる。


「それ何するの」

「これがあれば開いたページの開発環境とか、雑に分かる的な」

「へぇ」

「出ました」

「なんだった?」

「ワードプレスじゃないみたい。プログラム言語にRubyを使ってるっぽいし、他社のCMSとかじゃないかな。少なくともサーバに直でファイル置いたりはしてないね。ほら、更新情報が一年前で止まってるけど、それまでは結構、更新もしてる。直にソースコード触って更新作業してたら、このお店のオーナー頭おかしいよ」


 ひどい言われようだ。


「じゃあログイン情報がわかったら、修正してくれるんだね」

「いや面倒だなー。知らないCMSとか触りたくないし」

「ええ、カレー食べたじゃん」

「対価やっす。私、残業一〇〇時間してるのよ? その姉にまだ働けって言うの? 鬼畜か」

「じゃあせめてアドバイス欲しい」

「いいけどさ。CMSなら恐らくあんたでも修正できると思うし。でもさ、どのみち更新してないなら表示を直すとか、そう言うレベルじゃない気がする。目的はなに?」

「集客したい」


 僕が切実に答える。すると姉がカツをもぐもぐして酒を飲んでから、真面目な声で言った。


「じゃあ、なおさら私がやっても意味ないわよ。人任せにして一回きり更新して終わってたら、集客に繋がらないでしょ。一年前にやってたみたいに定期的にログインして、情報を発信して行かなきゃ。その役割を誰がやるのか決めなよ。九ちゃんがやるでもいいし、担当者を他に割り当てるでもいいし。いまなにが問題かって、このホームページ訪れた人がこの更新情報を目にしたら、どう思う?」

「どうって、西恋寺さん可愛いなって」

「あんたの感想だろそれ。一年前に更新止まってるの。もう潰れたのかなって思われちゃうの!」

「営業してるよ。ちゃんと」

「それが分からないから、まずいんだよねー。百歩譲ってさ、他のSNSとかで更新が続いてて、お客さんがこのお店続いてるって知ってたとしても、このサイト、人間以外も訪れるのよ」

「人間以外も訪れる? こわっ。心霊の話はちょっと、いま夜だし」

「なに言ってんのよあんた。検索エンジンのクローラーの話だって。このサイトにクローラーが巡回してるの。検索順位に反映させるために、ちゃんと運営されてるかなって」

「なんだGoogleの話か」

「そう。それで更新も止まってるし、レイアウトも崩れてるじゃ、巡回ロボットにこのお店はもう潰れたのかなって、機械的に判断されちゃっても反論できないでしょ」

「それは困る」


 それから姉にホームページの運営がなんたるかを説かれた。SEOとかMEOとか横文字や英文字が色々と出てきて、マーケティングは奥が深いんだな、という事を教わった。実践するにもお金とたいそうな労力が必要らしい。


「結局は地道な活動とまめな発信。それがマーケティングの王道にして、真理だから。楽せず働きなよ。馬車馬のようにね」


 酔っぱらった姉は最終的には精神論を押し付けてくる。アニマルなんたらみたいに気合いだ、気合いだ、と言って眠たそうに自室に戻ってしまった。


 僕もお風呂に入って寝よう。


 普段どんな仕事をしているかよく分からなかった姉が、ちゃんと社会人っぽくて、僕はちょっと感心したのだった。伊達に社畜を三年も続けていない。

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