その43

 その日は年内最終登校日だった。明日から冬休みへ突入する。


 西恋寺さんは父親との話し合いで学校を休んだらしい。年明けからはちゃんと登校できるようにしたいと、グループチャットで連絡が届いた。


 お昼になり、珍しく妙子に誘われる。僕らは合流すると、食堂にまで足を運んだ。

 M高校の食堂はフードコート形式になっていて、複数の店舗が入っている。料理のジャンルも様々で和食や中華、インドのナン、ハンバーガーまで揃っている。


 僕はぶっかけうどんをお盆に乗せて、テーブルの一端に腰を下ろした。

 食べずに少し待っていると、妙子がお盆を抱えて戻ってくる。


「九っち、うどんにしたんだ」

「妙子は親子丼なんだね」

「鶏が食いたくなったの」

「美味しそうだね」

「やらんぞ」

「分かってるよ。自分の食べるし」

「じゃあ頂きます」


 お箸を持って妙子が手を合わせる。そして僕たちは食事を始めた。


「ねぇ妙子。今日なんで私服なの?」

「クリーニングに出してる。可愛いっしょ。もっと見ていいよ」

「ふーん」


 そんな何気ない会話からスタートする。


 M高校には指定の制服があるけど、私服で来ちゃ行けないルールは特にない。編入してきた生徒なんかは以前、通っていた学校の制服を来てくることもある。おおよそ半数が制服姿で半数は私服だ。僕は制服を着る派だ。私服を選ぶのが面倒だから。


「でさ、九っち。あんたバイトは続けるの?」

「続けるよ。なんでそんな質問?」

「だって絢ちのお父さん戻ってきたじゃん。どうなるのかなって」

「まだなにも決まってないよ。週二日くらいは働こうと思うけど」

「そう。あたしは一段落したから離れるね。あとはよろしく」

「分かった。チラシはもう配ってないしね」

「何ヶ月かに一回は配った方がいいらしいよ。インスタは絢ちがやってるし、ホームページはWEBデザイン部が手伝ってくれるでしょ? あたしはもう特に要らないかなって」


 妙子がいなくても、集客の仕組みだけは残る。最初からそのつもりだったみたいだ。


「それより、九っちどうなん?」

「どうってなにが?」

「あんたの当初の目的だよ」


 妙子にそう問われ、僕は首を傾げた。


「当初の目的って、目標はおおむね達成したと思うけど」

「本当に? してないと思うぞ。絢ちのこと」

「西恋寺さんのこと? なんかあったっけ」

「告白しないのかってこと」

「んえっ?」


 思わずハイトーンの声が出てしまう。


「するなんて言ってたっけ? それ罰ゲームの話だよね。値上げがうまく行かなかったら責任とるってやつ。でも概ね成功したよね」

「関係ないよ罰ゲームとか。したらいいじゃん」

「そんなこと言われても、急にはな」


 妙子に後押しされるも僕はそんな気持ちはまだなかった。まだというか考えてもなかった。


 妙子が呆れた様子で返す。


「一生しないパターンだな」

「そう言われても。やっぱり脈がなー」

「最後までそれ。向こうから言ってくるの待ってるの? ないよそれは。絢ちの性格上ない」


 はっきり言われる。ないのか。来年のバレンタインデーの日に、告白されるなんて言うのは、都合の良すぎる妄想なのか。現実を突きつけて来ないで欲しい。


「もうさ九っち。あんたが今度は全身タイツ姿で、チキンマンやればいいよ」


 そんななじり方をされる。そうは言っても、こればかりは僕にだってどうしようもない。


「なにもアプローチしてないじゃん」

「アプローチって言われても、そもそもお店の業績を良くすることで頭一杯だったし。資格勉強だってあったんだよ」


 他人事だと思ってそうな妙子に、僕が反論する。


「ほら言い訳。プッシュだよ。チラシ配るときも言ったけど、恋も集客もプッシュだって」

「そんな簡単に行けば苦労はないよ」


 いまの関係が壊れてしまいそうで慎重になってしまうのだ。

 フられたらバイト続けるのも気まずいだろうし。


「残念なお知らせだけどさ。絢ち留学するの知ってる?」

「ええっ、そうなの?」

「うん。海外の人と話せるようになりたいって。お金も結構、貯めてるっしょ」

「まじか……」


 ショックに襲われる。遠くに行っちゃったら、もう会えないじゃないか。告白してうまく行っても遠距離になるし。茨の道だ。


「妙子はいいの? 西恋寺さんが留学しても」

「寂しいに決まってるじゃん。でも絢ちが決めたなら尊重する」


 妙子が語調を強めて続けた。


「でもあんたは早く告白しなよ。後悔するぞ。チキンマンやるでいいのか?」


 今日の妙子は、やけに後押ししてくる。初めて会ったときなんて、西恋寺さんと二人きりになるだけで夜叉みたいな顔してたのに。ここ数ヶ月でずいぶん信用されてしまったものだ。


 そんなお節介を焼いてくる妙子の真意が図りかねて、僕は尋ねていた。


「妙子はさ、じゃあ僕と西恋寺さんが万が一、うまく行っても、許してくれるってこと?」


 それを聞いた妙子の表情が、難しい感じに変わった。


「正直、複雑なんだよね。あんたのその煮え切らない態度があたしは嫌なの。だから潔く砕け散って欲しいなって気持ちが半分。でも絢ちとうまくいったら、あたしが嫌だなって気持ちが半分。なんかムズムズするんだよね。あんたがさっさと告れば、すっきりするの。分かる?」

「なにそれ、自己都合みたいな理屈じゃん。応援してくれてるかと思った」

「いや全然してない。あたしは白黒はっきりさせたいだけ。いいから早くしなよ意気地なし」


 妙子に足を小突かれる。僕だってずっとこのままで良いなんて思ってはいない。どこかのタイミングで気持ちを伝えねばとは理解しているのだ。まずは愛絢さんと呼びたい。呼ぶタイミングがない。その繰り返しで今日まで来た。チキンマンとは僕のことだ。


 妙子が水を飲んでから言った。


「とにかくさ! 恋はプッシュなんだよ。よく聞いて。恋のインターホンは押したもん勝ち。押さなきゃ出てこない。全身でぶつかって行け。タックルだよ、タックル」

「タックルはまずいよ。あと、うまいこと言ったつもりでしょ。インターホンと絡めて」


 僕がインターホンを押す仕草をする。あの日の出来事を思い出しながら。


「解説すんなよ!」


 妙子がキレた。ちょっと恥ずかしそうにしている。でも、口元がにやついている。

 そんな怒り方もいまではお馴染みで、たいして怖くない。


「真面目に人の話を聞けよ!」


 僕は可笑しくて、つい笑ってしまった。そしたらまた、足を小突かれた。


 三ヶ月前の自分だったら、妙子が言ったことを素直に受け入れられなかっただろう。だけどいまの僕には妙子の言葉があながち間違いじゃないと判る。なんだって始めたもの勝ちなのだ。仕事も恋も。妙子の提唱するその姿勢は、これからも見習っていきたいなと思う。


 告白はしないけど。

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