その39
翌週の月曜日。通学したお昼休みに僕はパソコンを開いて、一人でおにぎりを頬張っていた。おにぎりは自分で朝起きて握った不細工な形をしている。米に塩をかけて、たらこや昆布を詰めてラップでにぎにぎしたおにぎりだ。最近は食費を節約したくて弁当を自分で作るようになった。雑なやつだけど。魔法瓶に暖かいスープを入れてきたのでコップに注ぐ。まだかなり熱いスープが湯気を立てている。一二月に入り、キャンパス内ではすっかり厚着の生徒たちの姿ばかりになった。僕は朝からずっと気持ちが乗らなかった。というのも今日、合格発表日だから。すでに商工会議所のホームページでは受験番号が掲載されているだろう。いつ見ようと思ってお昼までずるずる来ていた。落ちていたら、泣くかも知れない。
机の上で一人黙々とご飯を食べていた僕だったが、とりあえず気になって仕方がなくなったので、商工会議所のホームページへアクセスした。
第一六八回合格発表と書かれている。ワンクリックで受験番号が出てきちゃうやつだ。
僕はおにぎりを頬張る手を、静かに止めた。心臓がばくばくしてくるのが分かった。
怖い。見たくない。でも早く見て、楽になりたい。そんなジレンマに襲われる。
このボタンをクリックするまでは、現実は確定しないのだ。シュレーディンガーの猫の動画でそんなこと話してたっけ。よく知らんけど。僕は合格している未来を持っているのだ。ならば、ずっと見ないで置きたい。現実から目を背け続けたい。
手に汗がにじみ出てくる。はてしなく長い時間を過ごしたような気がした。
でもまだ三分くらいしか経っていない。時間が壊れたのかと思った。埒があきそうもないので、僕は「おおしっ」と気合いを入れ、鼻から息を吸い込んだ。吸って、吐き出さずに、そのまま、見なきゃ死ぬ覚悟で、合格発表ページを開くボタンを、右クリックした。
「あー、なるほどね……」
僕は息を吐き出し、机にもたれ掛かった。
十秒くらい放心する。走馬灯のようなものが見えてきた。
さらに、二十秒くらい放心する。
泣きそうになった。
僕の受験番号と同じ四桁の数字が、画面上に並んでいた。
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