その3
お昼になって、僕は食堂に足を運んだ。だけど途中で食欲がないなと思い直し、食堂の隣にあるコンビニでパンとミルクコーヒーを一つずつ買って飯を済ませることにした。
コンビニ前にある屋外用のお洒落な白テーブルと白い椅子。そこに腰かけてボッチ飯した。
辺りを見回すと、だだっ広いキャンパスが向こうまでずっと続いている。自転車が通り過ぎ、荷物を運ぶドローンが空中を横切り、そして愉しそうに友達と話しながら歩く生徒たちが、絶え間なく行き交う。いま目の前にある光景全てが、僕とは無関係に動いていた。僕の心はどこまでも孤独に包まれる。
何が最高の環境だ。そんなものは何処にもないじゃないか。
どす黒い感情が、僕の中で渦巻き始める。いまなら暗黒魔法が使えそうだ。周囲の環境も見え方が百八十度変わって、憎しみがこみ上げてきた。
創立者のシェンロンめ。広すぎる高校作りやがって。こんなことなら、最初から通学コースじゃなくて、オンラインコースにしてるわ。一人で自宅で学んでるわ。傷をえぐるなや。
ミルクコーヒーをストローですすりながら、そんな不満を抱いた。
友達のいない学校に価値は無いと、僕は本気でそう思う。ついでに恋愛もないなら、なおさら学校に通う意味が無い。こんなことを言うと、いや待て、学校は勉強する場所だ、遊ぶ場じゃないんだ、などと反論されるだろう。でもそれには、僕もちょっと言い分がある。勉強なんて今どきはオンラインで、いつでもどこでも動画を見て学べるのだ。勉強サイトも沢山あるし、教えるのが上手い講師なんていくらでもYouTubeを探せば見つかる。そんな時代に、むしろどうして学校で授業を受ける必要があるんだ?
中学の時から、そんなことは薄々気付いていた。
「おい鳥羽! また先生の話、聞いてなかっただろ。内申下げるぞ!」
僕は先生にそんな脅迫をされる生徒だった。でもよく考えてみたら、僕は何も悪いことをしていない。先生の教え方が退屈だったのだ。これがYouTubeなら視聴者はどんどん離れていく。自分の話を当たり前に聞いてもらえると勘違いしているのは、年の食った年配の教師や無駄に話の長い校長先生たちだ。僕は当たり前の反応をしただけじゃないかと、家に帰ってから気付いた。そんな経験から、高校はもっと自由な校風の所に通いたいなと思って、このM高校を選んだのだ。
もちろん、勉強を軽視している訳じゃない。社会に出てもやって行けるように勉強も大切だと思う。そこで簿記を学ぼうと思った。親の知り合いに税理士の先生がいて話を聞いたら簿記を学んだらいいよと勧められた。それが簿記を知ったきっかけだ。この世界は資本主義というもので回っているから、お金の流れを知ることは大切だ。お金のことに詳しい人から金持ちになる。世界富豪ランキングには投資家や起業家ばかりが名を連ねる。みな簿記に詳しい人達だ。僕はそれを見て、簿記だ、簿記しかないと感じた。別にお金持ちになりたい訳じゃないけど、貧しいよりはいい。だから簿記を学べる高校に入った。
「失敗したなーこれ」
パンをかじりながら僕が呟く。後悔、という二文字が僕の脳裏に浮かんでいた。
友達がいないなら、やっぱり高校に来る価値がゼロだ。いや簿記学べよ、と思うかもしれないが、簿記はネットでも学べる。というか、友だちという土台あっての簿記だ。一人で勉強しててもモチベーションなんて上がらないのだ。現に僕は最近、簿記の勉強をお休みしている。簿記二級の勉強をしていたが、くっそつまらないことに気がついてしまった。特に工業簿記がヤバい。配賦差異? 標準原価? なんの役に立つんだ。のれんと言うワードもいまいち理解できない。そんな訳で、勉強にも身が入っていない。
最後の、唯一の希望だと思っていたのが、クラスメイトの西恋寺さんだったのに。満身創痍で学校に来たらとどめを刺された気分だ。もう夢も希望もない。
今後の身の振りを考えながらパンを頬張っていたら、隣の席に一組の男女がやってきて、勉強を始めた。机の上に教科書を広げ、なにやら片方が片方に教えている。
「ほら、ここがこうなって、こうなるの」
「あー本当だ。理解できた。やっぱり二人で勉強するに限るねー」
カップルのそんなやり取りを見て、僕は立ち上がる。
方針がいま固まった。
「よし。学校、辞めよう! そうしよう!」
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