その2

「これじゃなんのために通学コースにして週三日、学校キャンパスに通ってるんだよ」


 僕の通うM高等学校は、通信制高校にして生徒数約九万人を誇るマンモス高校だ。


 運営しているのは海外の超巨大テック企業、Mモビリティ株式会社だ。NYASDAQに上場している。


 M高校では、オンライン講義で学ぶことも可能だし、通学コースで近くのキャンパスに通うこともできる。


 選択によって授業料も変わってくるため、入学時にコースを選択する。


 僕は友達が欲しかったから、比較的友達が作りやすい通学コースを選んだ。


 そしてどんな嫌がらせか、こんな有様になってしまったという訳だ。


「はぁ」


 と僕は大きなため息を吐いた。


 西武池袋線ひばりヶ丘駅を下車して北口を出る。


 バスのロータリーをぐるりと回り込み、商店街へと入って行く。


 周囲を見渡すと、学校指定の制服を着て登校している生徒たちがいた。


 みんな二人以上で歩いている。

 僕は独りで歩いていた。


 気が重い。


 二学期からまた友達作りから始めるなんて僕にはそんな陽キャみたいな芸当はできない。


 最初だから頑張れたのに。

 夢も希望もない。


 それでも学校には足を運ばなきゃ行けない。地獄のような日々が待っている。


 僕の高校生活は、既に決着が着いてしまったのだ。


 完全なる敗北。


 ぼっち飯コース、まっしぐらだ。


「おお、無常……」


 足取りも重かった。


 背中のカバンも心なしかいつもより重たく感じた。中には財布とウィンドウズのノートPC、あとバイト情報誌も入っているから、実際ぼちぼち重いんだけど。


 商店街を抜けてさらに歩くこと約十分。


 高校キャンパスの正門が見えてきた。


 レンガ調で三メートルくらいにまで積み上げられた塀の頂きから、垂れ幕が下がっている。 

 M高校スポーツクライミング部全国大会優勝、ダンス部全国大会準優勝。養殖部シリーズAラウンド一二億円資金調達。


 数多ある部活動の中でも強豪部はこうやって目立つ。


 他の生徒と同じように、正門の中へ向けて僕もゆっくり吸い込まれて行った。


 入った先で出迎えてくれたのは、創立者の銅像だった。


 筋肉隆々で右手に持ったリンゴを握り潰して爽やかに笑っている。握力が自慢らしい。


 創立者の名前はシェンロン・マスク。


 この学校を運営するMモビリティのCEOだ。


 M高校は十年前に創設された。

 創立者がSNS上で突如、


「本場の自由を見せてやる。ジャパン」


 などとつぶやいて、ノリで学校法人を作った。


 だからこの学校の校訓は「自由とノリ」だ。


 創立者の銅像向かって右手に見えるガラス張りの建物が図書館だ。


 三階建てで、地下二階まである。

 一階の中の様子が外からでも視認できる。

 椅子に座って、朝早くからコーヒーを片手に読書をしている生徒たちの姿が見えた。


 僕は銅像向かって左側にある舗装された道を進んだ。

 敷地が広く、道は奥の方までずっと続いている。


 両端を囲っている背の高い木々は秋になると紅葉が映えるらしい。

 九月初めのいまの季節は緑葉が目立つ。


 点々と設置されているベンチに座ってくつろいでいる先輩たちもいる。


 イチャついているカップルは爆発したらいい。


 五十メートルほど歩くと右手にグラウンドが見えてきた。


 野球部のグラウンドは別にあって、ラグビー部とサッカー部、陸上部は同じグラウンドを共有している。


 ここからは見えないけどテニスコートと体育館は向こう側にある。


 左手には西洋建築物がドンと構えている。


 中には大ホールと小ホールがあって、入学式もここで行われた。


 中央に向けて下がっていく構造をしている例のあれだ。


 吹奏楽部の演奏会や演劇部の公演は定期的に催されていて、M校生なら割引チケットで観ることができる。


 その建物の隣に食堂がある。

 三〇〇円でランチができる。


 もう少し歩くと、キャンパス内に二車線道路が走っていた。


 ここの道路には信号があって、自動運転車が走行している。アプリで呼び出してタクシーみたく乗ることも可能だ。


 僕は青信号を渡って、さらに真っ直ぐ進んだ。


 キャンパスはとにかく広い。


 ありったけの資金を投じて作られたのだから当然だ。


 学校の運営費用は、大勢の生徒たちからの授業料に加え、卒業生らの寄付と学内企業の利益配当で成り立っているという。


 右サイドに研究棟や起業した生徒たちが集うシェアオフィスのある建物が並んでいた。


 一年生の僕にはあまり関係の無い場所だ。


 ここで実験したり論文を書いたりしている人達がいる。


 ようやくその次に、一年生の教室のある建物が、同じ右サイドに見えてきた。

 四階建ての三階に一年生の教室があった。


 僕は建物の入口をくぐり、靴を履いたままグリーンの床の階段を上って行く。


 教室の入り口に設置されている端末に手をかざして認証を済ませる。


 これで扉が開く。

 僕の出席が記録されるという仕組みだ。


 教室に入るといっそう気が重たくなった。


 だって横長の机にみんな二人以上で座っているから。


 そりゃそうだよ。


 二学期初日、一人で来る生徒がいる訳ないだろ。


「あー、もう少しだ。もう少しだー」


 一番後ろの席の近くで、変な人らが三人怪しい会話をしている。


 みな頭にHMDヘッドマウントディスプレイを付けていた。

 VRを体験できるデバイスだ。


「あー、見えるんじゃないか? これは見えるんじゃないか?」


 そう言って男らが床に這いつくばって、なにやら鼻息を荒げている。


 何が見えているんだ、いったい。


 傍から見たら、ただの変態だ。


「おおー、ここまで作りこんでくるかこの3Dモデル」

「抜かりないでござるな」

「さすが大手Vプロダクション」


 なんだこの人たち……語尾にござるとか付けてるし。


 ござるはないだろ、ござるは。


 そんな彼らも一応はクラスメイトだ。

 一学期の頃は、こんな奇行に走ったりはしていなかった。


 気の合う者同士が集まって、奇行に走るようになったに違いない。

 三人寄れば馬鹿になる。

 二学期からはそういう世界なのだ。


 一学期のような余所余所しいのはもうない。


 他の人たちも既にグループ化されている。


 つまり、僕が入る余地はない。


 とりあえず僕は、誰も座っていない長机を見つけて、そこに腰を下ろした。


 圧倒的な孤独。


 寂しさを紛らわすためにスマホをいじり倒そう。


 ゲームをやるかSNSをやるか。

 その瞬間だけは、僕の心が少し軽くなる。


 僕はスマホ画面を見るより先に、教室にいる生徒たちをもう一度、ちゃんと確かめていた。


 一学期の頃グループワークで少しだけ話した人が何人かいる。友達と呼べるほどの仲じゃない。知り合いの二歩手前くらいの関係だ。


 その中にいるはずの一人の女子の姿を探していた。


「いないな。休みなのかな。西恋寺さん」


 僕が気になっている女の子。


 西恋寺愛絢さん。


 会ったらいつも挨拶をしてくれるいい子だ。


 なにより可愛い。


 可愛いのは容姿だけじゃない。友達から天然扱いされているところとか、感情表現が豊かで、変な動きで大袈裟に表現してくるところとか、そういうのが僕の心に刺さって、全般的に可愛いのだ。


 気になっている女の子の不在を確かめて、僕は肩を落とした。


「どの道、話せる訳でもないし」


 諦めて、スマホ画面に視線をやった。


 学内チャットのグループチャンネルを何となく眺めていく。


 オンラインの生徒たちが、わらわらとメッセージを投稿していた。


「今日、東京キャンパスでお昼食べに行ける人、いませんか?」


 ぼっち飯撲滅委員会とかいうアカウントがそんな呼び掛けをしていた。


「僕います!」


 などとメンションしたら、飯が食えるのか一緒に。


 そんな勇気は僕にはないし、自分から僕ぼっちです! と名乗りを上げられる人は、既にメンタル強者じゃんと冷めた目で見ていた。


 だいたいぼっち撲滅とは名ばかりの、集まってみたら陽キャばかりがいるパターンなのだ。そんなことを実際に参加した宮繁が嘆いていたっけ。


 そりゃ疲れる訳だ。人間関係に。


 時間を潰すこと約五分。


 教室の前方に置かれている大型ディスプレイがぱっと明るくなった。


 そして向こう側に透き通るような青い海と、白い砂浜が映し出される。


「よーし、みんな揃ってるか。二学期一発目のホームルーム始めていくぞー」


 担任の先生が画面右上からインしてきた。


 サングラス姿でサーフボードを脇に抱えている。肌は日に焼け、こんがり黒くなっていた。


 いつものようにオンラインビデオでの参加だ。


「先生は今どこにいるか分かるかー? 分からなくても、なんくるないさー、シーサー」


 なんだよこのテンション。


 誰もがそう思ったはずだ。


 前方に座っている生徒たちが笑い声を上げて反応する。


 後ろの席に行くほど熱がなくなっていく。

 しーん、となる。


「じゃあまずは、出欠を取っていくぞー」


 先生がそう言って、サーフボードを後ろのベンチに立て掛けた。


 ベンチの上に置かれているタブレット端末を手にして、出欠を確認していく。


「おーい。どうしたんだよ、八人も来てないじゃないか。学級崩壊かよ。どういうこと? 夏休み気分がまだ抜けてないのかなー?」


 それはお前だ。


 誰もがそう思ったはずだ。


 やはり前方だけで笑いが起こる。


 学校を楽しんでいる生徒から前の方に座っている説さえある。


 この学校では、生徒だけじゃなくて、先生も自由だ。M高校の先生はその多くが社会人をする傍らこの学校で生徒たちを指導している。


 指導というか、よく分からないノリを教えている。


 各科目ごとの授業は講師と呼ばれる専門家が別にいて、動画で学習するので担任の先生とは棲み分けがなされている。


 一年三組、僕らの担任の先生は元ミュージシャンで、いまは生き方コンサルタントとか言う怪しい肩書きで世界を旅して回っているらしい。


 ネットのコラムが人気でM高校からオファーされてやって来たと、一学期の挨拶の際に話していた。


 僕は下らないと思って、鞄からバイト情報誌を取り出し、今度はそれを眺め始めた。


 同居している姉にバイト探せと言われていたんだった。


 どうせ時間は腐るほどある。


 バイトして金でも稼いだ方が幾分、生産的というものだ。


「お前ら夏休みはどうだった? 青春キメたかー? 薬はキメるなよー」


 先生の楽しげな話し声が、バックグラウンドミュージックみたいな感じで耳に届く。


「有意義に過ごしたやつも過ごさなかったやつも、人生は一度きりだから。この学校でできることはなんでもやれ。このアホみたいに自由な環境を使い倒せ!」


 浜辺の暑さのせいなのか。

 もともと暑苦しい性格なのか。


 そんな感じのことを話していた。


 しばらくして先生が手をパンと打ち鳴らした。


「はーい、じゃホームルームはこんくらいにして、そろそろ授業入るか。いい波が来そうだ」


 授業になったら、みなそれぞれやりたい科目を、やりたいペースで、やりたいように勉強する。


 グループワークがない日は、そんな感じだ。


 分からないことがあれば、チャットで担当の講師やサポートの人に質問する。


 そして先生は、サーフボードをまた脇に挟んだ。


 海に繰り出そうとしている。


「ああーそうだ。一応、報告しとくか」


 先生がサングラスをかけ直し、そう言った。


「本日、登校していない西恋寺さん。西恋寺愛絢さん。彼女、学校辞めるってよ」


 いかにも軽い口調だった。


 風邪でお休みです、くらいな感じで。


「なんでも父親が経営している飲食系の会社を継ぐらしいぞ」


 おぉーと歓声が上がる。


 二代目社長だとか、社長令嬢だったのかとか、他の生徒たちがそんなことを口々に言い合う。


「まあ、高校なんてのは社会に出るまでの前座みたいなもんだからな。さっさと社会に出て頑張るのは良いことだ。この学校は去る者は追いません。全部、自由です。卒業おめでとう」


 先生が拍手を始めた。


 待て待て待て待て。


 僕は後ろの席で、思い切り首を横に振った。


 机の両端を掴んで、腰を浮かせる。


 とんでもない報告、最後にさらっとされた。


 西恋寺さんが辞める?


 冗談よせよ。


 一学期は普通に友達もいて、楽しそうにしてたよ。


 一番辞めそうにない雰囲気放ってたんだけど。


 なんの前触れもなく、辞めたの?


 どうして?


 僕が混乱していると、先生が話を締めた。


「創立者のシェンロンもこう言っています。さっさと働いて金を稼げ。あとイノベーション起こせ。てな感じで本日のホームルームは以上。うおおっ、ビッグウェーブが来たあああ!」


 そう言い残して、画面がぷつりと切れた。


 チャイムが鳴った。


 ホームルーム終了の合図だ。


 その合図を受けて、みなパソコンを開き、自らの授業に取りかかる。


 オンラインで話しをする生徒たちは席を立ち、会話ができる別室へ移動を始めた。


 僕は目まいに襲われ、足がふらついた。転ぶように背後の椅子にもたれかかる。


「……本当なの? どうなってんのさこの学校」


 やっぱりデスゲームじゃないか。

 もういっそデス高とかに改称したらいいのに。


 みーんな消えて行くじゃん。


 友だちも。気になる女の子も。


「まじかー」


 天井を見上げぐったりする。


 残り三くらいだったライフポイントが、いま尽きてしまった。


「じゃあもう、僕も辞めよかなー」


 そんな考えが芽生えた。

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