その21

「どうもー、初めまして。九一の姉です。弟がいつもお世話になっています」

「WEBデザイン部の副部長をしている木村です。よろしくお願いします」


 オンラインMTGが始まり、互いに挨拶を交わす。参加者は全部で六人いた。僕とゲスト参加の姉、そしてWEBデザイン部が四人。開始時間になって順次、ルームに入室してくる。


 制服姿の生徒たちを見て、姉が言った。


「若い子がたくさん! いいわねー。お姉さんも戻りたい。あの頃に。もう戻れない」

「今日はお時間を頂いてありがとうございます」


 副部長の木村さんが頭を下げる。

 お団子頭の、目がぱっちりしている可愛い先輩だ。三年生と聞いている。


「お仕事中ですか?」

「そうなの。出先のカフェから繋いでます。このあと商談が入ってるから、三十分くらいで失礼しますねー」


 スーツ姿の姉が、フレンドリーな口調で答えた。


「ほら、この弟だけじゃ心配でしょ。なんかぼーっとしてるから、この子」

「いいよ。そんなこと言わなくて。ぼーっとしてないし」


 保護者みたいなこと言い出した。呼ばなきゃ良かった。

 参加したいって言われたから、リンク教えてやったのに。


「デザイン部の橘さんから話を聞きました。お店のホームページを見て欲しいって。私たちも興味があって、ぜひお手伝いしたいなと」木村さんが笑顔になる。

「んじゃ、とりあえず九ちゃんから説明してもらっていい? 私も細かいこと聞きたいから」


 僕が「うん」とうなずいて続けた。


「お店のリンクはこれなんですけど」


 店舗のURLをチャット欄に張り付ける。


「このホームページです。スマホで見ると表示が崩れちゃうんです。それ以前の問題もあるので、そこも見て欲しくて。例えば、メニューが全部載っていないとか、もう提供してないメニューが逆に残っていたり」

「このホームページ更新が止まっていますね」


 木村さんが言った。


「これって、どういう形でサイト管理してるんですか?」

「それは調べました。このサイトはWi‐Spaceっていうサービスで運用されています」


 そのサービスが紹介されているURLも、追加でチャット欄に張り付ける。


「ログイン情報もあるので渡せます。このサイトの利用料でいま月額二万五千円払っています」

「え、そんなかかってんだ」と姉。

「あまり聞かない業者ですね」


 木村さんがそのあとに続く。


「高いと思うなー。これに年間三〇万は」


 姉が感想を述べる。


「確かに」


 と木村さんをはじめ、WEBデザイン部の人らも、次々に同意する。料金が高いらしい。


「ワードプレスだと安いですよ」


 と木村さんが言った。


「それでいい気がする。修正とかもお金かかりそうだし」と姉。

「一つ質問いいですか。ワードプレスと、この今のサービスだと、なにが違うんですか?」


 僕が気になったことを尋ねてみた。すると姉が、先に返事をくれた。


「この業者のホームページ見るとSEOに強いとかサポートを手厚くするとか、その点が売りみたい。でも更新しないなら、あってもないようなものよ。個人的にはこのSEOに強いとか、どこまで本当かも怪しいかな」

「違いで言うと、セキュリティ面や、更新をする担当者がどっちを使い易いか、なんかでも変わってきますね。ワードプレスは難しいって人もいるので」


 木村さんが情報を付け足した。各企業が提供している有料のCMSサービスは無数に存在していて、サービス料もまちまちだと言う。対してワードプレスは特定企業が提供しているサービスではなく、オープンソースだから、誰でも無料で自由に導入することが可能だ。


「ネット世界の公共サービスみたいなもの」


 と姉が言った。


 有志の人たちによって運営が行われているらしい。かかる費用はサーバ代とドメイン料金くらいだ。月額一五〇〇円程度の負担で済む。料金が安く済む反面、自分でなんとかする精神が求められる。手厚いサポートもなければ、セキュリティ対策も自分でやる。


 その話をWEBデザイン部の人たちが教えてくれた。


「日本の場合はワードプレスで運営している企業が多いんです。七割くらい。それもあって更新担当者を外部から見つけやすいというメリットもあるんですよ」


 木村さんがそう言った。


「ワードプレスでよければ、リニューアルも含めて私たちが全部お手伝いします」

「全部ですか?」

「はい。まるっとやれます。その後の運用についてもお店側で更新ができるようにマニュアルも用意しますし、サポートも任せて下さい。その代わりと言ってはなんですが……。ちょっと画面共有してもいいですか」

「どうぞ」


 WEBデザイン部の人たちが、プレゼンテーション資料を画面に映した。


「今回のホームページのお手伝いをする代わりに、このWEBデザイン部公式のサイトに事例として掲載させてもらえると嬉しいです」

「事例?」

「こう言うの作りましたって、対外的にアピールするための実績作りですね。ちなみに今後は有料で依頼を受けていこうと思っているんですが、まだまだ企業からの依頼が少なくて」


 掲載許可さえ出せば、今回は無料でいいよ、という話らしい。悪くない提案に思えた。WEBデザイン部の事例紹介というページには、まだ二つしか掲載がない。


「西恋寺さんに確認を取りますけど、それくらいなら、たぶん大丈夫だと思います」

「この事例はあなたたちが作ったの?」


 姉が関心を示した。マウスをかちかちしながらサイトを見ている。


「はい、そうです」


 木村さんがうなずく。


「分業でやっています。レイアウトを決めて、デザインまで作る班と、ワードプレスに落とし込む班がいまして」

「へぇ。良くできてる。有料のテーマ使ってるの?」

「整骨院のサイトは無料テーマをカスタムしました。もう一つは有料テーマベースですね」

「いまより断然いい。決まりでいいじゃん。ねえ九ちゃん」

「西恋寺さんにメッセージ送ったら、お任せって返事がきた」


 僕がチャット画面を見ながら答えた。


「ありがとうございます。みんなで頑張ります」


 木村さんがえくぼを浮かべて微笑んだ。いい先輩だ。


「そう言えば、私の会社でもホームページの相談されることあるんだよねー」


 姉が思い出したような口調で言った。


「もしかして、そういうの任せても大丈夫だったりするの? あんまり予算取れないクライアントは基本的に断ってるんだけど。安くても良ければ、お願いしたいかも」

「ほんとですか。行けます。作りたいメンバーたくさんいるので」

「デザインだけはこの事例ぐらいは欲しいんだよね。クオリティの話で」

「もちろんです。デザイン上手な子も在籍しているのでその子に頼みます。メンターの先生がデザイナーで、厳しくチェックしてくれます。他に掲載していないサンプルなんかもあります」

「おっ、んじゃあ、後ほど見せてもらいたいからリンクをこのアドレスまで送って下さいな。あなたたちの部を活用したいかも。閃いちゃった」


 姉が悪い女の顔になって、そう呟く。ブラック企業の下請けみたいなものが爆誕した。


「制作の段取りについて確認ですけど。いいですか」


 木村さんが話を戻した。


「制作するにあたって必要なのは、画像とサイトのイメージ、これはふんわりしたものでもいいです。あとお店を紹介する文言などで変更点があれば教えて頂きたいんですけど、いまのサイトをベースにいったん作りますか?」

「写真は撮る予定です。なので新しくしたいです。データを入手したら送る形でいいですか」

「もちろんです」

「イメージやお店の紹介文は……」


 僕は黙った。すぐ出てこない。


「とりあえず西恋寺さんたちと話します」

「いいですよ。ヒアリング用のシートあるので、そっちに書いて頂けると助かります」


 チャット欄にスプレッドシートのリンクが貼られる。必要な項目が並んでいる。ここを埋めて提出すれば良いのだと理解した。


「写真っていつ準備できるの?」


 と姉が僕に尋ねてくる。


「いつだろ。僕は聞いてないけど」

「じゃあスケジュール管理は九ちゃんがやったらいいんじゃない? いつまでに完成させるか決めておいた方がいいよ」

「分かった。撮影日とかも確認する」

「あとドメイン移せるか、いまのサイトの業者に聞く必要があるんじゃない」

「ドメイン?」


 ドメインとは、インターネット上の住所のことだ。

 具体的にはhttps://aaya-tonton.comの「aaya-tonton.com」の部分。


「これ独自ドメインでしょ。たぶん料金はお店側が負担してるよ。で、この業者のCMSからワードプレスに引っ越しできるか確認しなきゃ。可能なら引き継ぐのがいいと思う。ドメイン変えると面倒だよ。色々なサイトの情報を変更しなきゃ行けなくなるし」

「具体的になにするの?」

「この業者にメールで聞いてみたら」


 姉がそう言った。


「連絡先、知ってるんでしょ」

「分かるけど、僕がメールするの? 会社の人にメールとか送ったことないんだけど」


 プライベートでGアカウント自体は持っている。でも誰ともメールしたことがない。だってチャットがあるから。ログインしているサービスのメルマガとかだけ、やたらと届く。


「メールで仕事やらない世代か。お姉ちゃんも年取ったなー」


 姉がため息を吐く。なに昭和生まれみたいな台詞吐いてるんだろう。あんた平成生まれだろ。


「とりあえず、気軽に送ってみたら? お店の担当者ですって言って」

「なんか堅苦しい挨拶とか、よく分からないしなぁ」

「簡単だって。あんなの特に意味ないから。お世話になっています、鳥羽です。みたいな。テンプレートでいいよ」

「なくてもいいの? チャットみたいな感じで」

「お客さん側だったらいいんじゃない。売り手だったらお客減るよ。やべー会社だって思われて。商機を減らしたらダメでしょ。おっちゃん世代に合わせるゲームなの。ビジネスは」


 姉のビジネス論が飛び出した。


「あとでお姉ちゃんが教えてあげる」


 結局、業者に堅苦しいメールを送ってみることに決まった。サイト解約したい旨とドメイン引っ越しできますか、といった内容で。


「あと、表示崩れもついでに直してもらえばいいんじゃない?」


 姉の提案でその内容も盛り込んだ。



 後日、業者から返信が届いた。

 ドメイン変更は可能だった。

 そして表示崩れを直すには、修正作業料がかかる旨が、メールに記載されていた。

 併せて見積書がPDFで添付されている。

 税込で五万五千円かかるらしい。


 姉にそれを伝えたら、


「かかるのか。じゃあ修正は辞めよ。どうせリニューアルするんだし」


 と提案された。

 その提案に従い、現状のHPの修正依頼は見送る形にした。


 ただ残念なことに、定期契約の更新は三カ月ごとに行われていたらしく、既に期日を過ぎていたという理由で三カ月分の利用料を最後に一括で請求されることが判明した。

 この料金が七万五千円。


 非常に悔しい思いだったが、利用規約に書いてあるので諦めた。


 請求書に記載されている口座へお金を振り込んでもらえるように、経理担当の五十嵐さんに伝えた。ビジネスの世界は食うか食われるかだなと、僕は改めて学んだ。


 ともあれ、こうして僕はHPの運営費を圧縮することに成功したのだ。

 月額二万五千円は馬鹿にできない。

 経費を見直すって大切だ。

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