僕と彼女の簿記<ぼっき>事情

はやし

プロローグ

 僕の住む町に不審者が現れた。


「おーい、ここだよ。おーい」


 手を振って近づいてくる男は赤黄青、三色で彩られた全身タイツに身を包んでいた。頭頂部まですっぽりとタイツで覆い隠されている。もちろん顔の特徴は掴めない。逆三角形の水泳選手のような逞しい肉体をしており、野太い声で呼び止めてくる。


「やっと追いついた。どうだい? 俺と一緒に、いまからぼっきしないか?」


 そう言って指先をくねくね躍らせて、誘ってくるらしい。

 呼び止められた女子生徒が逃げ出すと、男は追いかけてくる。


「待って、俺とぼっきしようよ。ぼっきがしたいんだ!」


 その様子を誰かが二階の窓からスマホで撮影していて、SNSで動画が共有シェアされていた。十万くらい「いいね」が押されていた。


 不審者はすでに幾度もこの町に出没して、そのたびに学生を追いかけ回しているらしい。目的が不明で神出鬼没。夏の暑さに頭がやられた説がいまのところ有力候補だ。


 警察は住民に呼びかけを行っている。

 ネット上では野生の変態だとか、ぼっきの伝道師などと呼ばれ、ネタにされている。


「もし見かけたら逃げるようにしましょう」


 学校の運営委員会からも注意喚起があった。チラシが配られていた。


 ちなみに僕は簿記を勉強中だったこともあり、この不審者はもしかしたら簿記を学びたいんじゃないだろうかと、そんなことを考えた。


 でも「簿記」と「ぼっき」は全然違うので、たぶん不審者なのだろう。

 早く捕まれば良いと思った。

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