第四章 固定費削減とコスプレ
その17
妙子と教室で飯を食うことになった。西恋寺さんも一緒かと期待していたら、午前だけ学校に来て帰ってしまった。なんでもお昼から調理師希望の人と面接予定が入ったとのことだ。
店頭にある張り紙を見て昨日、電話がかかってきたらしい。
「常連のお客さんぽいよ。お店の雰囲気がいいなって思っていたんだって」
妙子が追加の情報を教えてくれる。
「そうなんだ。西恋寺さん、大変そうだね」
僕が週二日バイトに入ったところで、水金は西恋寺さんがお店に出ないと店が回らない。結局は、あと一人バイトが見つからなければ週一しか学校に顔を出せないのだ。西恋寺さん完全復帰まで、もうしばらくは時間を要するだろう。
僕と妙子は教室のテーブル上にお昼ご飯を広げて、頂きますをした。
妙子は母親手作りの可愛らしい弁当だった。タコさんウインナーが入っている。僕はコンビニで買ってきたレンチン牛丼と、350mlの冷たいお茶。
食べ始めてすぐに、初めて見る女子が教室に入ってきた。
「
妙子が手を挙げて女子を呼ぶ。すると、その女子がこちらに気付き、駆け足で寄ってきた。
「妙子ちゃん。お待たせ」
「ほら隣、座りなよ。あたしたちもいま食べ始めたところ」
「じゃあ失礼します」
そう言って妙子の隣に着席した。小柄なショート髪の女子だった。
座った後に、女子がこちらに視線を送ってくる。
「この冴えない男が鳥羽くん。九っちって呼んでいいよ」
「どうも。九っちこと、九一です」
「橘朱音って言います。よろしくお願いします」
なんだこの状況。女子が女子を呼んできたぞ。とりあえず挨拶したけど、僕は混乱した。
「朱音ちゃんはね、デザイン部なの。チラシ作るの手伝ってくれます」
「へー、そうなんだ」
ようやく事態を飲み込めた。
「じゃ、さっそく作戦会議と行きますか」
妙子の呼びかけで、チラシの話題が始まった。目的はお店の周辺に配るためのチラシ制作と、メニュー表をリニューアルすること。デザイン部がデザインを完成させて、それをネット印刷業者に依頼して一〇〇〇部とか一万部とか刷る。業者に依頼するにもデータ形式というのが決まっているようで、どの業者を使うかの確認もしていた。
お店の周辺に配るチラシについては、僕が効果を図りたいと伝えた。印刷代にお金がかかるなら、どれだけ効果があるのか把握したい。
結果的に一〇〇円引きのクーポンをチラシに入れる案で決まった。チラシを持ってきてもらえば、チラシを見て来店してきたのだとすぐ分かる。
「じゃあキャッチフレーズとかは妙子ちゃんたちが考えてくれる形でいい?」
橘さんが尋ねた。
「もちろん。絢ちと相談しながら用意するね」
「文字原稿と、あとお店の画像も欲しい。サイズも大きい方が助かる。もし、素材が足りなければフリー素材探したりはできるから。レイアウトも希望があれば、それも教えて」
「おっけー。写真だけどさ、カメラ部に聞いてみたら撮影してくれるって。メニューも同じ日に撮影すると思うから、素材の準備ができたら朱音ちゃんに送るね」
「うん。分かった」
「なんかいろんな部の人と仲良くしてるけど、妙子は結局、なに部なの?」
と僕が疑問をぶつけた。すると妙子がなぜそんなこと聞いてくるのか不思議そうな顔になる。
「あたし帰宅部だけど。塾あるし。いいじゃん、色んな部の人と仲良くなっても」
「まあ、そうだけど」
「あんたも参加してみたら。グループチャットは普通にオープンなとこ多いよ」
「いや、僕は簿記部だけで十分だよ」
妙子は色んな人と会いまくることに抵抗がないらしい。僕はそんな器用なことできない。
交友関係は狭く深く、が僕のポリシーなのだ。
「ところでさ、ホームページの件だけど」
僕が別の話題に切り替えた。
「お姉さんに聞いてくれた?」
「聞いたよ。不評だった」
「それで、修正はしてもらえるの?」
妙子が期待混じりに尋ねてくる。僕が小さく呻いた。
「うーん、渋い。ログイン情報を探して、とりあえず僕がやれたらと思う」
「お願いしたらいいのに」
「カレーじゃ動いてくれなかった」
「交渉力ないな。あんた」
そうは言われても。面倒なことを姉に押しつけるのは気が引ける。
「このホームページさ、せめてTOPの画像は変えた方がいいと思うから、写真撮影の際にホームページ用の素材も撮っておこうか」
妙子がスマホでホームページを表示して、そう言った。
TOP画像は入れ替える方針だ。とんかつ屋らしからぬイメージなので致し方ない。
西恋寺さんの幼少時のモノクロ写真が、なんとも言えない哀愁を漂わせていた。
「わたしWEBデザイン部の子、知ってるよ」
妙子のスマホ画面をのぞき込みながら、橘さんが小さく手を挙げた。
「WEBデザイン部? デザイン部じゃなくて? ホームページ修正できるの?」
妙子が興味を示す。
「私たちの部はグラフィックデザインがメインだから、チラシとか看板のデザインやってる。あとWEBのバナーとか広告も作ったりしてるよ。WEBデザイン部はホームページのデザインを制作してて、プログラミングできる人も多いの。掛け持ち組も結構いるし」
「へえ、まあ色々あるよね。デザインって一言で言っても」
「うん。だから話を通せるよ。妙子ちゃん、どうする?」
「じゃあさ九っち。その人たちと会って話しなよ。この画面バグ、修正してくれるかも」
「僕が? WEBデザイン部に?」
「そうだよ。あんたの役割だって決まったじゃん」
「そうだけど」
「あんた簿記とか言うのやってるんでしょ。バイトもあるんだし、人にやってもらえるものは、やってもらった方がいいよ。自分でやるとか、あんたプログラミングそんな詳しいの?」
「ちょっとは知ってるよ。とりあえず自分で見てみようと思ってたんだ」
「学習してる時間がもったいないって。餅は餅屋って言うじゃん」
「分かったよ。じゃあ、話してみる」僕がしぶしぶうなずいた。
やってもらう方が楽なのは理解できる。だけど自分でも一ミリも理解していないものを、他の人にやって下さいと言うのは、なんだか違う気がする。まさしく丸投げだ。それ僕の役割なのか? という気がしたけど、言い争いたくないので、ひとまず言葉を飲み込んだ。
「じゃあ、また連絡するからメッセージ先教えてもらえると……」
橘さんが僕に言った。スマホを取り出す。
僕は橘さんとLINE交換を済ませた。女子の連絡先が一つ増えた。
これがビジネスの力なのか。悪い気がしないなと、僕は思った。
「あとさ、SNSもやるよ」
妙子が別の話題を持ち出す。
「インスタは絢ちが自分で発信することになったから」
インスタのアカウントだけは既に存在している。ただ、どうでもいい紹介文とつまらない写真しか投稿されておらず、二年前からは更新も止まっていた。
「ちゃんとコンセプトを決めないとダメだって教えてもらったの。伸びるやり方を絢ちに伝授してもらう作戦で行くから」
「知り合いがいるの?」
「いるよ。フォロワーも多いんだよ。一〇万人くらい」
「ほえー」
妙子の交流の幅が広くて、改めて感心してしまう。陽キャかな。
「じゃホームページはよろしくね。九っち」
食事を終え、去り際に妙子がそう繰り返した。
「やること多いな。ほんとにうまく行くのかな」
僕がそんなことをぼやく。色々な人に手伝ってもらえるのは有難いが、上手くいかなかったときが正直、心配だ。手伝ってもらっておいて失敗しました、なんてがっかりされないだろうか。あと結構ダサいぞ。
すると妙子が、僕の背中をきつめに叩いた。
「なに弱気になってんの。やって見なきゃ分からないから取り組むんじゃん」
「ですよね。はい」
「とにかくやるの。失敗したらその次考える」
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