枕元

「はぁー」


 お昼に静音と別れた僕はもうすぐに学校を早退し、家の方に帰ってきた。


「疲れた」


 そんな僕は迷いなくベッドの方に体を預ける。


「……環奈の匂いがする」


 それで、僕の鼻孔をくすぐるのは甘ったるい環奈の匂いだ。

 枕にも、シーツにも、環奈の匂いがべったりと染みついている。

 

「……べちゃべちゃ」


 昨日、環奈がよだれを垂らしまくっていた枕は一日どころか二日たった今でも、若干湿っている。


「綺麗にしないとな」


 雑菌が繁殖しそうだ。


「……でも、今日は良いかな」


 もう今日は何かをするような気分でもなかった。


「必要なことだった」


 間違いなく、今日この日に行ったことは僕という人間において重要だった。

 僕も、向こうも、将来は結婚することもあるだろう。子供を持つこともあるだろう。

 そんな中で、これまで通りの仲でずっと生きていけるわけじゃない。

 永久に二人でいれるわけじゃない。そうなりたかった……でも、なれなかった。

 だから、何時かは清算しなきゃいけなかった。


「……それが」


 それが例え、静音も、環奈も、裏切るような最低な僕の弱さからだったとしても、


「ごめん、環奈」


 逃げてしまった。そして、環奈に甘えてしまった。全部を、自分の汚いところを環奈へとぶつけてしまった……それでも、それでも、環奈は僕が好きだと。

 だからこそ。


「環奈のこと、好きになれるかな」


 僕は、君と向き合ってみようと思うよ。

 不器用で、無様な自分なりに。


 ■■■■■


 クラスの中でも目立つことはない陰キャの少年。

 それが輝夜だ。

 だけど、だからと言って、そんな輝夜のスペックは決して低いわけじゃない。

 理系科目の成績は常に学年でもトップクラスであり、それを大っぴらにしたことはないが、運動神経は抜群。喧嘩の類であれば、負け知らず。

 そんな輝夜は寝ている自分の傍に誰かが立てば、すぐに気づける。

 闇討ちにも問題なく対応できるような、そんな超人じみた能力まで持っていた。


「……輝夜」


 だけど、そんな輝夜であったとしても、彼女だけは気づけない。

 枕もとに誰かが立っていれば、すぐに気づける輝夜は、静音が枕もとに立った時だけはそれに気づけない。

 今もこうして、環奈の匂いが染みついたベッドの上で眠る輝夜は、自分の枕もとに立つ静音には気づけなかった。


「……なんで?」


 静音はそっと、輝夜の髪を撫でる。

 これだけのことをしても、輝夜は静音の存在にまるで気づかず、呑気な寝顔を晒していた。


「……勘違いしちゃったんだよね。だから、もう勘違い出来ないように……私以外はもう見れないように」

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