学校

「はぁー」


 なんてことはない、ただの一日。

 いつものように通っている帝商高校で一日の授業を終え、放課後となった僕は今、深々とため息をついていた。


「はぁー……また、昨日も告白できなかった」


 その理由は簡単で、昨日、自分の幼馴染である静音に告白できなかったことを今日もまだ引きずっているのである。

 あー!もう、マジで自分がゴミだねっ!

 小学生の頃から好きで、ずっと告白しよう!告白しよう!と思っているのに、一向に告白できない雑魚!もう告白しよう!と思うきっかけが夜の満月が綺麗でロマンティックだったから、というところまで下がっているのに告白できない。ゴミ野郎だよぉ!僕はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

 告白したかったのに、その勇気が出ずに、月が綺麗ですね、とかいう謎の感想を言って終わったし。

 お月見しているじゃん。

 告白しようと思ったのに。

 何をしているのだろうか?僕は。馬鹿じゃん。愚か者じゃん。


「はぁー」

 

 なんてことを考える僕は人気のない新校舎から旧校舎に繋がっている渡り廊下を進んでいく。

 そんな僕の手に握られているのは大きなゴミ袋だ。

 これは『めんどくさい』が口癖の最低最悪の我らが担任から押し付けられた仕事。

 数年前に建てられたばかりの新校舎の方にはなく、もうさほど使われていない旧校舎の方にしかないゴミ捨て場。

 そこへと捨ててくるよう頼まれたゴミ袋である。


「よいしょっ」


 えっちらおっちらとそのゴミ袋を持って旧校舎の方も横断して一番端っこにあるゴミ捨て場へとようやくきた僕はそれを閑散としたそこに投げ入れる。

 これでミッションコンプリート。

 担任から託されたゴミ袋は無事にゴミ捨て場へと捨てることが出来た。


「帰るか」


 今日、頼まれた仕事はこれだけだ。

 無事に学級委員としての仕事を終えられた僕は満足げに頷いて、正門のある新校舎の方に向かって行く。


「……地味に遠い」

 

 同じ高校の中であるとはいえ、旧校舎の端から新校舎へと行くまでにはそこそこ時間がかかる。

 この道のりを何故、僕が歩かなきゃいけないのか……若干の理不尽さを感じ始めた僕はそれでも、正門に向かって歩き続ける。

 というか、そうしないと帰れないし。


「……静音っ」


 そんな中で、僕は旧校舎の方に静音の姿を見つけて足を止める。


「……なんで?」


 ちょっと用事があるから先に帰ると話していた彼女が何故、旧校舎にいるのか。

 それが気になった僕は何気なく彼女の方に近づいていく。


「……っ」

 

 そんな僕は、静音の方に近づいたことで見えてきた彼女の対面に立っている男の子の人の姿を見て、足を止める。


「好きです」


「……ッ」


 そこでは、見知らぬその男の子が静音へと告白しているところだった。


「一目見た時から好きでした!付き合ってください!」


「……ぁ」


 僕が何度もやろうとして、結局できずにいるその行為を見て、口を震わせる。

 それでも───。


「ごめんなさい。私、彼氏がいるの」


「えっ?」


「えっ……?」


 告白に対する静音の答え。

 それを聞いた対面の彼の言葉と、僕の言葉が重なる。


「だから、貴方とは付き合えないわ。ごめんなさい」


「……そう、ですか」


「それに、貴方と私は初対面のはずで───」


 静音と、その対面に立つ男の人の声が自分の意識から遠のいていく。

 

「……ッ」


 嘘だ。 

 ……。

 ……………。


「……そんな、わけない」

 

 これまで、静音が告白されている場面に遭遇したこともある……その時は、彼氏がいるから、と逃げるのではなく、真正面から『無理です』と断っていた。

 静音は相手の真剣な言葉に対して、軽々しく嘘の方便を使って逃げるようなことはしない。

 つまりは、きっと、あの静音の言葉は本当だ。


「……嘘」

 

 それでも、それでも、それでも。

 これまで、僕はずっと静音とずっと一緒にいて……それで、昨日も一緒に帰って、一度も、彼女から彼氏が出来た、なんて言われたことがない。

 それに、そんな素振りだって一度も───ッ!


「は、はは……」


 いや、でも、そっか……静音は、可愛くて頭も良くて、おまけに運動神経もいい完璧超人さんだ。

 彼氏くらい、いるかぁ……。

 僕が、いくら幼馴染だからと言っても、静音のすべてを知っているわけじゃない。それは、傲慢と言うものだ。


「そう、だよね」


 だから、そう。


「彼氏、いるんだぁ……」


 彼氏がいたとして、僕が驚くことも、ない。

 どうせ僕は一度も、静音に告白していないのだし……いや。

 むしろ、……むしろ、良かったよね。

 昨日、告白しないで。

 昨日、告白していたら、振られていたのは僕だったのだ。彼氏がいるからと言って断れて、これまでずっと続いていた幼馴染という関係性そのものが終わってしまう。

 そんな、ことに繋がってしまうのだから……。


「……ひっぐ、えぐっ」


 そんな情けないことを考えながら、……僕は一人、ズルズルとその場で崩れ落ちてしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る