胡蝶の金姫

 僕のネッ友である環奈が学校で胡蝶の金姫と呼ばれていた件。


「……マジかぁ、ちょっと本気で信じられない」


 朝と同様。

 昼休みに入ると共に一人で男子トイレへと赴いて出てきた僕は今、ここでも聞こえてくる環奈の噂話を聞きながら、感嘆の声を漏らす。

 ここまで環奈が学校で有名だとは……引きこもりの癖に。

 どういう状況なんだよ。まったく。僕はもう驚くことしかできないよ。数回来ただけで有名人になるとは……美人だとは思っていたけど。


「輝夜」


 なんてことを考えながら僕がトイレを出た瞬間、名前を呼ばれると共にいきなり腕を引かれる。


「……ありゃ?」


 そして、それで視線を向けてみれば、深々と帽子をかぶって髪を隠した人物が僕の服の裾を掴んでいた。

 うちの学校の校風は自由。

 帽子をつけて学校にいる人も珍しくないし、その校風故に若禿の面々が入学してきたりもする……ただ帽子をつけた人に呼ばれたくらいで驚きはしない。


「……環奈?」


 だけど、その人物が学校中で噂になっている環奈だというのなら、少し話も変わってくる。


「来て」


「あっ、ちょっと」


 僕が驚いている間に、環奈は僕の手を引っ張ってズンズンと先へ先へと進んでいく。


「ふー、ここなら良いわね」


 そして、そのまま人気のない階段下にまでやってきたところで、環奈は足を止めて深々と息を吐きながらこちらの方に視線を送ってくる。


「びっくりしたわ……まさか、私が学校にいるだけでこんな大騒ぎになるなんて……!」


 帽子をとり、その金髪を晒す環奈。


「それだけ君が学校に来ていなかったってことだよ」


 そんな彼女に対して、僕は言葉を投げかける。


「ねぇ?胡蝶の金姫」


「ちょっと!その呼び方辞めて!あんな呼ばれ方されているなんて全然知らなかったわ!余計に学校へと着ずらいじゃない……!」


「いや、わかる。僕もそんな有名人と一緒にいたくないよ」


「えっ!?ちょっ……!」


「お姫様を守る騎士なんて僕の柄じゃないよ。使っているキャラだって基本的には紙装甲の魔法特化キャラであることが多いし」


「いや!貴方はその上で全部避ければいいから!とか言って前に行くじゃない。ちゃんと私の騎士としてお姫様のこと守ってよ?」


「自分で自分のことを姫って言うの恥ずかしくない?」


「めっちゃ恥ずい」


「あっはっは」


 少し頬を赤らめながら断言する環奈を笑い飛ばす。


「環奈とこうして学校で話す日が来るとは思わなかったよ。おはよう、環奈」


「……っ、ええ、おはよう。逢いに来たわ」


「待っていたよ」


 知り合ってから数年。

 同じ高校だと判明してからもしばらく。

 ようやく、僕は環奈と学校で挨拶を交わすのだった。

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