お風呂

「……お風呂、お風呂入りたいなぁ」


 この家に来たときは、お風呂に入った。

 普通にリビングの方にもいたし、ソファで寝っ転がりもした。

 でも、今の僕はまた、静音の時と同じような一室の中に閉じ込められ、そこから一歩も出られないような状況だった。


「……お風呂入りたいなぁ」


 また、お風呂に入れていない。ずっと。

 ……。

 ……………。


「はぁー」


 ぼーっと、何もない部屋の中で一人、時間を潰す僕はお風呂に入ったときのことを思い出して一人、ため息を吐く。


「……」


 そして、また、僕はそんな自分の考えを打ち消すかのように、何も考えないよう努めていく。

 考えるだけ無駄だ。


「お風呂に入ろうかっ!」


 なんてことをしていた中、急に僕が閉じ込められている部屋の扉が開かれる。

 そして、姿を現したのはその脇に何かを抱えた環奈だ。

 

「……何?」


 僕はそんな環奈を眺める。


「急にどうしたの」


「ほら、お風呂に入りたい、って言っていたでしょ?」


「……あぁ、そうだね」


 今更、この部屋が盗聴されていることに驚くようなこともないか。


「だから、一緒にお風呂へと入ろうと思って」


「それはありがたいな。ずっと、お風呂には入りたかったから。やっぱり日本人としては毎日お風呂に入りたい」


「そうだよね?ごめんね、本当はもっと入らせてあげるつもりだったんだけど……輝夜と過ごしていると、時間間隔がもう完全にゼロになっちゃって……それに、ほら。輝夜からは常にいい匂いしかしないのもあるし……完全にお風呂のことを忘れちゃってた。ごめんね?」


「……別に大丈夫だよ」


「ほんと?ありがとっ……それじゃあ、お風呂に入ろうか!」


 僕の言葉に頷いた環奈はその脇に抱えていたもの……空気で膨らませたかなり大きめの子供用プールをこの部屋に置く。


「じゃあ、お湯を入れていくよ」


 そのプールの中へと環奈はお湯の出るホースを設置する。


「……お風呂?」


 ホースでお湯を貯められるプールを見て、僕は首をかしげるのだった。

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