ヒーロー

 ある、晴れていた日の午後。


「や、辞めてよ……っ」


 弱々しい少女の声が公園の中に響き渡る。


「はっはっは!何でお前みたいなやつの言うことを聞かなきゃいけないんだよっ!」


 その声の主。

 薄汚れた服でその身を包む少女は今、楽し気に嗤う数人の少女と同い年の男女に囲まれていた。

 

「何で立っているんだよ」


「きゃっ!?」


 醜い輪の中心に立たされているその少女は自分を囲っていた者の一人から突き飛ばされ、そのまま地面に倒される。


「……いたい」


 地面に倒されたその少女はその体を土で汚す。


「やっぱり、静音ちゃんにはその泥んこの姿がお似合いだよ?」


「って、あぁ!?そんなことより静音に触っちゃった!ばっちぃ!ほれ、静音菌!」


「おーい!辞めろよ!俺に押し付けんなって!」


「……うぅ」


 誰が見てもわかる。

 この場に繰り広げられているのは、まだ幼い子供たちが引き起こしているとは思えない、醜悪ないじめの現場だった。


「ほんと汚いからっ!まじで嫌!」


「それもそうだな……お前さぁ!いつも同じ服で、髪とかも汚いんだよ!くっさいっ!」


「だよなぁっ!ほら、おい!食らえ!殺菌ぱーんち!」

 

 子供らしい無邪気な笑みと共に、静音の前に立ついじめっ子は拳を振り上げる。


「い、いやっ!?」


 殴られる。

 瞬間的にそう思った静音は悲鳴を上げながら目を瞑る。

 でも、殴られるその衝撃はどれだけ待っても来なかった。

 


「ねぇ、僕の幼馴染に何をしているの?」

 


 声がした。少女の知っている声がした。

 それで、目を開いてみれば、少女の瞳に映るのは自分のよく知る男の子だった。

 何時から立っていたのか。何時の間にか忍び寄ってその男の子は静音に振り下ろされようとしていたいじめっ子の拳を掴んで止めていた。


「だ、誰だよ!?」


「うるさい」


 拳を止めたその少年は強引に掴んだ腕を振り下ろさせ、そのまま体を軽く押して僅かに後退させる。


「……まったく。ほんの数メートル住んでいる位置が違うだけで学区が変わっちゃうの、酷いルールだと思わない?そのせいで、静音と同じ学校になれなかったんだよね。もうちょっと柔軟に言ってほしいよね。というか、自分たちの家の近くに学校欲しいかも。どっちであっても遠すぎるんだよね」

 

 そんな男の子。

 それは幼稚園の方で唯一、静音と仲良くしてくれていた男の子、輝夜だ。


「お父さんに頼んで、隣の空き家を買ってもらうように頼もうかな?それなら、小学校も同じになれるはずだし……一年生の一学期途中で転校……ってのはちょっと寂しいけど。今のところでも友達作っちゃったし。いや、そんなのは一旦どうでもいいや。まずは、目の前のことだよね」

 

 小学一年生……だが、そうとは思えないほどの知性を見え隠れさせている輝夜は自分の足元に落ちていた小石を拾い上げる。


「えいっ」

 

 そして、輝夜は迷いなくその小石を投げる。


「「「えっ……?」」」


 投げられたその小石は公園に生えている一本の木へと命中し、そして、その木を大きな音をたてながら抉れさせた。


「次は、お前らの頭を小石で潰す。どうしたい?」


「「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」」」


 輝夜の声。

 それを聞くだけで静音はわかる。私は、守られているんだって───。

 


 ……。

 

 ……………。



「何しているの?」


 瞳を開ける。

 声が聞こえたから───あの時と同じように。

 そしたら、ほら。


「んな、お前……ッ!?」


「僕の幼馴染に」


 やっぱり、輝夜はヒーローだ。

 いつも、私のことを助けに来てくれる。

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