第16話

ギィはエミリアンを抱きしめたいと思ったが、それはまだ早いかと、考え直した。


「今日の扮装はなんですか?」


「サン・ジェルマン伯爵。魔術師だよ」


「伯爵? エリーズも伯爵夫人です。デュレー家の伯爵はリシャールなんです」


呼んで来ます、と言うエミリアンの手を取り、ギィは歩き出した。


「僕がここにいられる時間は短い。だから、二人きりでいたいんだ」


二人は手をつないで歩き、ホワイト・ガーデンへと来ていた。

花は少なくなったが、まだバラは綺麗に咲いている。


中学生の女の子なら聞きたいであろう、好きな人の誕生日や血液型。けれど、ギィはそんなものはなんの役にもたたないと思っていた。

もちろん、誕生日は大事なイベントだ。でも、今、ここにこうして二人でいることが大事。大切なのは二人の気持ち。


「ギィの、歌が聞きたいです」


「いいよ。どんなのがいいかな?」


エミリアンは少し考えて、「海」と言った。


海か。

最初に作ったアルバムの中に、海をモチーフにしたものがある。恋人とよく来た海。けれど恋人は亡くなり、今は一人であの日と同じ海を見ている……という、悲しいバラードだ。


エミリアンを座らせ、ギィは少し離れたところに立って、歌い出した。


これは自分の持ち歌の中でも、とても好きな歌だ。高音に伸びるところが、歌っていて気持ちがいい。


ギィは熱唱した。エミリアンに聞いてもらっていると思うと、力が入った。


一曲歌い終えて、エミリアンの反応を見ようと目を開ける。

同じように目を閉じて、ギィの作り出す世界を感じているようだった。


エミリアンはゆっくりと息を吐き、目を開けた。


「……見えました」


エミリアンは立ち上がり、そのままふらりと倒れた。ギィは素早く抱き止め、白い顔をのぞき込む。


「エミリアン? エミリアン!」

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