第53話

「エミリアン様!?」


「ロシェルは悪くない。私が、普通の恋人として、ギィのそばにいたかったんです……」


リシャールがロシェルの隣に来て、エミリアンの顔をのぞき込む。


「苦しいのか?」


「いいえ」


弱々しい声ではあったが、エミリアンは落ち着いていた。


「私は幸せです。ずっと、幸せでした。リシャール、エリーズ、ロシェル、大事にしてくれて、ありがとうございます。みんなが大好きです」


こんな別れの言葉など聞きたくない。ギィはシルヴィの肩を掴んだ。


「どうにかならないのか」


「これは宿命よ。エミリアンは死ぬわけじゃない。枯れるだけ」


「……ひどいことを言うんだな」


「ギィ……」と、か細い声が彼を呼び、手を伸ばしている。ギィはひざまずき、白い手を両手で包んだ。


「キスして。ギィ、愛しています」


エミリアンは笑っていた。


ギィも優しく微笑み、「愛してる」と囁いた。


花びらのような唇に、唇で触れる。何度も触れた唇。もっとキスしておけばよかった。もっと抱きしめていればよかった。

もっと、見つめ合って、おしゃべりをして、笑い合って……。

ああ……本物の海も、見せてあげればよかったな……。


様々な思いが沸き上がるギィの両手に、小さな種が残った。


「エミリアン……?」


恋人は、もうどこにもいなかった。

消えてしまった。小さな種、一つだけを残して。


ロシェルが号泣し、エリーズは静かに泣いている。リシャールはエミリアンが頭を乗せていた枕を凝視していた。


ギィは肩を震わせ唇を噛みしめていたが、素直に泣き出した。

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