第36話

すぐに静かな曲が流れ出した。


ノクターンとセレナーデの区別はつかないが、そんな感じの曲。エミリアンの大好きな曲調だった。


譜面もなく、こんなに大勢の人の前で、いきなりピアノを弾くなんて。やっぱりギィはミュージシャンなんだなと、改めて思った。


カロリーナが顔を出し、嬉しそうにギィを見る。一曲弾き終えたところを待って、ギィに提案した。


「うちはB&Bだから、食事は朝食しかつかないんだけど。

ピアノを弾いてくれるなら、三食つけるわよ。どうかしら?」


「ありがたいです。でも、そこまで甘えてもいいんでしょうか?」


ギィは悩ましげな表情でカロリーナを見る。彼女はうわずった声で「いいのよ」と言い、カップが乗った盆を持ち上げた。


「冷めないうちに飲んで。テーブルに運んでおくわね」


「ありがとうございます」


カロリーナはうきうきした様子でテーブルにカップを置くと、エミリアンに鍵を渡した。


「三階の一番奥の部屋よ」


「……ありがとうございます」


ギィは短い曲を一曲弾いてから、エミリアンの元へ戻って来た。




☆☆☆




部屋の中はメルヘンチックだった。壁紙はクリーム色で、すみれの花がプリントされている。

家具はベッドとテーブルに椅子、ドレッサー、タンス。どれも白くて、可愛らしいデザインだった。


「疲れた? 寒くない?」


エミリアンは首を横に振ったが、さっきから元気がないことに、ギィは気づいていた。


「僕について来たこと……後悔してる?」


「してません」


けれど、リシャール、エリーズ、ロシェルのことは気になった。このホテルの夫妻と同じように、優しい人達だ。


ギィはベッドに腰かけて、右手を差し出した。


「エミリアン」


さっき、この手を取ってデュレー家を出て来たのだ。ギィが一番大事だからと。


エミリアンは伸ばされた手を取り、ギィの胸の中に飛び込んだ。

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