第42話

「ギィ?」


ギィと二人の部屋なので、ノックもせずに勢いよく開けた。


大きく開けられた窓。その前には、子供がいた。十二、三歳くらいの男の子だ。

どこかで見たことがあるような……。


「誰……?」


その子が両手で抱えている何枚もの楽譜を見て、エミリアンは目を見開いた。


「それはギィの」


男の子は楽譜を持ったまま、窓の外へ飛び降りた。

ここは三階だ。エミリアンはびっくりして窓に駆け寄り、下を見た。

子供は石畳を走り出していた。


「待って!」


あれはギィの楽譜だ。まさか、盗まれたのだろうか? どうして?


エミリアンは部屋を出て、階段を降り、男の子を追いかけた。


途中、何人もの人に走って行く男の子を見なかったかと聞き、時間はかかったが、ようやく高台の小さな広場へと辿り着いた。

葉の少なくなった大きな木がある。少年は、その木の前に立っていた。


「よくここまで来たね」


エミリアンは息を整えてから、ずっと考えていたことを口にした。


「君……ローランでしょう?」


銀色の髪にグレーの目。女の子のように可愛らしい顔が、大人のローランと重なった。


「子供になって、ギィの楽譜を盗むなんて、酷い」


「よくわかったね。ちょっと困らせてやるつもりだったんだ」


「どうして?」


「前に言ったろ? 僕はギィが嫌いなんだ」


「ギィがあなたに、何かしましたか?」


子供の姿のローランは、荒々しく足を地面に打ちつけた。


「大人で、歌手のくせにピアノもうまいなんて、ずるい!」


理不尽な答えだが、エミリアンは慎重に言葉を選んだ。


「ギィは努力しています。あなたも数年たてば、大人になります。ピアノも、今よりもっと上達します」


これがローランの本当の姿なのだと、エミリアンにはわかっていた。ギィは最初から気づいていたようだったが。


「ふん」


ローランは手にしていた楽譜を、空へ放り投げた。


「あっ!」


それらは風に乗って、あちこちに飛び散った。

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