第29話

『ギィはキスが好きなんだって』


意地悪なローランのセリフを思い出し、エミリアンはみじろいだ。


「ごめん。苦しかった?」


「……いえ。ただ、ギィは、私じゃなくてもいいんだって……」


「どういう意味?」


「ギィは、他の人ともキスしてるって……」


……誰だ。そんなことを言ったのは。

ギィにとって、キスは挨拶でもある。だからすぐには反論できなかった。


「恋人のキスをするのは、君にだけだよ」


「私は、恋人ですか?」


「そうじゃないの? 僕の恋人は、永遠に君だけだ」


ーーギィの言う永遠て、いつまで……?


「永遠ていう言葉は、怖いです」


「僕が心変わりすると思ってるの?」


「そうじゃないけど……」


エミリアンはギィの胸に頬を寄せた。


甘えてくる様子がとても可愛い。愛しくて愛しくて、ギィは強く抱きしめた。


「何が不安なの?」


「ギィと会えなくなること」


それはギィも不安である。住む世界が別なのだ。いつここへ来られなくなるかもしれないと考えると、とても怖い。


(そのときはシルヴィに相談するとして)


「何かあった?」


エミリアンの様子がおかしいことには、気づいていた。ギィのことについて、誰かが何かを言ったのだということも。リシャールか? エリーズではないだろうが、ロシェルも言いかねない。


「ローランが……」


男の名前だ。誰だ、そいつは!

初めて聞いた名前に、ギィは感情を高ぶらせた。


「ギィは、ローランを知っていますか?」


「知らない」


「ローランはギィのことを知っています。ギィのことを……」


言うのをためらったエミリアンだが、ギィは察した。


「ローランは僕が嫌いなんだね」


「どうして……」


「だから君に変なことを吹き込んだんだろう。そんな奴は相手にしなくていい」


「……はい」


「まさか、キスとかしてないだろうな!?」


「してません! ……キスは、ギィとだけです……」

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