第46話

「お先にどうぞ」


ギィが言うと、当然とばかりにローランが頷く。彼は一度立って、礼をした。

慌ててカロリーナがタイトルを告げる。


「バシュレ作曲、ピアノ協奏曲第一番」


ギィは知らない作曲者である。ミュレルの作曲家なのか、またはどこか別世界の?


軽やかに弾き出したローランは、この間聞いたときよりも上手くなっていた。得意な曲なのだろう。自信を持って弾いている。

華やかな旋律は彼の容姿と合っていて、溜め息を誘った。

真珠が転がるような音。ビロードに包まれて、弾けて、消える。そんなイメージを持ち、心地よさに目を閉じた。


ローランは一気に第三楽章までを弾き、見事な和音を響かせて、両手を上げた。


一瞬の静寂の後、大きな拍手が起こった。

ギィもエミリアンも、素直に感動を表現した。


「す、すごい……。ギィ、勝てますか……?」


心配そうなエミリアンに、ギィは微笑む。


「僕は君のために弾くよ」


以前、僕の歌で海が見えたと言ってくれたエミリアン。あのときのように、今日、君に『雪』を見せてあげる。


ギィは立ち上がり、カロリーナに楽譜を渡した。


「えーと、ギィのは歌ね。作詞作曲ギィ。タイトルは『エミリアン』」


エミリアンのためだけに作った歌。

ギィはピアノの椅子に座り、両手を鍵盤の上に乗せた。

静かな右手のイントロから始まり、左手が追いかけるように。

話すときより少し高めの声は、とてもセクシーだった。


ギィの声は店内に響き渡り、人々の心の中に染み込んだ。

こんな美声を今まで聞いたことがあるだろうか? 誰もがそう思った。


――これが、シルヴィが絶賛するギィ。


歌詞はエミリアンへの愛を歌ったもの。

ただ一緒にいたいという思い。触れていたい。キスしていたい。笑顔が見たい。そんな恋人が夢を見るのは雪。

雪を見たことがない君に、僕が雪を見せてあげる。

冷たく儚い白い雪。それをまとった君は、世界で一番美しい……。


ありきたりのラブソングかもしれない。けれど、ギィの思いがこもっていた。

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