SHOWGEKI
変だと感じたのはすぐの事。
でも確信的に思ったのは暫く歩いた後。
「……あれ?」
眼下に見える「その建物」が、初めてアスマと会った場所から見えた団地だったから。
自動販売機から歩き出した方向は、多分団地の方だった。
土地勘はないし夜だから絶対とは言い切れないけどそうなはず。
右側にある工場を過ぎれば団地に出るんだと、そこにアスマが住んでると思ってたからすぐに着くんだと予想してた。
だけどアスマは工場が途切れるまでに左に曲がり、急な坂道を登っていく。
これが近道なのかも――なんて、想像してる地理とは違うと分かってながらもそう思ってた。
あたしの地理感覚がおかしいだけだろうって。
この道が団地に繋がってるんだろうって。
なのに。
「……あれ?」
長いと思われる、暗さの所為でその距離がいまいち分からない坂道の、多分中腹くらいまで来た所で、後ろに振り返ったあたしはそれを見つけた。
坂の下方にある「その建物」は明らかにあの団地でしかなく、団地の横にはあの不気味な駐車場らしき物も見える。
坂下に向かって左手に団地、右手に工場。
あたしが今いる坂道は、道の両側が木で覆われてる。
まるで林の中を歩いてるような、狼だか熊だか
「どこ行くの!?」
あたしの声が
「静かにしろ」
「どこ行くの!?」
「家に決まってんだろ」
「家ってあそこじゃないの!?」
坂下に見える団地を指差し困惑するあたしに、
「違え」
アスマは面倒臭そうに答えるとすぐに前に向き直り坂を登り始める。
本当に違うんだと分かったのは、坂を登るアスマの足取りが軽やかだからで、相当通い慣れてるらしいその背中に、あたしはヘロヘロとついて行った。
「遅えぞ」
「鞄が……重……」
「さっさとしろよ」
「だって……ジュースが……」
どんだけってくらいアスマが買ったジュースの総重量は相当なもので、
「アスマ……鞄……持って……」
ずっしりと重い鞄を差し出すと、「甘えんな」ってばっさり言われた。
「眠てえんだよ」
息切れひとつ起こしてないアスマと。
「ま……待って……」
喋る事すら辛くなってきたあたし。
スタスタと歩いていくアスマを、必死で追い駆けても当然の如く距離は出来ていき、外灯がないこんな場所で放って行かれるんじゃないかって焦りに焦った。
「待って……! 迷子になる……!」
「なるか」
「なる……!」
「この先は俺の家しかねえよ」
「そう……なの?」
足を止めたアスマにようやく追い付いたあたしは、ヒューヒュー鳴り始めた喉に大きく息を吸い込んで、
「まさかこの林までアスマの家のだとか言うんじゃない?」
冗談を口にする余裕を見せてみたけど、それは全く冗談にはならなかった。
「ああ」
「…………え?」
「うちの敷地だ」
「ええ!?」
「でけえ声出すなっつーんだよ」
「ちょ、ちょっと待って! どういう事!? え!? もしかしてアスマって超お金持ち!? お坊ちゃん!?」
「坊ちゃんと言えば坊ちゃんだな」
「え!? マジなの!? それマジで言ってんの!?」
「ああ」
「え!?」
「そんだけ元気ありゃ大丈夫だな」
鬱陶しいって顔したアスマは、踵を返してまた歩き出し、ついて行くあたしは余りの衝撃に坂を登る疲れも忘れ、
「どういう事!? どういう事!?」
アスマの隣に並んで歩きながら顔を覗き込んだ。
「うるせえ」
「も、もしかして物凄く大きな家に住んでんの!?」
「家はでかくねえけど、まあそうだな」
「え!? マジなの!? 執事とかいる!?」
「いねえよ」
「メイドは!?」
「いねえ」
「本当はいる!?」
「いねえっつってんだろ」
「隠しても無駄だよ! 今から行くんだから!」
「隠してねえよ。ほら、ここだ」
「…………え?」
坂を登り切った道の突き当たり。
見上げる程のドデカい門。
迫力満点のそれが今、目の前にある。
「だから言ったろ」
暗くても何となく分かるのは、門の奥の敷地の広さ。
「執事もメイドもいねえっつーの」
はっきりとは見えないけど、正面向こうに大きな木造の「建物」が
アスマの家は、物凄く大きな――。
「いるのは坊主だけだ」
――「寺」だった。
「…………お寺?」
「ああ」
「アスマの家、お寺?」
「ああ」
「お寺の息子?」
「ああ」
「アスマ、お坊さんなの?」
「俺は違う」
「お寺って『なんみょーほーれんげーきょー』のとこ?」
「それは日蓮。俺の家は真言だから『南無大師遍照金剛』だ」
「『なーむああみだー』は?」
「『南無阿弥陀仏』はまた宗派が違う」
そう言ったアスマはさっさと門の中に入って行き、すぐに右へと曲がってしまう。
驚きから
お寺なんて普段行かないから分からないけど、外界とは違う空気だと思った。
上手く言えないけど、空気が澄んでる気がした。
「静かにしろよ」
その空気に混じって届けられるアスマの声は、綺麗に響いて小さくてもはっきりと聞き取れる。
声の方へ視線を向けると、アスマは門から正面の本堂へと敷かれている石畳から外れ、
砂利を踏みしめているその音が、前にアスマとの電話で聞いた、何かが擦れるような音だってすぐに気付いた。
「ま、待って!」
声を押し殺しながらも叫んだあたしに、アスマが足を止めて振り返る。
そんなアスマに駆け寄りながら、何か色々分かった気がした。
—―シャレだ、シャレ。
アスマに捨てられた女の人が尼になったって話をシャレだと言ったスガ先輩。
—―俺が言うとシャレになんねえか。
バージンロードの話を自分がするとシャレにならないと言ったアスマ。
—―俺以上に適任はいねえだろ。
アスマは生霊の話を自分が適任だとも言った。
その言葉達の意味がこういう事だったんだって、ようやく理解した。
「部屋に行くまでは一言も話すんじゃねえぞ」
形のいい唇に人差し指を立てて当てたアスマに、うんうんって何度も頷くとアスマはあたしの鞄を奪ってまた静かに歩き始める。
それが家族の人が寝てるからだって分かるのは、広い敷地が静まり返ってるから。
人の気配はまるでない。
ただ春の風が木々を揺らし、澄んだ空気をお寺の敷地全域に運んでいく。
足の裏に感じる砂利の感触を、気持ちいいと思った。
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