第一話 運命って何?

運命の別れ


 出会いを「運命」って呼んだりするなら、別れも「運命」って呼べると思う。



「運命的な出会い」っていうのがあるんなら、「運命的な別れ」っていうのだってある。



 別に大した根拠がある訳じゃないけど、そう思いたい。



 てか、そう思わなきゃやってられない。



 でもその別れがどういう「運命」なんだって聞かれたら、次に出会う人がいるからとか、そういう陳腐ちんぷな答えになる。



 となると、別れが運命なんじゃなくて、次の出会いが運命なんじゃないかとか、永遠に終わりそうにない水掛け論になるかもしれない。



 でも絶対「運命の別れ」はある。



 むしろそうであってくれなきゃ嫌だ。



 てか、そもそも「運命」って何なんだろう。



 日常的に使っちゃってる言葉だけど、それが一体何なのか実はよく分からない。



「運命だ」なんて言葉使ってる人は本当にその意味を理解して使ってんのかって疑問に思う。



 そんな分からないものに意味付けられるような出会いも別れも気味が悪いといえば気味が悪い。



 まあ、どうしてあたしがこんな御託ごたくを並べてるのかっていうと、とどのつまりが――。



――バレンタインデーに彼氏と別れた。



 きっと「珍しい事」じゃないと思う。



 状況以外を除けばこれは「あってもおかしくない事」なんだと思う。



 ただ、状況とかを入れ込んで考えると「まれにある事」なんだと思う。



 たまにこういう話を聞く。



 ちょいちょいドラマとかでこういうシーンを見る。



 でも自分が鉢合わせる確率は、正直ゼロパーセントだと思ってた。



 そもそも今日がバレンタインじゃなかったら。



 もっと言うなら今年のバレンタインが日曜日じゃなかったら。



 いやいやあたしが張り切って手作りチョコレートなんて作らなければ、こんな事態に鉢合わせしなかったのかもしれない。



 言うなればこれは「運命」なんだと思う。



“明日、お昼過ぎに行くね”


 半年付き合ってる彼氏と、昨日の電話でしたそんな約束の時間を、勝手に早めたのは早起きして作ったチョコレートが上出来だったから。



――多分これが「運命その一」。



 しかもお菓子作りは初挑戦なのに、言わせて貰えばプロ並の出来栄えだった。



――およそこれが「運命その二」。



 だから余りの嬉しさに、休みの日にお昼近くまで寝てる彼氏には連絡しないで9時前に家を出てしまった。



――きっとこれが「運命その三」。



 こうして後から考えれば、あたしはこの時点で「運命」に翻弄ほんろうされてる。



 彼氏の家に着いたのは九時半過ぎ。



 おじさんもおばさんも、町内の行事だとかに朝から出掛けてて、チャイムを鳴らすと出てきたのは、同居してるおばあちゃん。



 ――だからこれは「運命その四」。



 でもこの時実は「最悪の状況」を回避する為の「運命」も用意されてた。



 だけどあたしは“それ”に気付かない注意力散漫な人間で、「あの子まだ寝てるから、勝手に部屋に入っていいよ」とおばあちゃんに言われて、彼氏の家に入ってしまった。



――玄関にあった女物の靴に気付かなかったのは「運命その五」なのかもしれない。



 気付かなきゃいけないものに気付かないっていう「運命」なんだと思う。



 気付いてたらどう変わってたんだって聞かれても大して変わらないとしか答えられないけど、それでも心の準備だとか、相手への牽制けんせいに大声出したりとかは出来たはず。



 だけど全く気が付かなくて、がっつり「そういう運命」に導かれたあたしは、階段を上がって一直線に彼氏の部屋に向かった。



 部屋のドアを開ける直前、一瞬感じた何とも言い表せない落ち着かないような感覚は、思えば「嫌な予感」ってものだったのかもしれない。



 だけどその時は手作りチョコレートの出来栄えに、半端なく浮かれてたから、大してその「嫌な予感」ってものを敏感に感じ取れなかった。



 驚かせようと勢い良く開けたドア。



 誰よりも先に驚いたのは、あたしだった。



 きっと「稀にある」んだろうその現場を、の当たりにした時他の人がどんな反応をするのか分からない。



 怒鳴り散らすとか、泣き喚くとか、逃げるように帰るとか、人それぞれにあるんだと思う。



 あたしは何故か呆然としてしまって、数秒声も出さずに立ちすくんでた。



 視線の先にはセミダブルのベッド。



 壁際に置いてあるそのベッドの、ベッドカバーはあたしが買った物。



 あたしの好きな色にして、あたし用の枕も買った。



 なのにそこにいるのはあたしじゃなく、知らない女の子。



 何故か裸のまま寝てる、知らない女の子。



 あたしの彼氏のベッドで、あたしの彼氏の隣で、あたしの彼氏の腕枕で——。



「……にしてんの……?」


 数秒の沈黙を置いて口から出た第一声は、自分でも聞き取りにくい震えた小さな声。



――だけど。



「何してんのよ!」


 直後の第二声目は、彼氏の家を揺るがす程のドデカイ雄叫びだった。

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