関係
「いいから離れろ!」
「やだ!」
「…………」
「とりあえず離れろって!」
「やあだ!」
「…………」
「そこに俺を座らせろ!」
「やだやだやだ!」
「…………」
「いいから離れろって! 俺が座るから!」
「やだああ!」
「……スガ、痛えよ」
アスマから離す為にあたしの両足を掴んで引っ張るスガ先輩と、アスマの左腕を掴んでて離れようとしないあたしの戦いを、ゲンナリとした声で止めたのは一番の被害者アスマ。
「腕もげるだろ」
あたしが掴まってる所為で腕を引っ張られた状態になったアスマは、掴まれてる自分の腕とあたしの顔を交互に見て、「離せ」って顔してくる。
それでも絶対に離さないで、むしろ更に両腕でギュッと抱き締めるように掴んだら、アスマは溜息吐いてスガ先輩に顔を向けた。
「スガ、諦めろ。こいつが離れる前に俺の腕が抜ける」
アスマの言葉にスガ先輩も逆らえないのか、渋々って感じだけどようやく手を離してくれて、あたしは自分だけのものになった足をすぐに引っ込めアスマにくっ付く。
スガ先輩が油断ならない。
隙を見せたらあたしとアスマの間に座られる。
だから隙間が出来ないくらい、びっちりアスマにくっ付いたあたしを、
「くっ付きすぎだ! スズ!」
スガ先輩は見逃さず、腕を伸ばしてまた離そうとした。
そうはさせるかと今度はアスマの体に両腕でしがみ付くあたしに、アスマが盛大な溜息を吐き出す。
永遠に終わりそうもないこの戦いに、ほとほと愛想が尽きたらしい。
「スガ、もうほっとけ」
「スズをアスマさんの毒牙に掛ける訳には—―」
「安心しろよ。こんなガキに手え出さねえから」
きっぱりとそう言ったアスマに、「ガキじゃない!」って反論しようとしたあたしは、
「まあ、そうッスね」
あっさりとそれを認めちゃったスガ先輩に愕然とした。
心配するなら最後までしてくれればいいのに、アスマの一言で引き下がるなんて酷すぎる。
もう少し反発してくれてもいいのに、スガ先輩はさっさと買って来た缶コーヒーを飲み始める。
逆に、
そんなあたしを尻目に、アスマ達はカワサキがどうしたとか、何とかエックスがどうしたとか、何やら難しい話を始める。
何の話をしてるのか分からないから会話には入れず、
「アスマ、これひと口ちょうだい」
「ダメだ!」
アスマが飲んでた炭酸飲料を指差したら、スガ先輩が拒否した。
「何でスガ先輩がダメって言うんですかあ!?」
「ダメに決まってんだろ! 間接チュウを狙ってんのか!?」
「狙ってないもん! ひと口飲みたいだけ!」
「俺の飲め! これ飲め! 全部飲んでもいい!」
「スガ先輩の珈琲じゃん! あたしも珈琲は持ってるもん! 炭酸が飲みたいの! 炭酸が!」
「買って来い! 金やるから炭酸買って来い!」
「ひと口でいいんだもん!」
「炭酸だと思って珈琲を飲め!」
「思えない!」
「なら我慢しろ!」
「ひと口もらうだけなのに!」
「ダメったらダメだ!」
「何でそんなにムキになるのか分かんない!」
「間接チュウを狙ってるんだろ!?」
「狙ってない!」
「嘘吐くな! 絶対狙ってる!」
「ジュースもらうだけなのにそんな事思うスガ先輩がおかしいと思う!」
「おかしくて結構だ!」
「アスマはいいって言ってんのに、スガ先輩がダメって言うのはおかしいと思う!」
「アスマさんいいって言ってねえ——って、何でアスマさんを呼び捨てにしてんだよ!」
驚くほど今更な事を口に出したスガ先輩を無視して、アスマの前に置いてある炭酸に手を伸ばした。
スガ先輩に横取りされないように素早くそれを手に取ったあたしに、「おい!」ってムキになるスガ先輩は心配しすぎだと思う。
っていうか。
スガ先輩がそんな事言うから、逆に意識してしまう。
「アスマ、ひと口もらっていい?」
「勝手に飲め」
あたしとスガ先輩のやり取りなんて、どうでもいいって感じで答えたアスマに、「いただきます」って言ったあたしの目がしっかりと捉える。
アスマの唇が触れた、ソコ。
心なしか微かに震え出した手を誰にもバレないようにして、飲み口に唇を着けると少しだけ胸がキュンと――。
「スズ! 今、トキめいただろ!」
――した、あたしを見過ごさない、男がひとり。
「スガ先輩うるさい!」
「絶対えトキめいた! そんな顔してた! 恋に落ちた瞬間だ!」
「落ちてないもん!」
「いや、落ちた! アスマさんの毒牙にかかった!」
「かかってない!」
「かかった! 完全にかかった!」
「スガ先輩、アスマの事気にしすぎだと思う!」
「ああ、それは仕方ない。昔スガは好きな女をアスマに取られたから」
「え!?」
あたしの質問にサラッととんでもない答えを言ってのけたのは、スガ先輩じゃなくマサキさんだった。
マサキさんの穏やかな口調には似つかわしくない内容に、びっくりしすぎたあたしは、誰を見ていいのか分からず、隣にいるアスマに目を向けた。
あたしの視線に気付いたアスマの、漆黒の瞳がこっちへと動く。
「何だよ?」
あたしを捉えるその瞳は、外界の光でビー玉みたいに輝き綺麗だった。
「い、今の本当?」
「何が」
「スガ先輩の好きな人取ったって」
「ああ」
「ええ!?」
「別に大した事じゃねえ」
「ええ!?」
「うるせえぞ」
「ええ!?」
喚きながら視線を移すと、スガ先輩は拗ねたみたいに唇を尖らせてる。
だけどそれは、
「昔の事だから気にしてないけど、スズに知られたのは恥だ」
その言葉の通り、気にしてるっていうよりもあたしに知られた事で拗ねてるって感じだった。
それにしても、いくら昔の事にしたって酷すぎる。
っていうか、そんな事があったのにこうして仲良く出来る事があり得ない。
何で普通に接したり出来るの?
顔も見たくないって思うんじゃないの?
文句言いたいとか殴りたいとか、そういう感情が出るんじゃないの?
それにいくらアスマが酷い男だからって、知り合いの好きな人にまで手を出すなんて、それはもう酷いとかっていうよりも最低だと思う。
女に酷いだけじゃなく、男にも酷い事してると思う。
そんなあたしの考えは、相当顔に出てたらしく、
「スズ。言っとくが、俺はそれがきっかけでアスマさんと知り合いになったんだ」
スガ先輩はそう言って――笑った。
笑う意味が分からない。
それをきっかけに知り合って、そのあと仲良くする意味も分からない。
だってあたしは“元”彼氏と一緒に寝てたあの女と、天地が引っくり返ったとしても絶対仲良くなれないと思う。
ってか、仲良くしたいとも思わない。
これが男と女の差なのか、それともスガ先輩がすっ呆けすぎてるのか、
「ムカついて喧嘩吹っかけに行ったら、返り討ちにされた」
昔話を笑って話してる。
「そんなバカな!」って言葉は頭の中だけで、口からは出なかった。
「まあ、アスマはそういう修羅場は何回も通って慣れてるからな」
穏やかに恐ろしい事を言うマサキさん。
「最初見た時は勝てるって思ったんスけどね」
笑い事じゃないのに笑ってるスガ先輩。
「大分あとになるまで、どの女の事で来たのか分かんなかったけどな」
シレッとおぞましい事を言ってのけちゃうアスマ。
――男ってこんな感じなの?
普通か異常かって言われたら、異常にしか思えない状況に言葉も無くしてしまったあたしは、三人をただ順番に目で追う事しか出来なくて、
「あれ? スズいたの?」
ドアの方から聞こえてきたアサミ先輩の声に、何故か助かったって思ったあたしは、すぐにそっちに目を向けて――。
「あ……どうも」
――アスマを見て、そう言って頭を下げたアサミ先輩に何だか違和感を覚えた。
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