悪魔様ご来訪


 アスマに会わせてくれるのがスガ先輩しかいないから、スガ先輩の顔を見るとりずに「会わせて!」って言いたくなる。



 だけどスガ先輩は何が何でもあたしをアスマに会わせたくないらしい。



 そうは分かってるけど「溜まり場」に行くと「会わせて!」って言っちゃうし、「無理だ!」って言われたらがっかりな気持ちになるから、その日学校が終わった後、「溜まり場」に行かなくても済むように友達と駅前のフああストフード店に寄った。



 そうやって時間を潰して地元の駅に着くのがいつもより遅くなったから、そのまま家に帰ろうと思った。



 そもそもはそのつもりだった。



 つもりだったけど足が勝手に「溜まり場」の方に向かって歩き出して、結局スガ先輩との戦いを覚悟した。



 過ごしやすいとまではいかないけど、春が近いお蔭で特に寒さは感じず、行き慣れた道を歩きながら自然と鼻歌なんかを歌っちゃってた。



 すっかり陽が暮れて辺りは暗いけど、「溜まり場」の近くになると、行き過ぎる家々に明かりが点いてるから怖くはない。



 ファストフード店に寄ったお陰でお腹は空いてないから、近くにある自販機で珈琲を買って「溜まり場」に向かった。



「溜まり場」の前には今日もバイクや自転車が並ぶ。



 いつもよりその数が少なく感じるのは、時間の所為。……だと思ってた。



 周りの家から漂ってくる夕食の匂い。



 時間的にみんなご飯を食べに出掛けたり、家に帰ってるんだろうって思ってた。



 だから特別気にもしないで、



「お邪魔しまあす!」


 いつものように玄関を開けた。



 鍵の掛かっていないその家に入り、靴を脱ぎながら声を掛けるけど、家の中からの返事はない。



 でもそれはいつもの事で、この家の家族が敢えてあたし達に声を掛けてくる事はない。



「家に来るな」と文句を言う事がなければ、愛想よく出迎えてくれる事もない。



 同じ「家」っていう空間にいるけど、あの部屋だけは別次元って感じ。



 家の中に充満した夕食の匂いはカレーの匂いだった。



 玄関を入ってすぐにある階段を上りながら、また鼻歌なんか歌っちゃってるあたしはに気付いた。



 何となく。



 本当に何となくなんだけど、雰囲気がおかしい。



 おかしいっていうより、微妙に違うっていうのか――人の気配がない。



 外にあるバイクや自転車の数は少なかったけど、置いてあった分以上に人の気配がない。



 普段なら階段を上りきるまでに、誰かの笑い声とか話し声が聞こえるはずなのに、すっごい静か。



 そう思ってみれば玄関に靴が散乱してなかった気がする――と、階段の途中で振り返った視線の先には、



「あれ?」


 やっぱりいつもより靴が少ない玄関。



 4人分。



 この家の家族の分を抜いて4人分しかない。



 もしかしたらこの家の家族の分が2組出てる可能性もあるから、もっと少ないかもしれない。



 普段からはあり得ない状況に、ちょっと不気味さを感じた。



 みんなで散歩にでも行ったのかとあり得ない予想を立てたりもした。



 奇妙な感じに思わず足音を立てないように部屋に近付いてた。



 静かに近付いた部屋の前で、何故か深呼吸をしたあたしは、ゆっくりとそのドアを開き、



「あっ! マサキさん!」


 そこにいた、久々に会った人物の姿を視界に捕らえ、大きな声を出した。



 少し開いたドアの向こう。



 正面にある腰丈窓の下に座るのは、この部屋の主であるマサキさん。



 そして、壁にもたれかかるようにして座るマサキさんの隣に、開き切ってないドアに隠れて少しだけ人影が見える。



 マサキさんの知り合いが来てるのかとドアを開き切ったあたしが見たのは――。



「え!? アスマ!?」


 ――胡坐あぐらを掻き、体はマサキさんの方に向け、視線だけでこっちを見る妖艶な悪魔。



「え!? 何で!? 何でアスマがここに!?」


 サプライズな再会に、久々にマサキさんに会った事よりもアスマに会えた事に興奮しながら部屋に入ると、アスマは「うるせえのが来た」って苦笑しながら煙草に火を点けた。



「ねえ、何で!? 何で!? 何で!?」


 大興奮しながらアスマの隣に腰を下ろすと、マサキさんがクスクスと笑い始める。



「スズちゃん、アスマと知り合い?」


「知り合い!」


「じゃねえよ」


 マサキさんの質問へのあたしの答えを、アスマは面倒臭そうにばっさり切り捨て、



えて言うなら顔見知りだ」


 そのつややかな唇を少し開き煙草の煙を吐き出す。



 今日も今日とて魅惑の悪魔は、その色気を存分に発揮していた。



「顔見知りでも知り合いじゃん!」


「知り合いって程お前の事知らねえよ」


「友達じゃん!」


「絶対に違え」


「友達でいいじゃん!」


「断る」


「何で!?」


「……始まった」


「何で!?」


「…………」


「ねえ、何で!?」


「…………」


「ねえ——あ! マサキさん久しぶりです!」


「こいつ……」


 瞬時にアスマからマサキさんに視線を向けると、アスマは呆れた声を出し、マサキさんは驚いたように目を見開く。



 その直後、マサキさんはまたクスクスと笑い始め、「相変わらずだな」と褒め言葉なのか何なのか分からない言葉を口にした。



 久しぶりに会ったマサキさんも相変わらずだった。



 マサキさんの形容はとっても難しい。



 病弱って訳じゃないのにそんな風に見えるのは、アスマに負けずおとらずの色白だからかもしれない。



 存在感はある。



 だけど影が薄い。



 アスマを「悪魔」と喩えるなら、マサキさんはボヤッとした「幽霊」って感じ。



「いる」っていう存在感は圧倒的なのに、「どんな」なのか分かり辛い。



 アスマよりは少し劣るけど、それでも格好良さとしてはかなりの上物。



 色を抜きすぎた髪は白髪に近くて、黒髪のアスマと並んでると余計に白髪に見える。



 穏やかな口調で話すって部分では、アスマとは正反対。



 その穏やかな雰囲気の所為か、やっぱりアスマよりも影が薄い。



「マサキさんもアスマと友達だったんですか!?」


 アスマに寄り掛かり気味で前のめりになると、アスマは「重い」ってあたしを押し退けてくる。



 それでもアスマに寄り掛かったままマサキさんの顔を覗き込むと、マサキさんは目を細め優しく微笑んだ。



「まあ、昔からの知り合い」


「昔から!?」


「うん」


「昔からっていつからですか!?」


「あれは……いつだっけかなあ」



 誤魔化す訳じゃなく本当に分からないって感じのマサキさんは、思い出すように両腕を胸の前で組み天井を見上げる。



 そんなマサキさんとは対照的に意地悪な悪魔は、



「こいつの質問に答えるとロクな事になんねえぞ」


 面倒臭そうな声を出し、煙草を灰皿に押し当てた。



「ロクな事になるもん!」


「なんねえよ」


「なるよ!」


「答えたが最後、まとわり付いて離れねえ」


「そんな事ないよ!」


「ならもう俺に、あれは何だの、これは何だのって聞くんじゃ――」


「あ! マサキさん! もしかしてアスマが来てるから他のみんながいないんですか!?」


「こいつ……」


 あたしの質問にマサキさんは、苦虫を噛み潰したような顔をしたアスマを一瞥いちべつして、抑え切れない笑いをらしながら「そうそう」と答える。



 その理由は分からないけど、この事態はアスマの為のものらしく、



「じゃあ、アサミ先輩もいないんですか?」


 他には誰もいない部屋を見回し問い掛けると、マサキさんが「いや」と答えた。



 その直後、ゆっくりと部屋のドアが開く音が聞こえ、反射的にそっちに視線を向けると、



「アサミはもうすぐ来る。で、スガが、」


「ジュース買って来ましたよ――って、何でスズがいんだよ!」


 開いたドアの向こうに、両手にジュースを抱えたスガ先輩の姿があった。

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