再会
「――あ」
街中で口から出そうになった言葉を、途中で呑み込んだのは見てはいけないものを見てしまった気がしたから。
そもそもこんな場所に来たのは、スガ先輩が意地悪だからだ。
スガ先輩に「アスマに会わせて」って初めてお願いして断られてからも、毎日しつこくお願いし続けた。
だけどスガ先輩は絶対に首を縦には振らないで、最終的には聞こえないフリをする始末。
「こんだけ言ってんだから会わせてやればいいじゃん」
アサミ先輩のそんな援護射撃にも、
「バカ言うな! お前は薄情か!」
なんてスガ先輩は必死の形相で反論した。
それからスガ先輩は、「お前らは何にも知らねえから好き勝手言えるんだ」だの、「何で俺の優しさが分からねえんだ」だのと散々ブツブツ言ってた。
そこまでムキになって拒否されるから余計にアスマに会いたくなる。
もう二度と会えないと思うと、意地でも会いたくなってくる。
だからどうにか会えないかと、スガ先輩から必死に情報を聞き出したけど、アスマに会えるような情報は何もなかった。
あの日――初めてアスマに会った夜――スガ先輩はバイク雑誌をアスマに渡してたらしい。
アスマがどうしても見たい記事があったらしいその雑誌は随分昔の物らしく、スガ先輩は相当苦労して手に入れたって言ってた。
アスマはバイク好きなんだそうだ。
それも昔のバイクが好きなんだって教えてくれた。
だけどスガ先輩が教えてくれたのは、それくらいの、アスマに会う手掛かりにはならないどうでもいい情報で。
「アスマと会ったあの辺りって、駅的には何駅になるんですかあ?」
そう聞いたあたしに、「スズが方向音痴でマジで助かった」って心底ホッとした顔をした。
しかもそのあと、「マジ、バカで良かった」って付け加えられた。
頭が悪そうだとかバカだとか、人に言われるほどじゃないのに、何故かあたしは周りからはそんな風に見えるらしい。
結局いくら粘ってもスガ先輩はアスマに会わせてくれなかった。
だから自分の中では半分くらいは諦めてた。
逆に半分しか諦めてない事が凄いと思う。
どう考えてもスガ先輩に会わせてもらう以外方法はなくて、その当の本人は物凄く拒否してるのに、半分くらいまでしか諦めてないあたしって凄い。
粘りに粘ればスガ先輩の方が諦めると思ってたのに、スガ先輩は思ったよりも超頑固者だった。
頑固者vs頑固者の戦いは、殆ど毎日繰り広げられ、最早「溜まり場」の名物になりかけてた。
事の発端はそんな日が数日続いたある日の事。
「俺、明日ここ来ねえぞ」
その日の戦いを終えた後、スガ先輩が言ったその言葉が始まりだった。
今まで来る来ないなんて言った事なかったのに、毎日言い合いをしてる所為か報告の義務を感じたらしく、
「え!? まさかアスマと!?」
もしやと期待に胸を膨らませたあたしに、「デートだ、バカめ」とスガ先輩は意地悪く笑った。
スガ先輩に年上の彼女がいるとかいないとかって話は随分前に聞いた事がある。
だけどスガ先輩は普段彼女がいる素振りを全く見せないだけに、嘘か本当かは分からなかった。
でもそれが本当だったらしい。
もしかするとスガ先輩からそんな言葉を聞いたのは初めてかもしれない。
「え!? デートってデート!?」
「デートって、デート以外に何かの意味があるのか!?」
「”DATA”のデート!?」
「それだと“データ”だ、スズ! “DATE”だ!」
「え!? スガ先輩のくせにデート!?」
「おい! 失礼極まりない奴がここにいるぞ!」
他のみんなに目を向けて、あたしを指差し大きな声を出したスガ先輩は、何だか本当に楽しそうで、その顔を見て本当の本当にデートなんだって、何だか少しがっかりした。
でもそのがっかりは、スガ先輩がアスマに会う訳じゃないって事じゃなく、スガ先輩に彼女がいるって事にだった。
こんな事あたしがどうこう思う事じゃないし、むしろあたしがそんな事思ってどうすんだって感じだけど、スガ先輩にはアサミ先輩を好きでいて欲しかった。
自分の中で勝手にそんな妄想してた。
部屋の主と付き合ってるアサミ先輩に、スガ先輩が叶わぬ想いを抱いてる。
……なんて不謹慎な妄想だけど。
そうだったらドラマみたいで凄いなって思ってるだけで、本気でそうだって思ってる訳じゃないけど、それでもちょっとだけがっかりしたのは確かだった。
アサミ先輩も「明日は外で彼氏と会う」って言うから、不謹慎なあたしは翌日の放課後「溜まり場」に行かないで、久しぶりに繁華街に足を伸ばした。
特別用事があった訳じゃなかったけど、普段の行動範囲を出たのは、ちょっとした気分転換のつもりだったのかもしれない。
一瞬、学校の友達と一緒にって思ったけど、結局そうしなかったのは、誰かと一緒に行くと帰りたいと思ってもすぐに帰れないから。
“元”彼氏と別れてからまだ何となく本調子じゃない。
何かをしてても急に冷めちゃう瞬間があって、そうなると何もかもがつまらなくなる。
だからいつ帰りたくなってもいいようにひとりで出掛けた。
でもまさか繁華街のある駅で電車を降りてすぐ、帰りたくなるとは思わなかった。
ホームにいる人の多さに即嫌気が差した。
何でこんなに人がいるんだろう!って理不尽な怒りを抱くほど、嫌気が差した。
それでも折角ここまで来たんだから、多少は徘徊した方がいいかななんて、思ってしまったのが「運の尽き」。
そもそもあたしには「運」ってものがない。
不運な星の
混雑する駅の改札を出て、尚も混雑する繁華街の駅前で、
「――あ」
あたしは言葉を呑み込んだ。
繁華街の駅前には、待ち合わせのメッカと呼ばれる大きな噴水がある。
ローマでもないのに小銭が投げ込まれてるその噴水の周りには、いつも恋人や友達を待つ男女でごった返してる。
そこに異空間があった。
素通りした視線を戻してしまうほどの異空間が出来上がってた。
沢山の人がいるその場所に、空洞が出来てる。
誰もがみんな“そこ”を避けるようにして人を待ち、それでもチラチラと“そこ”に視線を向ける。
どう表現すればいいんだろう。
これは一体どういう感じと言うべきなんだろう。
周りが気に掛けるその場所の中央に、
きっとそれだけでも充分に目立っているんだとは思う。
その容姿だけでも視線を集める可能性は十二分にある。
だけど周りの人達が、何度もチラチラと盗み見するのは、その男が元より持ち合わせたその堂々とした姿に見惚れている訳じゃなく、目の前にいる女の人が俯き泣いているにも
威風堂々としてる場面ではないと思う。
機嫌を取れとまでは言わないけど、多少は慌ててもいいのにとは思った。
街中で泣き出した彼女に、「こんなとこで泣くな」とか、「恥ずかしいだろ」って言う男を最低だと思ってたけど、それでも何も言わないよりはマシなんだと初めて知った。
無反応は酷い。
酷いってか、
正確には無反応ではなくて、侮蔑の目を向けてる訳だけど、そこに全く優しさが感じられない。
「優しさ」ってのが何なのかはよく分かんないけど、それでも泣いてる女の人に、そんな虫けらを見るような目を向けなくてもいいんじゃないかって心底思った。
それが知ってる人だったから尚思った。
そこにいたのが知ってる――アスマだったから思ってしまった。
あれからずっと会いたいと思っていたアスマは、
—―中身は鬼だ。とんでもねえ男だ。
鬼なんて生半可なものじゃなく、やっぱり悪魔だった。
「鬼」と「悪魔」の違いはよく分からないけど、あたしの中では鬼の方がまだ感情がある気がした。
だけど今あたしの十数メートル先にいる男は、感情なんて一切持ち合わせてないって感じの、悪魔としか形容出来ない男。
可哀想だとかって思う感情はないらしい。
恥ずかしいとかって思う感情もないらしい。
ただ鬱陶しいってオーラを全身から醸し出してて、多分それは泣いてる女の人にも伝わってるんだと思う。
女の人が嗚咽を呑み込もうとしてる風に見える。
でも呑み込めなくて余計に嗚咽が大きくなってるように思える。
周りの人が好奇の目を、チラチラとふたりに向けてる。
到底声を掛ける雰囲気じゃない。
やっとアスマに会えたんだけど、そんな雰囲気は微塵もなかった。
この機を逃せばそれこそもう二度と会えなくなるかもしれないけど、それでもいいって思えるくらいの雰囲気だった。
スガ先輩が言うように、関わらない方がいいんだと、妙に脱力して
それは決してあたしに気付いて近付いてきた訳じゃなく、どこからどう見ても泣いてる女の人に見切りをつけたって感じだった。
アスマが歩き出してすぐ、それに気付いた女の人がハッとしたように顔を上げる。
「待って! 行かないで!」
――なのに。
恐るべき悪魔は、振り返るどころか一切足を止めず、絶対に聞こえてないって事はあり得ないのに、本当に聞こえてなかったんだろうかって思うほどに涼しげな顔でこっちに向かって歩いてくる。
その目はあたしを見てなくて、あたしの
だけどあたしは何故だか俯き、アスマから視線を逸らせた。
見ちゃいけないものを見てしまったような、そんな気持ちだった。
不謹慎な事を考えちゃったりする下世話なあたしだけど、実際そういうものを目にすると妙にオロオロしてしまう。
だから近付いてくるアスマの気配が通り過ぎるまで俯いてる事にしようと思った。
不自然な感じにならないように、意味なく鞄の中を
探し物をしてますアピールをする鞄の中には、お菓子の食べカスしか入ってなくて、誰かに鞄の中を覗かれたら、バカだと思われるとかそんな事を考えてた。
いつの間にか街のざわめきは耳には届いてこなかった。
ただ気ダルそうに歩くアスマの足音が――本当はそんなもの聞こえてくるはずはないのに――気になって仕方ない。
アスマの気配が近付いてくる。
何故か凄くドキドキした。
ドキドキしすぎて心臓が痛くなった。
息苦しさを感じたけど、深呼吸が出来なかった。
顔を上げたい衝動を抑え、意味なく鞄の中を覗き、立っている足が震え出したように感じたその直後。
「あっ、お前。『巣穴』の女」
斜め前でアスマの気配がピタリと止まり、その言葉が聞こえた。
――驚いたのはアスマがあたしに声を掛けてきた事と、あたしを覚えてくれていた事だった。
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