第二話 優しさって何?
お願い事
「スガ先輩」
「んー?」
今日も主不在の「溜まり場」の床の上に転がって読んでた雑誌を、少しだけズラして目までを見せたスガ先輩は、ほんのちょっと眠そうで。
「お願いがあるんですけどお」
「うん」
絶対雑誌を置かないで、起き上がろうともしない態度から、実は半分寝てたんじゃないかと思われる。
――でも。
「アスマに会わせて欲しいんですけど」
「はあ!?」
あたしの言葉に半分うつろだった目を見開き、肘で支えて勢い良く体を起こした。
バレンタインデーの翌日にアスマに会って数日。
あれ以来、何だか気になるアスマの存在。
好きとかそういう感じじゃなくて、ただまた会いたいって思ってしまう。
会ってどうするんだって聞かれても分からないけど、ただ会いたいって思ってしまう。
だからスガ先輩にお願いしたのに、
「おいおい、勘弁しろよ」
スガ先輩は、明らかに拒否してるって声を出す。
「何がです?」
「俺、そういう意味でスズにアスマさんを会わせたんじゃねえんだって」
「別にそういう意味で会いたい訳じゃないです!」
スガ先輩の言う「そういう意味」っていうのが、惚れた腫れただのって事だって分かってる。
でもそうじゃなくて、ただ純粋に会いたいだけで、何となく話を――聞いて欲しい。
だから力強く否定したのに、
「んじゃ、どういう意味なんだ?」
「別に意味はなくて、ただ何となく会いたいなって」
「危ねえ! そりゃ危ねえ! そりゃ無自覚ながらも完全にアスマさんの毒牙に掛かってんぞ!」
「ち、違ッ!」
「違わねえ!」
スガ先輩は全然信じてくれない。
その上。
「ダメだ、ダメだ。絶対えダメだ!」
耳が痛くなる程大きな声でそう喚いて、再度床に転がりさっきまで読んでた雑誌に視線を戻した。
「違うからアス――」
「ダメだ!」
「まだ最後まで言ってないのに!」
「ダメだったら、ダメだ!」
「最後まで言わせてもくれない!」
「最後まで聞くまでもない!」
スガ先輩の横に座ってどれだけ喚いても、もうスガ先輩は聞く耳を持ってくれなくて、こっちを見ようともしてくれない。
「ねえ、スガ先輩!」
「無理!」
「意地悪しないで、スガ先輩!」
「絶対え無理!」
「スガスガスガスガスガ先輩!」
「無理無理無理無理無理無理無理!」
「ガスガスガスガスガス先輩!」
「理無理無理無理無理無理無理無!」
「スガせんぱあい!」
「むうううううり!」
「…………」
「…………」
「スガ——」
「無理」
「ス——」
「無理」
「…………」
「無理」
「何も言ってないもん!」
「怨念で伝わってきた」
「…………スガ先輩の意地悪」
「意地悪じゃねえっての」
しつこいあたしに呆れた声を出したスガ先輩は、面倒臭そうに雑誌を投げ置き、溜息を吐きながら体を起こす。
その顔は「しょうがねえな」って表情してて、一瞬アスマに会わせてくれるのかって思った。
けど。
「あのな、スズ。俺は意地悪で言ってんじゃなくて、スズの為を思って言ってんだ」
それはただのお説教だった。
「アスマさんと関わっちゃダメだ」
「で、でもアスマに会わせてくれたのスガ先輩じゃん」
「あれはあれ。場合が場合だったからだ」
「で、でもお」
「スズ。あの人の顔は、そりゃまるで天使みてえに綺麗に出来てるけどな? 中身は鬼だ。とんでもねえ男だ」
「けど、スガ先輩は友達なんでしょ?」
「俺は男だから問題ねえ。だけど女となると話は別だ。俺はスズがボロボロになるのを見たくねえんだよ」
「ボロボロって……」
「傷付いた余りに、尼になるとか言い出すかもしれねえ」
「そんなバカな……」
「聞いた話じゃアスマさんの毒牙に掛かった女が六人ほど尼になったらしい」
「ええ!?」
大きく驚いたあたしに、「シャレだ、シャレ」って笑ったスガ先輩は、アサミ先輩と同じ銘柄の青い缶の缶コーヒーに手を伸ばして、それを飲みながら、あたしをジッと見つめる。
そしてゴクンと喉を鳴らして飲み込み、口から缶を離して、
「悪い事は言わねえから、アスマさんの事は忘れろ」
そう言ったスガ先輩の声は、いつもとは違う真剣な声だった。
「でもあたし、本当に好きとかそういうんじゃなくて――」
「いや、目がそう言ってる」
「……目?」
「スズの目は完全に、アスマさんの毒牙に掛かった目えしてる」
「してない!」
そう反論してももうダメだった。
スガ先輩はまた床に寝転がって、いよいよ瞼を閉じた。
どうしてもスガ先輩は、あたしをアスマに会わせるつもりはないらしい。
そういうのじゃないって言ってるのに、分かってくれない。
ただ会いたいって思う事の、何がどうしてダメなのか全く分からない。
だけど一番分からないのは、
「スズ。俺は意地悪じゃなく、優しさで言ってんだぞ」
瞼を閉じたままそう言った、スガ先輩の言葉の意味。
――優しさって何?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。