真相
何て事はない。
あたしは凄い奴だった。
あたしが居た場所は、初めてアスマに会った駐車場から見えた、団地みたいな建物を挟んだ反対側で、唯一の明かりだった自動販売機こそが、あの時スガ先輩が見つけたっていう自動販売機だった。
アスマと偶然会えた事も奇跡でも何でもなく、アスマは出掛ける時は基本的にこっち側の通りを使うらしい。
それでも「運命」だと思った。
これを「運命」と言わずして、何を「運命」と言うのかと思った。
「お前なあ……」
心底呆れたって声を出すアスマの、機嫌を取ろうとあたしは必死で、
「ジュース奢る! 何にする!?」
そう問い掛けたあたしを、アスマはチロリ睨み付け無言で炭酸飲料を指差した。
「あ、あのね!? 本当に物凄く大変な事があって、」
「…………」
「本当はこんなに早く電話するつもりじゃなかったんだよ!」
「…………」
「でも、緊急事態っていうかさ!? そ、そういう時ってやっぱあるじゃん!?」
「……お前のは?」
「へ?」
自動販売機の取り出し口から炭酸飲料を出して差し出したあたしに、アスマはそう言って自動販売機に視線を向け、
「お前、飲まねえの?」
「あ、あたし喉乾いてないから」
「ふーん」
完全に機嫌がよろしくない方向のアスマは、面倒臭そうに返事をしてジュースを開ける。
赤い缶を持つアスマの白い手が、その
「時間ねえから」
ゴクンと炭酸を飲み込んだアスマは、すぐにそう口を開いて、
「うん?」
「俺、時間ねえんだよ。さっきから何回も言ってんだろ」
「あっ、う、うん」
不機嫌な声出すから、何も言えなくなった。
アスマは大きな通り――があるらしい方へと顔を向ける。
そして腕時計に視線を移し、眉間に皺を寄せた。
「五分で話せるなら聞いてやる」
腕時計を見たまま、こっちに目もくれず、呟いたアスマを「優しい」と思った。
そうしてくれる理由が、あたしが「巣穴」の人間だからだったり、マサキさんの知り合いだからだとしても、それを嬉しく思う。
でも。
「あの……アスマは友達って何だと思う?」
「……出た」
あたしの質問に、渾身のって感じの溜息を吐き出したから、嬉しさはちょっと減少した。
「で、出たって何!?」
「勘弁してくれよ、お前の『何シリーズ』」
「な、何シリーズって何!?」
「あれは何、これは何って小便垂れてるガキじゃねえんだから自分で考えろよ」
「ひ、人の意見は重要じゃん!」
「なら俺以外の意見を聞け」
「ま、まずはアスマからじゃん!」
「何でまず俺なんだよ」
「そ、それは他に聞く人がいないからで――」
「スガに聞けっつってんだろ」
「だ、だってそのスガ先輩にも関係ある事なんだもん!」
あたしの喚きにアスマの目に少しだけ困惑の色がつき、「スガに?」と聞き返したアスマの声はほんのりと戸惑いがあった。
「……うん」
「スガの話か?」
「スガ先輩の事だけじゃないんだけど……スガ先輩も含めって感じ」
「何だよ?」
「……うん」
「…………」
「…………」
「言えよ」
「……うん」
「…………」
「…………」
「言わねえのかよ」
「…………」
「話す気ねえなら、俺はもう――」
「ぜ、絶対誰にも言わないでね!?」
通りの方へと歩き出そうとしたアスマの腕を掴んで見上げたあたしに、
「『絶対』なんて約束はしねえ」
アスマはあっさりとそう拒否した。
けど、アスマは言わない気がした。
根拠なんかどこにもないけど、この手の恋愛話には興味ないだろうから面白おかしく誰かに言う事はないだろうし、何よりアスマにとってもスガ先輩もマサキさんも「知り合い」だから言えないと思う。
そう思ったから。
「あたし……見ちゃって……」
おずおずと口を開くと、アスマは両眉をグッと寄せ、「幽霊か?」とすっ呆けた事を言い出した。
「違う! ってか幽霊見てもスガ先輩関係ないじゃん!」
「スガの幽霊とか言い出しそうだろ、お前」
「言わないし、スガ先輩生きてるし!」
「生霊ってのがいるだろ」
「そうじゃない! 見てない! それに幽霊見たからってアスマに相談したりしないし!」
「俺以上に適任はいねえだろ」
「へ?」
「ああ、まあそれはいい。とりあえず分かるように話せ」
顔の前で手を振って、仕切り直しをしたアスマは、一応ちゃんと話を聞いてくれるつもりらしく、煙草を取り出しその場にしゃがみ込む。
そんなアスマの隣に座り、地面を見つめて考えをまとめたあたしは、
「……スガ先輩とアサミ先輩が抱き合ってるの見ちゃった」
一番手っ取り早いであろう言葉を吐き出した。
アスマがどんな反応をするのかちょっと心配だった。
まさか突然怒りだして、マサキさんに言うとか言い出すんじゃないかって心のどこかでハラハラしてた。
けど。
「ふーん」
あり得ないほどあっさりとしてて、全く驚きもしないアスマに、逆にあたしが驚いた。
「え!? それだけ!?」
「は?」
「も、もっと驚いたりしないの!?」
「驚く?」
「だ、だってスガ先輩とアサミ先輩だよ!? って、あ! あれでしょ!? アスマ、アサミ先輩が誰だか分かってなくて――」
「マサキの女だろ?」
「……分かってんじゃん」
「別に驚く事はねえだろ」
「え?」
「話ってそれか?」
「そ、そうだけど、何で驚かないの?」
「んあ?」
「何でそんな冷静なの?」
「冷静?」
「だ、だって、スガ先輩とアサミ先輩は友達なんだよ!? 幼馴染で友達なんだよ!? それにアサミ先輩はマサキさんの彼女なのに、何でアスマは驚かないの!?」
「何でも何もねえよ。今日話してたろ、マサキの家で。スガの惚れた女に俺が手え出してスガが喧嘩吹っ掛けてきたって話」
「……うん」
「その相手が、あのアサミって女だ」
「…………」
「…………」
「…………はあ!?」
全く想像してなかった展開に、
ちょっと待って。
いやいや、おかしい。
だって前にアサミ先輩がスガ先輩に、あたしをアスマに会わせてあげればって言った時、スガ先輩は「お前らは何にも知らねえから好き勝手言えるんだ」とか言ってて、アサミ先輩もアスマの事を知らないって感じで――。
「嘘……でしょ?」
「は?」
「アサミ先輩に手を出したって、嘘言ったでしょ?」
「嘘じゃねえよ。つーか、そんな嘘吐いて何の得があんだよ」
「だ、だっておかしいよ!」
「おかしい?」
「だってね!? 前にアサミ先輩が、スガ先輩にあたしをアスマに会わせてあげればって言った時、スガ先輩はアサミ先輩に『何も知らないからそんな事が言えるんだ』って言ったんだよ!」
「おかしくねえだろ」
「何で!? 手え出したなら知らないっておかしいでしょ!?」
「アサミって女は俺がどんな男かは知らねえよ」
「は!?」
「俺があの女に手え出したのは一回だけだ。すぐにスガが来て、そのあとあの女とは会ってない」
「はい!?」
「向こうは俺の連絡先も知らねえし、どこに住んでるのかも知らねえよ。今日会ったのも久しぶりだったしな」
「…………いつ?」
「ん?」
「アサミ先輩とそういう事があったのっていつ?」
「忘れた」
「はい!?」
「何年か前の話だ」
「…………」
「…………」
「…………」
「んだよ? 何黙ってんだ」
「……よく分かんないんだけど、何かショック……」
「だろうな。自分の先輩が俺みたいな男に引っ掛かるんじゃなあ?」
「ち――」
意地悪く笑ったアスマに、「違う!」と言いそうになった言葉を、何故かあたしは呑み込んだ。
だってそれを言ったところで、「じゃあ何がショックなんだよ?」って聞かれたら答えられない。
自分でもよく分からない感情が、胸の奥底にある。
それが何なのか分からないけど、ショック。
物凄く――。
「おい、そこまで落ち込む事ねえだろ」
――落ち込む?
「べ、別に落ち込んでなんかないよ!」
「ムキにならなくていいだろ」
「ムキになってないよ!」
「はいはい、そうかよ」
「で、でも、スガ先輩はどうしてそんな事があったアスマをあたしに紹介したんだろ……」
「はあ?」
「だって好きな……アサミ先輩を取られた相手を紹介するっておかしくない?」
「別におかしくはねえだろ。今俺とスガに何かある訳じゃねえし、あの時はスガなりにお前を元気づけようとしたんじゃねえのかよ。それにそもそもそういう紹介じゃねえだろ」
「……そっか」
「こうなるのは予想外だったんだろ」
「…………」
「俺も予想外だ。こんなガキに――」
「ね、ねえ! ちょっと待って!」
「こいつ……ッ」
「今日の会話からすると、マサキさんもその事知ってるって事!?」
「あ?」
「スガ先輩がアサミ先輩の事好きな事とか、アスマがアサミ先輩に手え出した事とか」
「知ってる」
「え……」
「ついでに言えば、マサキはスガの気持ち知ってて、スガからあの女を取った」
「……え?」
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