世知辛い世の中
世の中そんなに甘くない。
それはあたしも充分に分かってる。
もしかしたらアスマの家は凄い厳しくて、女の子を泊めるなんて事は無理だったのかもしれない。
アスマはあんな風だけど。夜中にウロウロしちゃうような人だけど。女に物凄いダラしないけど、家はめちゃくちゃ厳しい可能性はある。
何億分の一くらいの可能性だけど、ないとは言い切れない。
でも、そうだとしてもこれはないんじゃないかと思う。
せめてもうちょっと一緒にいてくれたり、何だったらどこかに泊まりに連れてってくれたりしてもいいと思う。
密かに期待してたのは、家への泊まりじゃなく、アスマとのお泊まり。
あたし知ってる。
向こうの大きな通りをちょっと行くとラブホテルがあるって事。
だから家は無理でもそこに連れてってくれるんじゃないかなって期待してた。
そこでナニかがあるって期待じゃなくて、一緒にお泊りしてくれるんじゃないかって。
だけど。
「…………」
アスマの姿が見えなくなって一時間。
「…………」
もしかしたらって期待はもう消えた。
「…………」
引き返して来てくれるんじゃないかとか。
「…………」
気が向いて迎えにきてくれるんじゃないかとか。
「…………」
そんな期待も消え失せた。
「…………」
アスマは本当に帰っちゃった。
「…………」
その上絶対もう寝てる。
「…………」
…………。
アスマが「優しい」人じゃないって分かってたけど、人情ってものが多少はあるんじゃないかと思ってた。
だけどそんなものある訳ない。
悪魔に人情なんてある訳なかった。
こんな夜中に女子高生が、こんな暗い場所でひとりで座ってるのに、そんな事お構いなしでアスマは帰った。
「…………」
顔が痛い。
それでもアスマを恨みきれないのは、自業自得だって分かってるからで、そもそも勝手にアスマに期待した自分が悪いし、頼ろうとした事自体間違えてるんだと思う。
アスマが前に言ったように、あたしに構ってくれるのは「巣穴」の人間だからなだけで、それ以上でも以下でもないから、構うにしても限度がある。
調子に乗った事には違いない。
アスマがいつも優しいから図に乗ったって事は認める。
あたしが悪いし、アスマが巻き込まれる
「…………」
けど、冷たすぎるんじゃないかとも思う。
反省はするけど反発もする。
絶対絶対冷たすぎる。
もしあたしが誰かに誘拐されちゃったり、何かしらの事件に巻き込まれたらどうするつもり――もないんだろうけど。
それが逆に寂しいのかもしれない。
何だかんだ言いながらもいつも話を聞いてくれるアスマが、実際こういう時になると平気で知らん顔するのが寂しくて、悲しいんだと思う。
今回も何だかんだ言いながら、何とかしてくれるって思ってた。
正直そんな思いがあったから、家出したんだと思う。
本当にどこにも行く所がなかったら、多分部屋で拗ねて終わってた。
そんなの誰だってきっとそうで、衝動的な行動にもある程度の理性がある。
もしかしたらそれまでもアスマは分かってるのかもしれない。
だから「帰れ」ってあたしに言って、放って帰ったのかもしれない。
「…………」
だとしても、アスマは分かってない。
ここまで来たら引き下がれないって事。
どのツラ下げて帰ればいいのか分かんないって事。
勢いで出て来ちゃったにしても、すぐに帰るなんて事は出来ないって事。
「……痛い……」
頬のズキズキが酷くなって涙が出そうになった。
でもそれは心細さとか寂しさとか、そういう涙のような気もした。
泣いちゃ負けだと思って見上げた夜空が
「……アスマァ……」
思わず声に出したその名前の主は、
「泣くな、鬱陶しい」
気配も感じさせず闇からヌッと現れた。
「アスマ!?」
「…………」
「アスマ!」
「うるせえ」
いつの間にか数歩手前まで来ていたアスマは、さっきまでとは違う格好で、
「迎えに来てくれたの!?」
そのスウェット姿からして、寝る準備は万端って感じ。
「迎えに来てねえよ」
「え!?」
「ジュース買いに来たんだよ」
「え!?」
「どけ」
「え!?」
「ジュース買えねえだろ」
「え!?」
自動販売機の前を陣取ってたあたしを、手でシッシッと追い払うようにしたアスマは、そこからあたしがちょっと避けると、本当に小銭を取り出した。
今の一瞬を返して欲しい。
迎えに来てくれたんだって喜んだあの一瞬を返して欲しい。
アスマ本当はいい人だ!って思った気持ちを返して欲しい。
そう思うあたしの目の前の悪魔――もといアスマは、あたしなんか知らないって感じで自動販売機のボタンを押す。
「…………」
「……お前」
「何!?」
「もうちょい物事考えてから動け」
「……え?」
驚いたのは声の調子。
こっちを見ないで取り出し口からジュースを取り出すアスマの、声はいつになく真剣で。
「世の中そんなに甘くねえぞ」
自動販売機の灯りに照らされた
「分かってる……もん」
「分かってねえ」
「分かってるもん……」
「分かってねえんだよ」
「分かってる! 家出してもどうにもならないくらい分かってるもん!」
「違えよ。んな事どうでもいい」
「……え?」
「俺が言いたいのはそれじゃねえ」
「じゃあ……何?」
「お前、何をどう思って俺のトコ来たのか知らねえけど、考えが甘えんだよ」
「…………」
「お前、俺が何もしねえと思ってんのか?」
「え?」
「俺が変質者だったらどうすんだ」
「あの……?」
「お前連れて帰って縛り付けて、監禁でもしたらどうすんだって言ってんだよ」
「アスマそんな事しないでしょ?」
「何でそう思う?」
「え……だって……」
「分かんねえだろ。俺が何するか」
「で、でもアスマはそんな事しないでしょ!?」
「お前に俺の何が分かる」
「…………」
「簡単に人を信用すんな。今のご時世何があるか分かったもんじゃねえぞ」
「…………」
「そういうトコが甘いっつーんだよ」
「…………」
「自分だけは大丈夫だと思ってんなよ」
「…………」
「自分が一番危ねえってくらい思ってろ。犯罪になんて一瞬で巻き込まれんだ」
「……アスマ……」
「何だよ」
「……何本ジュース買うの?」
「ほっとけ」
話しながらも延々とジュースを買い続けたアスマは、今じゃ両手に持ち切れない程の炭酸飲料を自動販売機の前に並べてて、
「俺は買い溜めするタイプなんだよ」
ブツブツ言いながら更に二回ジュースのボタンを押すと、あたしを横目で睨み付けた。
「俺が言った事分かったのか」
「うん」
「ちゃんと理解したんだろうな」
「したよ。でもアスマはそんな事しないと思う」
「……全然分かってねえじゃねえか」
「分かってる。アスマの言ってる事は分かってる。でもアスマはそんな事しない」
「…………」
「あたし、アスマ以外にはこんな事頼まないし、信用しない」
「…………」
「あたしがアスマを信じるのは、いつもアスマがちゃんとあたしと向き合ってくれるからだよ」
「……お前如きが俺に説教垂れんな」
「えへっ」
満面の笑みを浮かべたあたしに、「ちっ」と舌打ちをしたアスマは、最後のジュースを取り出すと姿勢を正す。
そして。
「持ち切れねえから運ぶの手伝え」
面倒臭そうながらもアスマは「やっぱり」って思う言葉を吐き出し、自動販売機の前に並べたジュースを目で指すと現れた方へと戻り始める。
あたしはジュースを鞄に詰め込み、「優しい」アスマの背中を追った。
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