情け無用
「何、スマホの電源切ってんだ」
不機嫌なアスマの声が聞こえたのは、通話を切ってから45分くらい経った頃。
声の方へ顔を向けると、夜の闇の中をこっちへと歩いてくる人影が見える。
「充電なくなったから!」
嘘を口にしながら立ち上がったあたしに近付く人影は、その距離を縮めるにつれ美しき姿を
「どんだけタイミングよく充電切れんだって話だよなぁ?」
両手はジーパンのポケットに突っ込み、白い薄手のセーターを着るアスマは、気だるそうな歩調で自動販売機の前まで来ると足を止め、ブラックホールの
――けど。
「金出せ」
まるで何にも気付いてないって素振りで口を開く。
そういう所は流石だと思った。
絶対「どうした?」とか「何かあったのか?」とか「それは何だ?」って誰もが聞きたくなるはずなのに、聞いちゃ負けだって事を
でも残念ながらアスマのその行動は、あたしの想像の範囲内で、
「お金ね、お金。財布出すから待ってね!」
ゴソゴソと、わざと時間を掛けて「家出用鞄」から財布を取り出す。
財布を引っ張り出す直前、チラッとアスマに目を向けると、アスマは明後日の方を見て首元を掻いてた。
でも大丈夫。
まだ想定内。
アスマがそんな簡単にオチるとは思ってない。
「はい、お金。どうもありがとう」
「ああ」
借りた分のお金を差し出したあたしの手から、受け取ろうとしたアスマの手が一瞬ピクンと動く。
それを見逃さなかったあたしは、ここぞとばかりに口を開いた。
「それにしても、びっくりしたよね!?」
「…………」
「ごめんね! 何か急に!」
「…………」
「驚かすつもりはなかったんだけどね!?」
「…………」
「だから今日じゃなくても良かったんだけど、ほら、やっぱりお金借りたままっていうのもどうかと思うじゃん!?」
「…………」
「だから早く返そうと思って!」
「…………」
「それがたまたま今日、みたいな!?」
「…………」
「たまたま親と喧嘩した日だった、みたいな!?」
「…………」
「あ! でも心配しないで! これって珍しい事じゃなくて――」
「離せ」
「え!?」
「金から手え離せっつってんだよ」
全く動じてないって声出したアスマは、まだお金を握り締めて話してたあたしの手からグイグイお金を引っ張ってて。
「ええ!?」
その反応は想定外だったあたしは、驚くしかなかった。
本当ならここで心配してくれる予定だった。
いくらアスマが悪魔だとしても、あたしのこの姿を――明らかに殴られましたって
—―のに。
「わざわざご苦労」
アスマはあたしの手からお金を奪うと、話なんて聞くつもりはないって顔でポケットに仕舞う。
「…………」
「何だよ?」
反応の意外さにポカンと見上げるあたしに、アスマは面倒臭そうな声を出して、
「…………」
「俺、疲れてっから帰んぞ」
腫れ上がってジンジンしてる頬も心配してくれない。
全くもって興味なしって感じでスタスタと歩き出したアスマに、
「ちょ、ちょっと!」
慌てて声を掛けると、アスマはやっぱり心底面倒臭そうに振り返った。
「何だよ」
「な、何かこう……言う事ない?」
「何を?」
「な、何かないの!?」
「何をだっつーんだよ」
「あたしを見て何か!」
「ない」
「え!?」
「別に何もねえ」
「何で!?」
「ああん?」
「こ、こんなに怪我してんのに!?」
「俺に関係あるか?」
「でも痛々しいでしょ!?」
「だから何だよ」
「心配に思わない!? 可哀想にとか!」
「いや、特には。自分でも言ってたろ。心配すんなって」
「そ、それは建前じゃんか!」
「知らねえよ」
「知ってよ!」
「はあ?」
「心配して、『どうした?』くらい聞いてくれてもいいじゃん!!」
余りの反応の悪さから喚き散らしたあたしに、アスマは大きく溜息を吐くと一歩近付き、
「なら最初からそう言え。
ひと睨みして言葉を吐き出した。
「……鬱陶しい?」
「お前らしくねえ変な話し方してただろ。回りくどい話聞いてるほど暇じゃねえんだよ」
「……ごめ……」
「言いたい事だけ言え」
「……親と喧嘩した」
「で?」
「お父ちゃんに殴られた……」
「へえ」
「で、でもそれは本当にいつもの事っていうか、喧嘩する度に殴り合いになるんだけど」
「激しい家族だな」
「……でも痛い」
「だろうな」
「か、顔殴るって酷いと思う! しかもグーだよ!?」
「見りゃ分かる」
「それで……」
「それで?」
「…………家出した」
「そうか。頑張れ。んじゃ、俺は帰る。帰って寝る」
「ちょちょちょちょ!」
「んあ?」
「まだ続きある!」
「聞きたくねえ」
「まだ続きがあるの!」
「聞きたくねえっつってんだよ」
「泊めて!」
「…………」
「アスマの家に泊めて下さい!」
「断る」
物凄い早さで、あたしが言い終わったと同時にばっさりと「断る」って言い切ったアスマは、
「じゃあな」
あろう事か本当にあたしを見捨てて歩き出す。
「アス、アスマ待って!」
必死にアスマの後をついて行くあたしに、
「待たねえ」
振り返りもしないでアスマはさっさと歩いていく。
「ひ、一晩でいいから!」
「無理」
「だ、だって他に行くとこなくて——」
「『巣穴』行けよ、『巣穴』」
「…………」
「…………」
「…………」
「……おい、お前まさか」
「あれから行ってなかったりする」
「はあ!?」
「まさか」辺りから歩調を緩めたアスマは、ピタリと足を止めて振り返り、困惑の表情をつくる。
その表情にすら
「な、何か行き辛くって……」
「お前なあ」
「あっ、べ、別にアスマから話聞いたからとかって訳じゃなくてね!? その……見ちゃったから……」
「…………」
「どんな態度していいのか分からないっていうか、変な態度取っちゃいそうで……」
「…………」
「ほら、あたしってどんなに頑張っても顔に出そうじゃん!? あからさまに変な態度取っちゃいそうじゃん!?」
「…………」
「……だからあれ以来行ってなくて……」
「なら友達の家泊めてもらえ」
「…………」
「学校に友達いんだろ?」
「……いるけど……」
「何だよ?」
「……時間も時間だし、それに……」
「それに?」
「あんまり『自分勝手』な理由で『利用』したくなくて……」
あたしのその言葉に、アスマは
「何で俺なんだよ」
やり切れないって声を出す。
そんなアスマを上目遣いで見つめ、自分じゃ可愛いって思ってる表情を作り、
「だってアスマは『友達』じゃないから」
更に可愛さが増すように小首を
「…………」
「向き不向きがあんだろ」
「…………」
「お前じゃその仕草は不気味だ」
「…………」
「キャラを考えろ、キャラを」
「…………」
「顔、ボコボコだしな」
「…………」
乙女心を微塵も分かってないアスマは、傷付くような事をズケズケと口にして、
「話して気が済んだろ。帰れ」
大通りの方を指差す。
泊めてくれるつもりはないらしい。
でもあたしだって帰るつもりはない。
あたしにはあたしの意地があって、すぐに帰っちゃ親に負けたみたいで嫌だ。
だから。
「帰らない! いいもん! アスマが泊めてくれないんだったら、朝までここにいる!」
挑発的な言葉を吐き出し、
「そうか。ならそうしろ。俺は帰る。じゃあな」
――駆け引きの勝負に出る相手を間違ったらしい。
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