悪魔の考え


「まあ、そういう訳だから、もう俺に構うな」


「えっ、やだ」


 溜息交じりに言われた言葉をあっさり拒否すると、アスマは眉間に深いシワを寄せる。



「…………」


「…………」


「お前、俺の話聞いてたか?」


「うん」


 少しバカにしたような言い方に頷いて返事をすると、アスマの眉尻が垂れる。



「なら、俺が言った意味分かるよな?」


「うん」


「じゃあ、もう俺に構うな」


「やだ」


「…………」


「………」


 完全拒否なあたしの態度に、アスマの鼻の穴が少し膨らんで、



「お前なあ」


「だって、『巣穴』だからって言うならまだ構ってくれてもいいじゃん!」


 開き直ったあたしの言葉に、分かりやすく肩を落とした。



「マジお前に会ったのが失敗だ」


「でももう会っちゃったんだし!」


「スガめ……」


「今更後悔しても遅いと思う!」


「何で俺がこんなガキに……」


「だから大人になる為に、アスマに色々聞いてんの!」


「俺は光源氏じゃねえっつーの」


 脱力感全開って感じで言葉を吐き出したアスマは、ポケットに入れていた手を出し、その手にはまた外国の煙草が持たれてた。



 煙草を咥えて、火を点ける。



 初めて会った時のように、ライターの火に照らされるアスマの顔の妖艶さに寒気がした。



 そっぽを向いて煙草を吸ってるアスマの、背後にある家からの灯りがスポットライトのようにアスマを照らす。



 まるで後光ごこうが差してるかの如く、光に包まれるアスマの横顔に息を呑み込み、



「どうして『巣穴』だと話を聞いてくれるの?」


 口を開いた。



「正確には『巣穴』だからじゃなく、マサキんトコの奴だからだ」


「それってアスマがマサキさんの友達だからって事?」


「友達じゃねえ。知り合いだ」


「何で友達じゃないの?」


「ああん?」


「友達でいいじゃん」


「よくねえよ」


 口から煙を吐き出しながら、うざったいって目を向けて、



「俺は友達なんて軽薄なもんいらねえんだよ」


 吐き捨てるようにアスマが言った。



 その声や言い方は、本当にそう思ってるって感じの、「友達」っていうものがうざったいって風で、



「何で?」


 あたしは思わずそう聞き返し、またアスマに怪訝な顔をさせた。



「時間がねえ」


「時間?」


「お前にご教授賜たまわる時間がねえって言ってんだよ」


「今?」


「ああ。この後約束あんだよ。家帰って風呂入って出掛けなきゃなんねえ」


「そっか……」


「つー訳で、俺は行く」


「え!? あっ!」


 吸ってた煙草を足元に落とし、軽やかに踏み消したアスマは、「じゃあな」と手を上げ歩き始め――。



「ダメ! 待って! 連絡先!」


 再びあたしに背中の服を引っ張られ足を止めた。



「時間ねえっつってんだろ?」


「ID教えてってば!」


「だから懐くなって言ってんだろ」


「やだって言ってんじゃん!」


「何で俺なんだよ!」


「だってアスマの話って何でか納得しちゃうんだもん!」


「納得だ?」


「そう! 何でか知らないけど納得しちゃうの!」


「…………」


「だから何かあったら聞きたいって思っちゃうの!」


「…………」


「ねえ、連絡先教えて!」


「…………」


「しょっちゅう連絡したりしないから!」


「…………」


「『巣穴』は無視出来ないんでしょ!?」


「…………」


「だったら教えて!」


「……マジでスガ恨む」


 苦々しげな声を出し、ジーパンの後ろのポケットに入れられたアスマの手は、そこにあったスマホを掴んで出てきて、



「5秒で登録しろ」


 あたしの方へ差し出した。



「待って! 待ってね!? あたしがスマホ出してから5秒にして!」


「…………」


「待って! ちょっと待って! スマホが……んと……」


「鞄の中、整理しろよ」


「分かってる! でもちょっと待って!」


「時間ねえって言ってんだろ」


「分かってるってば! あった! あった!」


「おい、まだかよ。何してんだよ」


「友達追加の画面ってどうやるんだっけ!?」


「ああん?」


「あっ、あっ、出来た! 出来た! え? QRコードってどう出すの?」


「こいつ……」


「あっ! 出来た! 早く追加して!」


「スマホ画面こっち向けろや」


「うん?」


「向けろっつってんだよ」


「え? 何で?」


「向けねえとコード読み込めねえだろ」


「あっ、そっか」


「もういいからスマホ貸せ! 何で女子高生のくせにスマホの扱い鈍臭えんだよ」


 ブツブツ文句を言いながらも、アスマはあたしのスマホを手に取り、手際よく友達追加登録をしてくれて、



「マジでしょっちゅう掛けてくんなよ? つーか、女といる時は電話出ねえからな」


 スマホを返しながら言ってくるその言葉も、怒ってるって感じはなかった。



「じゃあな」


 今度こそ駅に向かって歩き出したアスマに、「またね!」って手を振ったけどアスマはもう振り向きもしなかった。



 歩いていくアスマの姿を、見えなくなるまで見送ったあたしは、家に帰ろうと数歩歩き、



「あっ! そうだ!」


 踵を返して「巣穴」へ戻り始めた。



 大した意味なんてなかった。



 まだマサキさん達がいるかなって思って、久しぶりに会ったマサキさんともうちょっと話したいなって程度で。



 スガ先輩がいたら、アスマの携帯番号聞いたって意地悪言ってやろうとか、アサミ先輩に今度一緒に買い物行こうって誘おうとか、そんな感じのただもう少し遊び足りないっていう気持ちしかなかった。



 然程さほど離れてなかった距離を歩き、玄関を開けると靴が減ってた。



 それがマサキさんの靴だって分かったのは、残ってる靴が見覚えのあるアサミ先輩とスガ先輩の靴だったから。



 部屋の主はまた出掛けたらしい。



 それでもまだアサミ先輩たちがいるなら遊んでもらえる。



 アスマに携帯の番号を教えてもらえた事に浮かれ、階段を上るあたしの足取りは軽やかで、部屋の前まで来てようやく「異変」を感じた。



 妙に静か。



 部屋にふたりがいるはずなのに、何の話し声もしない。



 ボソボソという小さい声も聞こえてこなければ、誰かが動いてる気配もしない。



 本日二度目の妙な感じに、静かにドアを開けたあたしは硬直した。



 数センチ開けたドアの向こう。



 窓際近くにある人影はひとつ。



 でもそれはひとりじゃなく、ふたりの影が重なってる。



「アサミ……」


 切なげな声を出したスガ先輩はその両腕でアサミ先輩を抱き締めてた。




 アサミ先輩とスガ先輩は幼馴染でただの友達。



 ふたりの間に何があるかなんて、あたしの妄想にすぎない。



 そのはずだった。



 そうじゃなきゃダメだった。



 だけど今目の前にあるのは、全てをくつがえす光景。




――ねえ、アスマ。



 友達って何?





 第三話 了

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