自棄
「最近、合コンばっか行ってるんだって?」
ざわざわとした部屋の中。
みんなの声に混じって聞こえたアサミ先輩の声に視線を向けた。
「ばっかって訳でもないんですけど、結構行ってるかな?」
「スズが合コンばっかで遊びに来ないってアイツ寂しがってるよ」
アサミ先輩の言う「アイツ」は、マサキさんじゃなくスガ先輩。
そんな事今までだって当たり前にあったのに、アサミ先輩がスガ先輩を「アイツ」と呼ぶ事が何だかしっくりこなかった。
アスマと会わないようになって、またあたしは「巣穴」に戻った。
行き辛いとか顔を合わせ辛いとか、正直そんな事もうどうでも良かった。
新しい問題が勃発すると古い問題がどうでもよく思えるのは、きっとあたしだけじゃないと思う。
今のあたしにはアスマに会えなくなった寂しさをどう紛らわせるかが大切で、日々どうやってアスマを忘れるかを悩んでる。
その悩みのお陰でアサミ先輩とスガ先輩の問題は、あたしの中ではどうでもいいって感じになった。
ひとりになるとやたらとアスマの事を考えるから、あたしには「巣穴」が必要だった。
そして、それと同様に「合コン」も必要だった。
他の男で気持ちが紛れるなら、新しい彼氏が欲しい。
「合コン、楽しい?」
「んー、楽しいとかってあんまりないです」
「なら、何で行ってんの?」
「楽しいかもしれないから……ですかねえ?」
あたしの答えに「訳分かんないわ」って苦笑したアサミ先輩は、床に置いてあった青い缶コーヒーを手に取り、ゴクンとひと口飲む。
そして再び缶コーヒーを床に置くと、近くに置いてあるあたしのジュースを一瞥して。
「スズ、あんた珈琲やめたの?」
何気にそう聞いたんだろうけど、あたしの胸は少し痛んだ。
紛らわせたいとか忘れたいとか、思ってる事とやってる行動は正反対で、アスマと会わなくなってから飲み始めたのは、アスマが飲んでた炭酸飲料。
「今ハマってて……」
答えた言葉はジュースの事を言ってるのか、それともアスマの事を言ってるのか、自分でもよく分からなかった。
「スズ?」
「はい?」
「何かあった?」
「何でですか?」
アサミ先輩の唐突な質問に、ジュースに手を伸ばしながら聞き返すと、
「最近、元気ないじゃん?」
アサミ先輩は少し心配してるって感じの声を出す。
自覚がなかった訳じゃない。
テンションが上がらないって自分でも思ってた。
でもそれはいつもいつもアスマの事を考えてしまうからで、考えないようにする為にこうして「巣穴」にいる時も結局アスマの事ばっか考えてる。
「相談には乗らないけど話は聞くからさ」
「へ? 相談には乗らないんですか?」
「乗らない」
聞き返したあたしの言葉に、クスクス笑いながら答えるアサミ先輩は、こっちを見ない。
「何でですか?」
「人の相談に乗るってすっごい難しいから」
その目が向けられているのは、「巣穴」のドア。
「難しい?」
「うん。答えを出すって難しいじゃん? 自分の事でも難しいのに、人の事なら尚更難しいじゃん」
もしかするとこれまでも、ずっと前からそうだったのかもしれない。
「あたし、誰かの相談とか乗った事ないから難しいとか分かんないです」
「人に何かを言う時って無責任な事言えないじゃん? その一言でその人がどうなるかって決まるんなら余計に何も言えない。だから話は聞くけど相談には乗らない」
アサミ先輩はずっと前からこうして「待ち人」を待っていたのかもしれない。
ただそれが、マサキさんなのかスガ先輩なのか、あたしには分からないけど。
「話聞いてあげようか?」とアサミ先輩の視線がようやくあたしに向けられた。
その目が凄く優しくて、少しだけ話を聞いてもらいたくなった。
誰にも言えないから余計に辛く思えるような気がする。
だから話せば少しくらいは楽になるかもしれない。
「好きな人が……出来たんです」
相手の名前を言わないのは、あたしなりの気遣いなのに。
「ああ、アスマ?」
逆にそんな隠し方したのが恥ずかしいって思うくらいにあっさりと相手を特定されてしまった。
「そうです……けど……」
「スガが泣くね」
「泣かないです」
「うん?」
「もう会わないんで」
「……そう」
アサミ先輩は本当に、話を聞くだけのつもりらしく。
「あ、会いたいですけどね!?」
「うん」
何かを言ったり聞いたりはしてこない。
だからかもしれない。
誤解されたくないとか、勝手な想像されたくないとか、そういう色んな感情が入り混じって、気付けばベラベラ話してた。
アスマが好きっていう事と、キスをした事。
アスマと関係を持った事があるアサミ先輩にこんな事言っていのかって思いながらも開いた口は閉じられなくて、仕舞い込んでた思いが溢れ出た。
「だから本当は会いたいんです」
最終的にそう言ったあたしに、アサミ先輩は「そっか」と言った。
そしてそこからまたドアへと目を向け、少しの間黙り込んだ。
言いたい事を言ったあたしは、さっきまでより幾分かすっきりしていて、アサミ先輩に話して良かったと――思った時。
「昔、アスマと会った事があんのよ」
アサミ先輩の口からゆっくりと言葉が吐き出され、少し緊張した。
その事を知ってるだけに、どう反応していいのか分からず、ただ静かにアサミ先輩の次の言葉を待っていた。
「ちょっと自棄になってた時期だったんだけど、初めて会った時からアスマって何も話さなくてさ?」
「…………」
「結局会ったのは一回きりだし、何時間か一緒にいたってだけなんだけど、その間ずっと何も話さない、何も聞いてこない奴でさ? 名前すら聞いてこなかったのね」
「へ?」
「まあ、別にそれはいいんだけど。ってか、それはお互い様っていうか……お互い誰でも良かったんだよね。適当に遊べるならそれでいいって感じだったのよ」
「はあ……」
「そういうのって口に出さなくても雰囲気で分かっちゃうしさ。だから敢えてお互いを選んだ、みたいな?」
「よく分かんないです……」
「うん。分からない方がいいかも」
自嘲的な笑みを口許に作るアサミ先輩の目は、ずっとドアに向けられてる。
「待ち人」は――来ない。
「だから結局、アスマが周りに言われてる程、悪い奴なのか、それともいい奴なのか分からないのよ」
「……はい」
「でもスズの話聞いてると、悪い奴には思えないね」
「……悪い奴じゃないです」
「見る側の問題かもね」
「見る側?」
「スズにはアスマがいい人間に見えるから、スズの口から出てくるアスマはいい奴に思えるって事」
チラリと流し目で見つめられ、アサミ先輩独特の色気にドキッとした。
こうして見ると同じ妖艶さでも、アスマとアサミ先輩は違う。
やっぱりアスマが纏うのは男独特の妖艶さで、だからこそその色気に女のあたしは酔わされてしまう。
「アサミ先輩」
「うん?」
「マサキさんの事、好きですか?」
「うん。好きよ」
「スガ先輩の事は?」
「うん。――好き」
微笑んだアサミ先輩は今まで見たどの表情よりも、女独特の妖艶さを纏っていた。
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