他の男


「ダメだ! ダメだ! ダメだ!」


「ちょ……ッ! 通して、スガ先輩!」


「許さん! 許さんぞ!」


「遅れるんですけどお!」



 土曜の午後。



 学校が終わって一旦「巣穴」に顔を出して時間を潰したあと、合コンに向かおうとしたあたしに、宿敵スガ先輩が立ちはだかった。



 ドアの前で仁王立ちのスガ先輩は、もう10分以上もそこから動かず、あたしを外に出してくれない。



「スガ先輩! あたし、約束の時間があるんですって!」


「ダメだ!」


「ちょっとどいて!」


「合コンには行かさん!」


「何で!?」


「最近のスズの行動は目に余る!」


「悪い事はしてないじゃん!」


「フラフラフラフラしすぎてる!」


「してない!」


「ダメだったらダメだ! どうしても通りたくば俺を倒してから行け!」


「意味分かんない!」


「かかって来い!」


「意味分かんない!」


「さあ、来い!」


「アサミ先輩、助けて!」


 悲鳴に近い叫び声を上げると、部屋の中にいた皆の視線が集まって――というより既に殆どの人があたしとスガ先輩のやりとりを見てたから、残りの人が見たって感じで――その中にいたアサミ先輩がようやく腰を上げてこっちへと来てくれる。



「行かせてやんなって」


 近付き足を止めたアサミ先輩は、どうしようもないって顔でスガ先輩を見つめ、



「何だと!? お前はスズがどうなってもいいのか!」


 アサミ先輩の言葉にスガ先輩は、驚愕の表情をつくる。



「小学生じゃないんだから、スズも自分の行動の責任は取れるってば」


「何かあってからじゃ遅いんだぞ!?」


「何があるっての」


「男に卑猥ひわいな事をされるかもしれねえだろ!」


「考えすぎ」


「バカ言うな! 合コンに来る男なんてのはロクな奴がいねえんだ!」


「別に遊びで行ってんだから、そんなに目くじら立てなくてもいいって言ってんの」


「男遊びなんか許さんぞ!」


「…………」


「絶対に許さん!」


「あんた、どんだけスズに過保護なの……」


「うるせえ! お前みたいになったらどうすんだ! スズがお前みたいにどうしようもねえ女になったら!」


「……その喧嘩買ってやるわ」


「おおう!?」


 ズイッと一歩近付いたアサミ先輩に、スガ先輩は思わず怯んでドアから離れる。



 チラリとアサミ先輩を見ると、アサミ先輩がこっそりと手で「早く行け」って合図してて、スガ先輩がアサミ先輩に気を取られているその隙に、あたしは素早くドアを開け廊下に出た。



「ぎゃあ! スズが逃げた!」


 背後から聞こえてくるスガ先輩の雄叫びに、アサミ先輩が「うるさい」と叱咤する。



 あたしはクスクスと笑いながら階段を駆け下り、靴を脱いですぐに外へと飛び出した。




 合コンはもっぱら学校の友達のセッティングで、同じ年くらいの子たちとカラオケボックスに行く事が多い。



 正直、格好いい男子は来ない。



 むしろ、不細工しか来ない。



 でもこれが現実っていうやつで、格好いい男子には彼女だっているだろうし、いなかったとしても合コンなんてしなくても、出会いはそこら中に転がってると思う。



 逆に合コンに来る格好いい男子の方が怪しい。



 そりゃもう適当に遊んで、ポイッてしちゃおうって腹が目に見えてる。



 今日の合コンも案の定、分かりやすい程の不細工加減で、待ち合わせ場所で会った時から女子のテンションは下がってた。



 そんな女子の姿を見て、何を期待してたんだろうと不思議にも思う。



 だって合コンに来る奴なんて――と、ループで考えてる。



 あたしは顔なんてどうでもいい。



 欲しいのは好きな人じゃなくて、アスマを忘れさせてくれる人。



 だから逆に不細工な男子の方がありがたかったりする。



 だって中途半端に格好いいと、アスマと比べてしまうに決まってる。



 アスマより格好いい男なんていないって思う。



 だから中途半端に格好いいよりも、気持ちいいくらい不細工な方がいい。



 男女8人で向かったカラオケボックスの中は何となく雰囲気が悪くて、男と女に分かれて座るのも何だと思ったから近くにいた男子の横に腰を下ろした。



 別に気に入ったとかそういう次元じゃなく、近かったからってだけなのに、やっぱそういう行動は何かしらの誤解を招くらしい。



「オレこの間、原付の免許取ってさ」


「へえ……」


「今、原付買う為にバイトしてんだ」


「ふーん」


「今度バイト先遊び来る? 駅前のカフェなんだけど」


「機会があれば行くね」


 ベラベラと話し掛けてくる隣の男子は、あたしが本人を気に入ったんだと勘違いしてしまったらしく、



「いつでも来いよ! 珈琲くらいなら奢るから!」


 今までそういう経験がなかったのか、妙に張り切った声を出す。



「バイト、週4で入ってるから」


「うん」


「まあ、もうちょっと増やせるんだけど、親うるせえからな」


「そっか」


「成績落ちなきゃ問題ねえだろって言ったんだけど、やっぱ週4が限界でさ」


「うん」


 頭のいい高校に通うこの男子には、原付を買う為にバイトをしてるって事が自慢になるらしい。



 とどのつまり言いたいのが、「バイトしてんのに成績のいいオレってすげえ」って事らしい。



 超どうでも良かった。



 頭がいいとか悪いとか、そういうのに興味はなかった。



 ただアスマを忘れさせて欲しいだけなのに、こうして合コンに来る度に、余りの退屈さから忘れるどころか思い出してしまう。



 退屈だと思うのは、その話の内容。



「ねえ、あのさ?」


「ん? 何?」


「運命って何だと思う?」


「運命?」


 頭がいい事が自慢らしい男子は、あたしの言葉に眉を顰め、「女の子ってそういう話好きだよな」と少しバカにしたように笑った。



 もうその時点でダメだった。



 コイツじゃないって思った。



 意思を超越した何かだの、何かの力だのと熱く語られたところで、何を言ってるのかさっぱり分からず、分かりたいとも思わなかった。



 それでも諦めずに質問した。



 今までアスマに聞いた数々の質問を。



「優しさって何?」

「友達って何?」

「学校って何?」

「勉強って何?」

「永遠って何?」



 その、全ての答えが酷かったけど、勉強については最悪だった。



 自分が如何に勉強をしているのか、将来何になりたくて、その為には何の勉強が必要なのかを延々と熱く語られた。



 何かが違う。



 どこかが違う。



 全てが――違う。



 やっぱりあたしが求めてるのはアスマでしかなく、悪魔のようなアスマの変わりなんて然う然ういない。



 ……ううん。絶対にいない。



 アスマと同等の人も、アスマ以上の人もどこにもいない。



 だってアスマはあたしにとって、人間じゃなく悪魔だから。



 人間ばかりがいるこの世界にアスマを忘れさせてくれる人なんていない。



 あたしは最初から――初めて出会ったあの時から――アスマを特別視してたんだと思う。



「悪魔」という表現は、きっとそこからきたんだと思う。



 アスマが持ってる雰囲気もさる事ながら、あの時からあたしはアスマを他の人とは違うと位置付けてた。



 なんて、今更分かっても手遅れだけど。



 凄く退屈な時間を過ごした。



 もう二度と合コンには来ないでおこうって思った。



 来ても仕方ないんだって、自力で忘れるようにしなきゃいけないんだって、そう悟った――直後。



 ポケットに入れていたスマホがブルブルと震え、手に取り画面を見てみると、そこにはスガ先輩の名前があった。



「ごめん! ちょっと電話!」


 まだ何か話し掛けてきてる男子にそう言って、廊下に出て通話ボタンを押すと、すぐにスガ先輩の声が聞こえた。



『スズ! どこにいる!?』


 その質問がただ単にあたしの合コンを邪魔する為に場所を聞き出そうとしてるんじゃないと分かったのは、声が物凄く焦ってるかで、



「学校の近くのカラオケボックスですけど……」


 答えながら妙な胸騒ぎがした。



『10分で迎えに行くから外に出て来い!』


「何かあったんですか?」


『大変なんだ! アスマさんが――』

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