Devilの教え
あのね、アスマ。
あたしはアスマに「好き」って伝えたいだけなの。
なのにそれって凄く難しいね。
「ど、どういう……事ッ!」
泣きじゃくるあたしの言葉は途切れ途切れで。
「……こっちが……聞きてえ……つーんだよ……」
ベッドに横たわるアスマの言葉も途切れ途切れ。
でもアスマの言葉が途切れてるのは、吐く息が荒いからで、
「事故にでも遭ったのかと思ったら風邪って何!」
アスマは高熱を出してぶっ倒れてた。
カラオケボックスまで迎えにきたスガ先輩は、何を聞いても何も答えてくれなくて、すぐにあたしをバイクの後ろに乗せて、一直線にアスマの家に向かった。
その時点で気付けば良かった。
普通事故とかなら病院なのに、アスマの家に送られた事がまずおかしい。
だけどアスマに何かあったんだってパニックになってたあたしは、冷静さが完全に欠けていてそこがおかしいなんて思わなかった。
スガ先輩に「部屋に行け! 早く!」と急かされて、何故かビニール袋を渡された。
今にして思えばそれもおかしな事だって気付けたはずなのに、気付かなかった。
中身が何なのか確認もせず、渡されたビニール袋を持って、一目散にアスマの部屋に向かった。
スガ先輩が一緒に来ない事すらおかしいとも思わず、とにかくアスマに何かあったんだって、もしかして本当に二度と会えなくなるんじゃないかって、溢れ出した涙を拭いもせず全力疾走した。
人様の家に勝手口から無断で入って、勢い良く開いたドアの先に、高熱に
一気に力が抜けてワンワン泣き出したあたしに、アスマは本気でびっくりしたらしく目を見開いてて、
「ど、どういう……事ッ!」
「……こっちが……聞きてえ……つーんだよ……」
あたしの喚きにようやく口を開き、ふうっと大きく息を吐いた。
「それ、貸せ……」
「ど、どれ?」
「手に持ってるやつだ」
「コ、コレ?」
泣きじゃくりながらアスマの方に差し出したのは、スガ先輩から渡された中身が謎のビニール袋。
それを見て「ああ」って答えたアスマの短い返事に、その場で腰を抜かしてたあたしは、ソロソロとベッドに近付いた。
「コ、コレ……何……?」
「栄養ドリンク剤」
「……へ?」
「熱出たからスガに買ってきてくれって頼んだんだよ」
ハァハァ言いながらビニール袋に手を入れたアスマは、そこからドリンク剤を取り出してすぐに蓋を開けた。
やられた――と思った。
スガ先輩は全部が全部分かってて、あたしを罠にハメたんだってようやく分かった。
でも企んだのはきっとアサミ先輩。
スガ先輩が自らあたしをアスマの所に行かせてくれる訳がない。
アサミ先輩がスガ先輩を説得したに違いない。
アサミ先輩は相談には乗ってくれないけど、協力はしてくれる。
アスマに会うきっかけを、作ってくれた。
グイッと一気にドリンク剤を飲み干したアスマは、そのまま瓶を床に転がしすぐに目を閉じた。
相当辛いのか全身で呼吸してて、
何もする事がないあたしは、ベッドの脇に腰を下ろした。
してあげられる事が分からないから、静かに見守ってる事にした。
ここで帰れば次はないと思ったから、帰るって選択だけはしないでおいた。
「……最近……元気にしてたのか」
沈黙を破ったアスマの目は閉じられたままで。
「……うん。合コンとか行ってた」
そう答えると「そっか」と小さな声が返ってくる。
「アスマは?」
「んあ?」
「何してた?」
「別に……いつもと変わんねえ」
「女遊び?」
「ああ」
「……そっか」
「ああ」
「…………」
何を話していいのか分からなくて黙り込むとすぐに沈黙が襲ってくる。
言いたい事はある。
「好き」って告白したい。
言ったからどうなる訳じゃないけど。
むしろ言った方が悪い方向に行くと思うけど、それでも気持ちを伝えたいと思った。
伝えられなくなるかもって思った所為かもしれない。
アスマに何かがあったんだって焦ったあの時、強く思った。
気持ちを伝えたかったって。
「好き」って言葉を聞いて欲しかったって。
だから伝えたいと思うのに……言うのが怖い。
実際言うとなると凄く怖くなってしまう。
気持ちを受け入れて貰えないって分かってるけど、まだ心のどこかで当たって砕けたくないって思ってる自分もいて、出来ればもう少しアスマとの時間を過ごしたいって思ってたりもする。
――だから。
「あのね、アスマ」
「ん」
「合コンに行ってたんだけど」
「さっき聞いた」
「うん。それでね? 合コンで会った人に質問したの」
「ん?」
「『運命って何?』って聞いた」
「そうか」
「『優しさ』も、『友達』も、『学校』も、『勉強』も、『永遠』も、全部全部何?って聞いた」
「ああ」
「でも訳が分かんない」
「んあ?」
「相手が言ってる事に納得出来ないっていうか、もうそれ以前の問題で、聞く気になれない」
「…………」
「そう思うとさ? アスマって凄いよね」
「…………」
「あたしにちゃんと話を聞かせてくれて納得させてくれるんだから凄いと思う!」
「…………」
「アスマってそういう力があるのかもよ!? 将来講演会とか――」
「お前、マジでそれ言ってんのか?」
「――へ?」
薄っすらと開いたアスマの目が、床に座るあたしに向けられた。
熱の所為で潤んだ瞳には、またいつもとは違う色気がある。
「マジで言ってんのかって聞いてんだよ」
呼吸が荒いながらもお腹響く低い声。
「マジって何が?」
問い掛けると細められる切れ長の目。
「お前、マジで頭悪いよな」
意地悪く上がる口角に、揺れる漆黒の髪。
「はい!? アスマ何言ってんのか分かんないんだけど!」
不貞腐れて喚き声を出すと、透き通る程に白い手が伸びてくる。
伸びてきた手は甲であたしの頬を撫で、スッと下に降ろされた。
「前に言ったろ」
「何を?」
「個人の意見なんてのは、状況とか事情によって受け止め方が違えんだって」
「うん」
「お前が俺の話を聞いて納得出来るのは」
「出来るのは?」
「お前が俺に好意を持ってるからだ」
「え!?」
「嫌いな奴の意見には、同調なんて出来ねえんだよ」
「…………」
「納得出来るってのはそんだけ好意を持ってるって証だろうが」
「…………」
「そんな事も分かんねえで、今まで俺に意見求めてたのか」
「だって……」
「本当、頭悪いよな」
「……ねえ、アスマ」
「ん?」
「この間、アサミ先輩に聞いたんだけど、アスマと初めて会った時、何も聞かないし何も話さなかったって」
「ああ」
「なのに何であたしにはいっぱい話してくれんの?」
「聞くからだろ」
「聞いたら話してくれんの?」
「中身に興味があんならな」
「うん?」
「お前が俺に求めたのは、俺の考え方だろ」
「うん」
「それは俺の中身に興味を抱いて、好意を持ってるって事だろ」
「だから話してくれるの?」
「ああ」
「外見じゃなくて中身だから?」
「ああ」
「あのね、アスマ」
「何だよ」
「あたし、アスマが好き」
「知ってるっつーんだよ」
「今更何言ってんだ」って呟いて、アスマは笑った。
それを見て本当に今更何言ってんだろうって、自分でも笑いが込み上げてきた。
ケラケラと笑い始めたあたしを、アスマは呆れた顔で見ていたけど、あたしはこの一瞬を「幸せ」だと心底思った。
「あたしの事、女として見てないって嘘でしょ?」
「あ?」
「すっごく女として見てるんでしょ?」
「見てねえよ」
「だっておかしいじゃん! キスしたくせに!」
「してねえよ」
「したよ! この間したよ!」
「妄想してんじゃねえっての」
「妄想じゃないもん! 本当にしたもん!」
「でけえ声出すな。頭に響く」
「女と思ってるんでしょ!?」
「思ってねえって」
「何で!? 思ってるでしょ!?」
「思ってたら手え出してんだよ」
「出したじゃん!」
「出してねえ」
「出したってば!」
「ヤってねえだろ」
「じゃあ、ヤる!?」
「ヤらねえよ」
「何でよ!」
「簡単に捨てられてえのか」
「…………」
「他の『女』と一緒でいいなら、今すぐヤってやる」
「……やだ」
「なら黙ってろ」
「うん」
「頭痛え……」
「……ねえ、アスマ」
「んあ?」
「あたしの事、好きなんでしょ?」
「調子に乗ってんじゃねえ」
「好きなんじゃないの!?」
「お前の思考回路どうなってんだよ」
「好きなんでしょ!? え!? 今日からあたし、アスマの彼女じゃないの!?」
「調子に乗りすぎだ」
「え!? 彼女がいい!」
「ふざけんなっての」
「彼女がいい!」
「うるせえぞ」
「彼女になりたい!」
「なら、俺を落としてみろ」
「へ?」
「俺を惚れさせてみろよ。クソガキ」
しっとりとした艶めかしい唇から吐き出された言葉は、甘い低音。
「すぐに惚れさせるもんね! ってか、既にちょっと惚れてるくせに!」
「さあ、どうかな」
曖昧に答えて笑ったアスマの漆黒の瞳に、囚われたあたしの姿が映った。
第八話 了
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