友達って何?②
アスマと会ってから一体どれくらいの時間が経ったのか分からない。
一時間遅らせたアスマの用事の時間が、もう過ぎているんじゃないかとさえ思う。
だけど今日も今日とて
「どうしてスガとマサキの女が『友達なのに』チチクリ合ってんだっていう疑問は、疑問にする程のもんじゃねえ」
「チチクリ!?」
「要は簡単だ。男と女の間に友達関係は成り立たねえ。男女の間で成り立つ『友達』はセフレのみだ」
「え!?」
「だからあのふたりがチチクリ合ってても――」
「ちょ、ちょっと待って!」
「んあ?」
「その、男と女は友達になれないっていうの聞いた事あるけど、何で友達になれないの?」
「自分で考えろ」
「何で?」
「経験すりゃ分かる」
「ねえ、何で?」
「…………」
「面倒臭がらずに教えて」
「ちっ」
その部分の説明は面倒臭かったらしいアスマは、しつこく問い掛けるあたしを恨めしそうに見つめて溜息を吐く。
そして。
「男と女はそもそもの造りが違うだろ」
何かを考えるようしながらに口を開いた。
「つくり?」
「ああ。全部の造り。骨格だの何だのって見てくれからして何もかもが違うだろ」
「うん」
「だから『友達』にはなれねえ」
「分かんない」
「お前相手じゃ説明が難しいんだよ」
「何で?」
「『男』を知らねえだろ」
「え!? それって処じょ――」
「違う。そうじゃなくて、男ってのがどういうもんか知らねえだろ」
「アスマの言ってる意味が分かんない」
「その時点でもうアウトだ」
「ええ!?」
何がアウトなのかも分からないけど、相当あたしはアウトなようで、アスマは柔らかそうな髪に手をやり、どうすればいいのか悩むように頭を
それを見て、その髪に触れたいと思ったのは、ほんの一瞬だけだった。
「考え方が違うんだよ」
「うん?」
「男と女じゃ何に対してもこう……思考が違う」
「そうなの?」
「そうだ。としか言えねえ。これはもう経験して知るしかねえからいつか分かる」
「……分かった」
「だから、無理だ」
「分かんない」
「『友達』は『道具』だって言っただろ」
「うん」
「ただ、異性と同性は『道具』の用途が違ってくる。用途が違うと『友達』って枠組みからは微妙に外れる」
「用途?」
「例えば、お前さっき『友達』に相談にのって欲しいっつったろ」
「うん」
「でもお前の相談事を男にしても、思考が違うから返ってくる内容が思ってるのと違う。相談するなら同性がいい」
「まあ、それは分かるかも」
「ただ」
「ただ?」
聞き返したあたしをチラリと見たしたアスマは、
そして「立て」と指示しながら、あたしの腕を掴んで強制的に立ち上がらせた。
「何?」
立ち上がり、困惑に見上げたアスマとの距離は近い。
それだけで――その綺麗な顔を間近に見ただけで――やけに心臓が大きな音を立てるのに、突然アスマが掴んでたあたしの腕を自分の方へと引っ張った。
「え!? な、何!?」
大困惑のその言葉を
凄く――ドキドキする。
アスマの温もりと、匂い。
抱き締められる腕の力強さと、微かに髪に掛かる吐息。
「アス……マ?」
何故か体が緊張して、声がうわずった。
目を閉じて、アスマに全てを委ね、その背中に両腕を回そうとしたタイミングで、
「気持ちいいか?」
耳元で甘い囁きが聞こえる。
胸がキュンとした。
ゾクッとした感覚が走り、心地の好い胸の鼓動の音が全身を駆け巡った。
「うん……」
小さく答え、もっとギュッと抱き締めて欲しいって思った直後。
「これだ」
「へ!?」
フイッと両肩を掴んで体から離された。
「え? え? え?」
何が起こったのか分からなくて、半分パニック状態になるあたしに、
「同性と抱き合ってもあの気持ち良さはねえだろ。異性といるのはこういう感覚の為だ」
アスマが至近距離で意地悪な笑みを浮かべる。
何となく、アスマが言いたい事は分かった。
表現するのが難しいけど、何とも言えないあの気持ちのよさは、女同士じゃ無理だと思う。
包み込まれる気持ちよさとか、男特有の骨と肉の感じとか、女同士じゃ絶対に感じられない感覚がそこにある。
けどだからって、
「口で説明するより経験した方が早えし分かりやすいからな」
無駄にこんなにドキドキさせなくてもいいのにって思った。
「…………」
「何だ? 怒ってんのか?」
「お、怒ってないけど!」
「ああ、照れてんのか。処女だもんな」
「しょ……!」
「これが異性同士にしかねえ感覚だ」
「……うん」
「一緒にいるってだけでこっちの類の感覚が出てくる。だから男と女の『友達』はない」
「…………」
「こういう感覚の延長線上にあんのは、ソッチの行為だ」
「…………」
「スガの場合は惚れた腫れたの下心がプラスされてるが、マサキの女は――どうかな」
「…………」
「まあ、どっちにしても『友達』ってのは表面上だけの話だ。あのふたりに何があるのか知らねえけど、『友達』じゃねえな。男と女が友達だ友達だって言ってても長続きはしねえ。長続きすんのはどっちかに恋愛感情がある場合だな」
「…………」
「何だよ。まだ照れてんのかよ」
「う、うるさい!」
「顔、赤いぞ?」
「あ、赤くない!」
ムキになるあたしの心臓は、破裂寸前ってくらいにドキドキしてて、アスマの言う言葉をきちんと聞ける状態じゃなかった。
そんなあたしに、
「もう帰れ」
笑ったままアスマは呟く。
「え?」
突然のお別れ宣言に驚き真っ赤になってる顔を上げると、アスマは腕時計に目を向けて、
「もう終電終わってんぞ」
「ああっ」
その言葉にあたしが出した大声は、工場地帯に響き渡った。
「何だよ、うるせえな」
「終電終わった!?」
「ああ。タクシーで帰ればいいだろ」
「無理!」
「ああ?」
「そんなお金ない!」
「…………」
「もう電車賃しか残ってない!」
「はあ!?」
「だって今日、放課後寄り道してお金使っちゃったの」
「“だから”か」
「へ?」
「お前が自分のジュース買わなかったのは金なかったからか」
「……えへっ」
「アシ代もねえのに何で来んだよ」
「だって……」
「歩いて帰れ」
「やだ! 危ないじゃん!」
「誰もお前なんか襲わねえよ」
「アスマは!? アスマ今からどうやって約束の場所行くの!?」
「タクシー」
「一緒に乗せてって!」
「方向が全然違え」
「ええ!?」
「歩いて帰れよ」
「やだやだ! アスマお金貸して! お小遣い入ったら返すから!」
「はあ?」
「タクシー代貸して!」
「お前なあ」
「じゃないと一緒についてく!」
「…………」
アスマのその綺麗な顔を見上げてお願いするあたしを、アスマは鬱陶しそうな目で見ると渋々って感じでポケットに手を入れる。
「絶対返せよ」
やり切れないって感じで呟いたアスマに、
「絶対返す!」
張り切って答えながら、これでまた会う口実が出来たと内心喜んでた。
結局のところ、「友達」ってのが何なのか分からない。
アスマが言ったように、それはただの寂しさを埋める「道具」なだけで、本来不必要なものなのかもしれない。
だけど。
だけど――。
「じゃあね! ありがと!」
大きな通りに出て、急いでるからと先に拾ったタクシーに乗り込んだアスマに大きく手を振ると、アスマはダルそうにではあるけど、軽く手を振り返してくれる。
窓を開けてアスマが目を向けるあたしの手には、アスマの飲み残しの炭酸飲料。
「お前、絶対金返せよ」
「分かってるってば」
「タクシー」
「うん?」
「ここにいりゃすぐ捕まる」
「分かった」
「じゃあな」
「うん! またね!」
――だけど、仮令「友達」っていうものがどんなものであろうと、あたしはあたしの自己中な行動に付き合ってくれるアスマと「友達」以上の関係になりたいと思った。
第四話 了
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