友達って何?①
「道具」
風の音に混じって聞こえてくるアスマの声は、低くてとても聞き取りやすい。
そしてその声が
「へ?」
「『代用品』だな」
返事をしながらまたその場にしゃがみ込んだアスマは、正面に同じようにしゃがみ込んだあたしを目で捕えながらジュースをゴクリと飲んだ。
「そもそも友達を作る理由なんて、自分勝手な理由だろ?」
「自分勝手な理由?」
「ああ。お前が友達を作る理由ってのは、クラスでひとりだと寂しいから嫌だとか、遊ぶ相手がいないと退屈で嫌だとかっていう、『自己中心的』な考えからだろ?」
「じ、自己中じゃないよ! それにそれだけの理由じゃないし!」
「じゃあ何だよ?」
「そ、相談に乗って欲しいとか!」
「乗って『欲しい』なんて、完全に自己中心的な考えじゃねえかよ」
「むっ!?」
「寂しさとか退屈を紛らわせる『道具』として友達を作るから、その部分が他で埋まった時に『友達』ってのが邪魔になるんじゃねえか」
「他で埋まる?」
「恋人が出来りゃ、友達より優先すんだろ」
「そ、それは人によりけりでしょ!? 友達優先する人だっているじゃん」
「それは人によりけりなんじゃなくて、状況によりけりなんだよ」
「はい!?」
「どっちと遊ぶかって程度なら、そりゃ気分次第で恋人より友達と遊ぶだろ。でも緊迫した状況――例えば同時に事故に
「で、でも友達とばっかり遊ぶ人だっているじゃん」
「それは、恋人に対して気持ちがねえとかそういう類でまた別の次元だ」
「まあ……そうかもだけど……」
「で、そんな風に自己中心的な考えで作った『友達』を、だ。今度は自己中心的な『世界』に閉じ込める」
「閉じ込め……?」
「『道具』を自分の思い通りにしようとすんだよ」
「どういう意味?」
あたしの質問に少しだけ口角を上げ鼻で笑ったアスマは、ずっと出したままで持っているだけだった煙草を口に咥える。
ライターで火を点けるこの瞬間。
アスマの顔が火に照らされるこの瞬間が――何故かドキドキする。
「お前さ?」
口から煙草の煙を吐き出すアスマに、
「うん?」
小さく応えるとその目が真っ直ぐに向けられた。
「男に浮気されたろ?」
「へ?」
「この間、会った男にだよ。バレンタインに浮気現場見たんだろ?」
「あっ、うん」
「あれさ。その男の浮気相手がお前の『友達』だったらどうしてた?」
「え?」
「言うか言わねえかは別として、『友達だと思ってたのに』とは思うだろ」
「…………多分」
「そう思う時点で『友達』を『道具』に見てるって証拠だ」
「何で?」
「恋人と友達の浮気現場に遭遇した場合、大抵浮気した恋人より、相手の友達に腹が立つ」
「そう……かな?」
「他人と友達が自分の悪口を言ってた場合、他人よりも友達に腹が立つ」
「それはそうだと思う」
「けど、ヤってる事とか言ってる事は、恋人も友達も赤の他人も変わんねえんだから、本来ならそこに差なんか付けずに怒るのが当たり前だ」
「それはそうだけど、友達なら友達の彼氏と浮気したり、悪口言ったりしちゃダメじゃん!」
「そこが『道具』だと思ってるって証拠だ」
「へ?」
「友達は『友達』って分類された時点で、『人間』じゃなくなる」
「はい!?」
「人格無視だ」
「え!?」
「どうしてそうなったのかって事は無視だろ? 恋人を寝取られた場合、その『友達』だって本気で相手を好きなのかもしれねえ。だとしたらだとしたで、『友達の恋人好きになるなんて最悪』くらいに思う」
「そ……れは経験した事ないから分かんないけど……」
「けど?」
「そういう状況になったら、友達なら諦めてろって思うかもしれない……」
「だろうな」
「…………」
「悪口ひとつにしても、それなりに理由があるかもしれねえ。けど理由なんてどうでもいい。言ってたって事実が気に入らねえんだ」
「…………」
「相手の感情総無視で、自分を傷付けんなって『世界』を『友達』に押し付ける」
「押し付けてるつもりはないけど……」
「でも実際は押し付けてる。逆の立場に立つと分かる」
「逆って?」
「友達の恋人を好きになったら、申し訳ないって気持ちになるだろ」
「……好きになった事ないけど、そうだと思う」
「別に悪い事なんか何にもねえのに、申し訳なく思うのは、無意識の内に相手の『世界』に閉じ込められてるからだ」
「でも、友達の彼氏とか好きになるのはダメだよ!」
「何でだよ?」
「だ、だって……友達だし……」
「好きだの何だのって気持ちは、自覚した時には手遅れで、そういうもんは自分でどうこう出来る訳じゃねえだろ」
「……うん」
「なのに、申し訳なく思う。実際は何にも申し訳なくなんかない」
「…………」
「で、だ。そうやって『友達』が自分を傷付けようもんなら、あっという間に『友達』じゃなくなるだろ」
「……うん」
「そんな簡単に切れる縁を『軽』くて『薄』い付き合い以外なんて言うんだよ」
「で、でもそれは裏切った友達が悪い訳で、そんな事しなきゃずっと友達でいられるじゃん! 簡単に切ってる訳じゃないよ!」
「簡単だっての。自分が気に入らないから捨てるんだろ? 俺が女にやってる事と変わんねえ。俺は充分『軽薄』だって言われてんぞ」
「でも……」
「本当に『友達』である『そいつ本人』を大切に思ってるなら、何しても許してやれっつー話だろ」
「そいつ本人?」
「ああ。でもお前らが欲しいのは『友達』って名称の存在だけで、そいつ個人じゃねえって事。誰だっていいんだよ。そこそこ気が合って『道具』に使える相手なら」
「…………」
「だから『友達』なんてもんは、いなくてもいい。ただ寂しいだの退屈だのっていう自己中心的な考えで作る。自分を裏切るなら捨てる。で、また作る。代用可能な『友達』って存在が、そんなに重要なもんだとは俺には思えねえ」
「そ、そうかもしれないけど、それは『友達』だけじゃなく、『恋人』だってそうじゃん!? 裏切れば捨てる訳だし、また作って代用する訳だし!」
「『恋人』っつーのは、『友達』よりは『そいつ本人』を大事にしてるだろ。惚れた腫れたの話と『友達』はまた別の次元だ」
「まあ……そだね……」
「『友達』っつーのはめちゃくちゃ都合のいい存在で、恐ろしく自分の
「へ?」
「例えばお前の友達がどこぞの男と不倫したとする。それ聞いてもお前は怒ったりはしねえだろ。『ああ、そうなんだ』とか、場合によっちゃ『バレないようにね』なんて言うんだろ」
「……うん」
「でもお前の彼氏の浮気相手が友達だったら、『友達だと思ってたのに』だろ」
「…………うん」
「自分に関係ねえ事ならどうでもいいけど、自分だけは傷付けるなっつー事だろ?」
「むう」
「自己中心的な考えな上、相手の人間性総無視だ」
「もう! アスマの話聞いてたら本当に
長めの前髪がハラリと揺れる。
ちょっとした、何て事ない仕草さえ、アスマがすると色気を感じる。
ドキドキと、意思とは反して胸が大きく高鳴った。
「だからお前がさっき言ってた『内緒にされてた事がショック』ってのも、マサキの女を『道具』だと考えてるって証拠だ」
「『友達だと思ってたのに』ってやつだね」
「ああ。『友達』だからって何でもかんでも言わなきゃなんねえって決まりはない」
「……うん」
「あれはお前が『知りたかった』っつー野次馬根性を、相手がさも悪いような言い方してるだけの事で、これまた自己中心的な意見で、相手の思想総無視だ」
「た、確かにそういう野次馬な思いがあったのは認めるけど、でも内緒にされたって事を寂しいって思って……って、それが自己中って事か」
「そういう事だ。どうせ『道具』としてしか思ってねえんだから、騒ぎ立てんなって話だ」
「それって、スガ先輩とマサキさんの事も含まれる?」
「当然そうだろ。裏切っただ何だって次元じゃなく、『道具』として成立しなかったってだけの事だ」
「……それはそれで寂しいよね」
「お互い様だろ」
「だからアスマは友達がいらないの?」
「ああ。『友達』の『世界』ってのが気に入らねえ。どうせ『友達』って言葉だけの関係なのに、押し付けられるもんが重すぎる」
「言葉だけ?」
「『知り合い』も『友達』も存在としては然程変わんねえだろ。なのに『友達』って枠に入った途端、相手の自己を押し付けられる」
「まあ……そうかもね」
「なくていいもんに縛られたくねえ。誰の女だろうと関係なく、ヤりたい放題ヤりてえだけだ」
「うん。最低だね」
「言われ慣れてる」
本当に言われ慣れてるって顔をして、アスマはその口角を上げ、魅惑的な笑みを浮かべた。
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