勉強って何?
「ねえ、アスマ!」
「…………」
「ちゃんと聞くから!」
「…………」
「ちゃんと受け取るから!」
「…………」
「否定したりしないから!」
「…………」
布団を被ってこっちに背を向けたアスマは、もういくら体を揺らしても何も言ってくれなくて、
「アスマァ」
あたしの声だけが部屋に響く。
何を言っても無駄だって実は分かってたりした。
「否定しない」って言ってる時点で間違ってるって分かってる。
アスマが言いたいのは否定するなって事じゃなく、最初から否定的な思いがあるなら話す必要はないって事。
確かにアスマはあたしを納得させなきゃいけないって訳でもないし、そうなると否定されるだけなら時間が無駄だと思うのは当然だと思う。
だけど、そうやって自分が言ってる事はおかしいんだって分かってるけど、
「アスマお願いいいい」
あたしはアスマの体を揺らし続けた。
全く受け入れられないって訳でもない。
正直アスマが言うように、親と喧嘩したばっかりって事もあるから、「そうだ」って同調して欲しいとは思ってる。
だけどどれだけ捻くれてる意見でも、アスマの意見が聞きたいって思ってるのも確かで、
「アスマお願いいい」
「…………」
全く反応してくれない事に物凄く寂しくなる。
「…………」
「…………」
「……アスマ?」
「…………」
「…………」
「…………」
「い、いいもん!」
「…………」
「アスマがその気ならあたしにだって考えはあるもん!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……おい、コラ。何してんだ」
「添い寝」
無視し続けるアスマの隣に勝手に入り込み寝転んだあたしを、
「ふざけんな、出ろ」
アスマは足と腕でグイグイ押してくる。
「やだ! 話してくれなきゃ一緒に寝る!」
「泊めて貰ってる分際で何言ってんだよ!」
「一緒に寝る!」
「狭いだろ!」
「ベッド大きいじゃん!」
「俺はゆったり寝たいんだよ!」
「充分ゆったり出来てるじゃん! もうちょっとそっち詰めて」
「調子に乗んな! 追い出すぞ!」
「話してくれたら出るってば!」
布団の中で押し合いを続けるあたし達は、お互い本気の本気モードで、アスマが力いっぱい押してくるから、あたしはその体にしがみ付いてた。
「お前……いい加減にしろよ」
低い声で威嚇されようとも、
「話してくれたら出る!」
あたしは一歩も譲らない。
「お前にそんな事決める権限はねえんだよ!」
「ある!」
永遠に終わりそうにない攻防戦。
「マジで追い出すぞ!」
「やだやだやだ」
深夜に繰り広げられるこの戦いに。
「出ろ!」
「やあだ!」
最終的に観念したのは。
「クソッ! 連れてきたのが間違いだ!」
アスマの方だった。
ピタリと動きを止めたアスマに、それでも油断ならないとしがみ付くあたしは、そこから伝わってくる体温に気持ち良さを感じた。
人肌の温度っていうのが凄く心地好い。
このままアスマにくっ付いて眠ったら気持ちいいだろうなって思う。
だけど今の状況は、その温もりを感じて眠れる状態じゃなく。
「お前が言ってる勉強の話は、お前が言うのと大人が言うのとじゃ意味が違ってくんだよ」
唐突にアスマ的持論が再開される。
「意味って?」
「学生のお前が言うと、ただの言い訳になんだよ」
「何で?」
「裁判の被告人が自分で自分を弁護してるようなもんで、言ってる事に何の
「説得力?」
「感情が含まれるだろ」
「感情って?」
「勉強したくねえとか、面倒だとかそういう感情だよ」
「…………」
「特にそういう疑問は『嫌い』だから浮かんでくるだろ。勉強が好きで好きで仕方ねえ奴は、そんな事考えねえ」
「…………」
「だから言ってる事が感情寄りになって信憑性も説得力もなくなるんだよ」
「……うん」
「結局、勉強が役に立つか立たねえかなんて経験してみねえと分かんねえだろ」
「でも――」
「でももヘチマもねえんだよ。未来に何があるか分かんねえんだから」
「……そうだけど」
「けど、学生が終わった大人は経験してんだろ。だから中立の立場なんだよ」
「中立?」
「裁判官だ」
「裁判官?」
「無駄かも知れねえって思いながら勉強して、卒業したあと社会に出てる。それを使うか使わないかを実際に経験してんだろ」
「うん」
「だから大人が言うと信憑性も説得力もある。けど、大人は『勉強しなくていい』とは言わねえだろ。お前の親も『勉強しろ』って言うんだろ?」
「……うん」
「なら、何かで役に立ってるって事なんじゃねえの? 俺はどう役に立つのか知らねえけど、義務教育つって、国レベルで勉強させようとしてんだから相当役に立つんだろ」
「どんな役に?」
「だからな? そうやって実際は何の役に立つのか分かんねえのに、『立たねえ』って言ってる事をお前の親は怒ってんだろ」
「で、でもさ? 大人の人でも同じ事言うじゃん!? 役に立たないとか言ってる人だっているじゃん!」
「でも『だから勉強しなくていい』とは言わねえだろ」
「…………」
「無責任な奴はさておき、『だから学校行かなくていい』『だから勉強しなくていい』って言う奴、俺の周りにはいねえ」
「…………」
「マジでお前が勉強を無駄だと思うなら、お前が自分の子供に言え」
「自分の子供に?」
「ああ。勉強なんて役に立たないから学校行かなくていいってな」
「…………」
「でも多分言わねえ。お前も今のお前の親と同じような事言うに決まってる」
「…………」
「それは、学校がそれなりに勉強させるって分かってるからだ」
「それなり?」
「ああ。方程式だの漢文だの以外で学ぶ事があんだろ」
「以外って?」
「学校で『勉強』すんのは、『授業の内容』だけじゃねえって事」
「じゃあ、どんな事?」
「色々」
「色々って?」
「集中力だの、人との接し方だの色々あんだろ」
「接し方? それって必要?」
「それが出来ねえと生きていけねえんだよ」
「何で?」
「世界にいるのはお前だけじゃねえから」
「うん?」
「ひとりで生きていくって思っても、衣食住は必要だろ」
「うん」
「結局それを提供すんのは『人』だろ。家に住むには誰かに建てて貰わなきゃなんねえし、服が着たきゃ誰かに作ってもらわなきゃなんねえ」
「うん」
「全部を自分で作ろうと思っても、作り方を教えて貰わなきゃなんねえ」
「……うん」
「生きていくって事は嫌でも人と関わらなきゃなんねえだろ」
「だね」
「その為に人との接し方を学校で学ぶんだよ」
「どうやって?」
「学校行ってりゃ自然と身につく」
「どうやって?」
「好きな奴が出来たり、『友達』作ったり喧嘩したり、そういう出来事で学ぶんだろ」
「アスマが言いたい事は分かるかも。思いやりとかそういう事だよね?」
「ああ。勉強が嫌なら嫌でいいんだよ。でも『授業』と『学校』は別々の次元の存在だ」
「…………」
「んでもまあ、勉強したくねえって思う気持ちも分かる」
「分かるの?」
「ああ。俺もそうだったしな」
「じゃ、じゃああたしの言い分も分かるの!?」
「分かる。だから、それがただの言い訳だっつー事も分かる」
「……そっか」
「お前の親は間違った事言ってねえ。お前がただ勉強したくねえってだけの事を
「…………」
「言い訳だって分かってっから殴られんだ」
「……うん」
「起きたら帰って親に謝れ」
「謝るのは……やだな……」
不貞腐れたあたしの言葉に、アスマはちょっとだけ鼻で笑って、
「とりあえず帰るだけで反省してるってのは伝わるんじゃね?」
小さく言葉を吐き出すと、大きく欠伸をした。
「何か今日のアスマっていつもと違うね」
「んあ?」
「言ってる事が捻くれてない」
「俺は基本捻くれてねえよ」
「でも、あたしの親が言うような事、アスマも言うと思わなかった」
「お前が聞いてくる内容にもよるだろ」
「そうなんだけど……」
「何だよ? 期待外れだったってか?」
「ううん。凄いと思う」
「凄い?」
「うん。親と同じ事言ってんのに、アスマが言うと納得出来るから」
あたしの言葉に「そう思うのはお前だけだ」と、フッと笑ったアスマの吐息が聞こえた。
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