温もりに


「おし、出ろ」


「え?」


「布団から出ろ」


「え?」


「話してやったろ。さっさと布団から出て行け」


「ま、まだある!」


 アスマの温もりの名残惜しさに、思わずそう口走ってしまったあたしに、



「何だよ」


 嫌々って感じで答えたアスマの体に擦り寄った。



「あのね?」


「何だ」


「アスマ、前にさ?」


「チンタラ喋んな」


「ま、前に神様はいないって言ったじゃん?」


「ああ」


「でもアスマの家お寺じゃん!」


「ああ?」


「お寺なのに神様いないって言っていいの?」


「『神様』と『仏様』は違えんだよ。寺は『仏様』だ」


「じゃ、じゃあ仏様は信じてるって事?」


「いや」


「え!? お寺の息子なのに!?」


「寺の息子は関係ねえだろ。俺が信じてんのは俺だけだ」


「じゃあさ? それってアスマ教って事?」


「……くだらねえ事言ってねえで布団から出ろ」


「そしたらあたし、信者だよね!」


「出ろ」


「第一号信者!?」


「出ろっつってんだろ」


「拝《おが》もうか!?」


「いらねえから出ろ」


「募金は出来ないけどね!?」


「……布施《ふせ》っつーんだよ」


「お布施は出来ないけどね!?」


「しなくていいから今すぐ布団から出ろ」


「たまにジュース奢るくらいなら出来る!」


「分かったから出ろよ」


「あのね、アスマ」


「何だよ!」


「あたし、寝る時いっつも抱き枕足に挟んで寝るのね?」


「はあ?」


「だからアスマの足、挟ませて」


「ふざけんじゃ――って、おい! 何してんだよ!」


「うん。しっくりくる……」


「こねえよ!」


「アスマ……気持ちいい……」


「ああん!?」


「アスマの体温……」


「おい、コラ」


「……気持ちいい……」


 親と喧嘩して心身ともに疲れたあたしは、アスマの片足を両足の間に挟んで、その温もりに物凄く安心して、そのまま静かに眠りに落ちた。




 結局のところ、学校が何なのかも、勉強ってものが将来何かの役に立つのかも全く分からない。



 それがアスマが言ったみたいに、追々分かっていくものなら、いつかあたしにも分かるもの……なのかもしれない。



 そんなつもりじゃなかったけど、「言い訳だ」ってアスマに言われて、心のどこかで「そうかも」って思った時点で、やっぱりそうだったのかもって思う。



 ただこれだけは言える。



 今は学校よりも、アスマから色々学びたいって思う。



 アスマの考え方に納得出来ようと出来まいと、とりあえずアスマがどんな事考えてるのかを知りたいって思う。



 目が覚めると目の前に、眠っているアスマがいた。



 その長い腕がいつの間にかあたしの体に巻き付いてた。



 温もりに擦り寄って、再びあたしは目を閉じた。




 あのね、アスマ。



 あたしはずっとこうしてアスマといたいと思うよ。




――仮令それが叶う事のない願いだとしても。





 第六話 了

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