わたしがようやく“そこ”に行き着いたのは、二週間が経った頃だった。





――時刻は陽が落ち始める前。



 校門から続々と出てくる、帰路に着く生徒の群れ中を、わたしはせわしなく目を動かした。



 探し始めてからここに辿り着くまで2週間もの時間を要した。



 予定ではこんなに長く掛かるはずじゃなかったのに、これは計算外だ。



 噂は聞けど姿は見えず――とでも言うべきなのか、数多くの噂は耳にするのに、その当人に行き当たる事が出来なかった。



 だからと言ってその相手は隠れているという訳じゃない。



 ただわたしとその相手の生きている世界が違う所為で、すぐには行き当たれなかったんだと思う。



 相手は違う世界――異界で生きている。



 異界の話をこちら側の世界では噂でしか聞く事がない。



 噂の元を辿たどっても、途中でプツリと切れてしまう。



 そこに壁がある。



 溝かもしれない。



 何にせよ、そこには見えない何かがあって、こちら側とあちら側を分け隔てる。



 そしてわたしは自らの意思で、そこに足を踏み入れようとしている。



 これが俗にいう“背に腹はかえられない”というものか。



 ……ううん、違う。わたし自身は決してどこも、痛くも痒くもない。



 ただ納得がいかない――というだけだ。



 出てくる生徒の群れの中に目的の人物を見つけられず、もう一度顔を確認しようと、ポケットからスマホを取り出した。



 写真が収まっているアプリを開き画像を出す。



 五千円を払って手に入れた写真は写りがいいとは言えない代物で、ピントのズレた数人写ってるその写真の、一番端の人間をジッと見つめた。



 ここに来るまで幾度となく見た写真。



 その顔はもう脳裏に焼き付いてる。



 ただアプリを閉じるとすぐに、記憶の中のその顔がぼんやりとかすみがかったようになる。



 再び見れば「ああ、こうだった」と、どうしてはっきり思い浮かべられなかったんだろうと思うのに。



 スマホの画面をロック画面に戻し、見たばかりの顔を頭の中に思い浮かべる。



 でもやっぱりその顔は、霞がかったようにぼんやりとしていた。



 時間がない。



 どうしても今日見つけなきゃならない。



 明日まで待つというのは――わたしが辛い。



 気ばかりが焦る。



 暑さに汗が噴き出る。



 目の前を過ぎていく生徒たちが、チラチラと不審そうにこちらを見る。



 見つからない。



 汗で体がベタベタする。



 わたしは不審者じゃない。



 イライラする。



 自然とスマホを握り締める手に力が入り、徐々に減っていく生徒の群れに、焦燥感が煽られる。



 遅かったのかもしれない。



 もう帰ってしまったのかもしれない。



 もしかしたら見逃したのかもしれない。



 やっぱり今日は無理なのかもしれない。



 なかば諦めていた時だった。



 昇降口から校門に駆けてくるひとりの生徒が目に入った。



 急いでいるのかその人物は、腕時計をチラチラと見ながらこちらに向かって走ってくる。



 近付くにつれ霞がかっていたその顔が、頭の中ではっきりとする。



 いた。



 やっと見つけた。



 やっと会えた。



 ようやくわたしはここまで来た。



 あと一歩というところまで。



 目の前を通り過ぎようとしたその人に、



「あの!」


 声を掛けるとその人は、足を緩め――立ち止まった。



「ほえ? あたし?」


 首だけで振り向いた彼女は、その大きな目をわたしに向け、人差し指で自分の鼻先辺りを指す。



「スズさん――ですよね?」


 彼女――スズさん――に近付きそう質問すると、スズさんは「あ、うん」と体ごとこちらに向いた。



「わたし、イチコといいます。実はスズさんに大事なお話があって……少しお時間を頂けないでしょうか」


「……大事な話?」


「はい」


 いぶかしげな目をして――当然といえば当然の反応を見せた彼女は、やっぱり急いでいるらしくチラリと腕時計に視線を落とす。



 でもどうしても今日中に話がしたいわたしは、ここでスズさんを逃がす訳にはいかず、



「アスマさんの事で」


 そう付け加えた。



 途端にスズさんの目の色が変わる。



 わたしにはそう見えた。



「アスマの事?」


「はい」


「アスマの大事な話?」


「はい」


「…………」


「お時間、よろしいですか?」


 そう問い掛けたわたしに、スズさんはコクリと小さく頷いた。



――ようやく、ここまで来た。

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