永遠って何?
すっかり上機嫌になったあたしは、アスマがもう眠りたいって感じなのを重々承知で、
「あのね!? スガ先輩酷いんだよ!」
「あ?」
「アスマがあたしを家に連れてったのは、あたしを女だと思ってないからだって言うんだよ! 酷いよね! こんなにも女子なのに!」
さっきあった出来事をベラベラと話し始める。
多分それは
何故か重い気持ちになったあの事柄を笑い話にする事で、「嫌な思い出」として残らないようにしようとしたんだと思う。
――けど。
「いや、スガが言ってる事は合ってんだろ」
「へ?」
それはただの墓穴掘りになった。
アスマに言えばそう返されるって考えれば分かるのに、調子に乗って喋ってしまった所為でまた気持ちが重くなった。
アスマには前からずっと、それらしい事を言われてる。
だからどう返ってくるかなんて分かり切ってた事で、よくよく考えてみればスガ先輩の言葉でさえ、当然といえば当然のものだった。
だけど、何故だろう。
今までは平気だったのに、今は凄く落ち込んでしまう。
真剣な口調じゃなくても、それが本心だと分かるからか、一気にテンションが下がっていく。
だから。
「で、でもさ!? むしろそうじゃないから一緒にいるんだよね!?」
「んあ?」
「性別とか関係なしの付き合いだから一緒にいる訳で、これからもずっと一緒だよね!」
だから必死に体裁を取り繕った。
言い訳をするように、理由をこじつけようとした。
その中には「願い」っていうものも充分に含まれていたと思う。
だけど相手が悪かった。
あたしが
「ずっとって何だよ」
否定感たっぷりの言い方で、言葉を返される。
「ずっとはずっとじゃん。永遠にって意味」
「永遠なんてねえよ」
「な、何で?」
「何でも何も、ねえもんはねえよ」
「あるよ! 『永遠』とか『ずっと』とかちゃんとあるもん!」
「ねえっての」
「じゃ、じゃあ、教えてよ! 永遠って何!?」
「永遠なんてもん、『運命』と同じでただの願望だ」
「……願望?」
「あと、『幸せ』と同じまやかし」
「まやかし!?」
「願望の方については誰もが認めてんじゃねえか」
「認めてるって何!?」
「『永遠に一緒にいよう』とは言うけど、『永遠に一緒にいた』とは言わねえだろ」
「言わないけど……」
「
「……やだ」
「やだもクソもねえよ。永遠なんてねえんだよ」
「……じゃあ、幸せがまやかしっていうのは何?」
「言葉の魔術」
「魔術!?」
「幸せだっつー言葉を吐いて、そうであると錯覚すんだよ」
「へ?」
「幸せだ幸せだって言う奴に限って、大して幸せじゃねえ」
「幸せって錯覚なの?」
「定義がねえんだから錯覚だ」
「定義って?」
「『幸せ』には『ルール』がねえだろ」
「うん?」
「金を一千万以上持ってりゃ幸せだとか、兄弟姉妹が三人以上いれば幸せだとか、そういう共通のルールがねえだろ」
「うん」
「個人の感覚である時点で錯覚だ。『ああ、今幸せだ』って思ったもん勝ちなんだよ」
「でも本当に幸せかもしれないじゃん!」
「ルールがねえから、本当に幸せとかってのはねえんだっての」
「はい!?」
「高揚してるとか楽しいとか嬉しいとか、そういう気持ちを『幸せ』だっつー言葉に置き換えてるだけで、『幸せ』なんてもんはねえんだって」
「はい!?」
「幸せでありたいから、幸せだって言うんだろ。幸せじゃねえとやってらんねえから、言葉を吐いて錯覚を起こすんだよ」
「意味が分かんない!」
「『幸せだ』って言ったり思ったりすると気が楽になんだよ。実際そうなのかどうかは関係ねえ。むしろそうでないからそう言うんだ」
「…………」
「だから、『まやかし』だ」
「…………」
「『永遠』もそうだろ。生きとし生けるものはいつか『絶対』に死ぬ。その時点で『永遠』なんてもんは存在しねえんだよ」
「…………」
「永遠であればいいって『願望』と、永遠って言葉を使う事でそうだっていう『まやかし』を生むだけだ。実際にはない」
「…………」
「だから、
「…………」
「ないって分かってっから余計に求めんだよ。手に入らねえものほど手に入れたくて、『錯覚』したくなんだよ」
「………やだ」
「だから、やだもクソも――って、何で泣いてんだよ……」
心底呆れたって声出したアスマが寝転ぶベッドの、脇に座ってるあたしの目からはポロポロ涙が零れてて、
「だって、あたし、……ッ」
グズグズと
別にこんなの大した事じゃない。
アスマの持論はいつもの如く、聞いてる側が捻くれてしまいそうな独特のもの。
だけどいつもと同じものだからこそ悲しくなった。
納得出来なければ良かった。
アスマが言う事に「そんな事ない」って心から思えれば良かった。
だけど納得しちゃったから。「永遠」が願望であり、ただのまやかしでもあり、気休めなんだって思っちゃったから――そう願望し、錯覚し、気休めていた事がどういう事なのか分かった。
いつからなんて分かんない。
だけどあたしはアスマの魔力にやられてる。
いつの間にかアスマが好きで、だから「永遠」を望んだ。
「泣くな。うぜえ」
「だ、だって、ずっと、一緒が、いいんだ、もんッ」
「眠いんだから勘弁しろよ……」
「だって、あたし、アスマと」
「もう帰れよ……」
「だ、だって」
「面倒臭え……」
「あ、あたし、アスマと」
「分かった、分かった。ずっと一緒だ、ずっと。それでいいんだろ? さっさと泣きやめ」
「そ、そんなの、気休め、じゃんかッ」
「それを求めてんだろ」
「分かん、ないッ」
「鬱陶しいから泣きやめよ」
「…………」
「おい」
「…………」
「お前なあ……」
「…………」
アスマの大きな溜息が聞こえたあと、俯いたままのあたしの視界に、床にコトンと置かれたジュースの缶が入った。
ずっと持っていた缶を置いたアスマの手が、あたしの肩に載る。
帰れって怒鳴られでもするのかと、顔を上げたあたしの目の前に、至近距離まで詰められたアスマの顔があった。
「酔ってるからだぞ」
小さく呟かれた言葉の意味を聞く事は出来なかった。
少しだけ傾けられたその端整な顔が近付いたかと思った次の瞬間には、唇に柔らかい感触を感じた。
引き寄せるように力を込められた、肩にあるアスマの手。
ゾクリ――とした。
お腹の底から湧き上がる感覚は、ドキッを通り越してゾクリとした。
アスマの舌先がゆっくりと、隅々まで味わうって感じに、あたしの口内を徘徊する。
わざとだって思えるくらい音を立てながらされる行為に、緊張と恥ずかしさと嬉しさが入り混じり――。
それでもあたしは気付いていた。
キスをされながら分かってた。
――これがアスマとの最後だと。
第七話 了
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